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一二三の帰還と旗艦 前島の不機嫌

挿絵(By みてみん)


 一二三(ひふみ)の汽車の旅にも終着が訪れた。目的の駅で下車する。


「――帝国海軍聯合艦隊司令部の泊地、か」


 それは瀬戸内の柱島を拠点に構成されて、一二三の直卒である聯合艦隊と主力部隊である第一艦隊がともに駐留している。

 幾隻もの戦艦や巡洋艦が山塊のように集まっている風景は、ただただ圧巻。

 陽光煌めく波が穏やか。

 海の匂いは生まれ育った故郷とはまた違う何か、戻ってきたなと望郷の念を浮かばせる。

 いまは戦時。

 大東亜地域では激しい戦闘が繰り返されているというのに、ここだけがまるで帝国海軍の理想郷――。

 一二三はうっとりと海を見やる。


 ――その情緒のなかで。


 はぁ、と一二三は困ったようなため息をつく。


「そろそろ、第一艦隊の今野(こんの)サンが痺れを切らすころだよね……」


 帝国海軍が保有する、栄えある戦艦の数々。

 だがそれは過去の威光で、建造から年数も経っている言わば老朽艦ぞろい。稼働すれば不足はないが、時代に合うスピードや適格性は確実についていけなくなっている。

 第一艦隊は帝国本土集中防衛を任務としているが、実際は「留守番艦隊」。

 誰もが多方面で活躍する艦隊の話を羨んで、出撃させろ、出撃させろと声を荒げている。


 ――だが、いまの一二三をもっとも困らせるのは第一艦隊ではなかった。


 この時間帯の汽車で一二三が岩国の駅に到着することを事前に知らされて、手に人を縛る荒縄を用意した青年がひとりで迎えに立っていたのだ。

 着用は帝国海軍の軍装。金銀糸で作られた飾緒を数本、肩から胸にかけて下げている。

 名前は、前島(まえじま)(ひそか)

 聯合艦隊司令部で先任参謀を務める青年で、まだ二十歳に満たない。

 その青年が「鬼才」を以って、世界を震撼させた黒真珠湾奇襲攻撃作戦をまとめ上げた。聯合艦隊司令部はすでに彼がいなかれば何も務まらない。

 前島が一二三の姿を見つけるなり、鋭い眼差しを向けて一礼する。

 一二三の情緒はあっという間に終わってしまった。

 最初であったころ、感情も表情も乏しい人だと思っていたのに……。

 いまは平気で手に荒縄とは。


「……前島クン。最近さ、縄を持つ姿がさまになって怖いよ」

「そう思っていただけるようになれて光栄です。――出なければ、どんなに威嚇しても閣下には通じませんからね」

「威嚇って……」


 その言葉に一二三は肩を落とす。

 縄はきっと、聯合艦隊司令部新旗艦《大和(やまと)》に根強い嫌悪を持つ一二三がこれ以上逃げ回らないよう、強制連行のために用意したものだと推測できる。


 ――確かにこっそり《長門(ながと)》から抜け出したのは悪いと思っているけど。


 あのときはほんとうに戦艦《大和》に乗艦するのが嫌で、嫌でたまらなかった。――だから逃げ出した。

 でも、いまは……。


「ああ、もうッ。これじゃあすっかり宇和島(うわじま)サン二号だよ。言っておくけど、参謀長も先任参謀も、ボクに折檻するのが仕事じゃないんだからね!」

「お言葉ですが、私と参謀長の肩書に付属を加えたくなければ、閣下もしっかりなさってください」

「しっかりしているじゃない。ボクはきちんとお勤めに励んでいますよ?」


 などと抗議する素振りを見せるが、前島には通用しない。


「事あるごとに私用で旗艦を勝手に下りる方の、どこがしっかりされているんです?」


 艦上生活者にとっての上陸は、申請書がなければ気軽に艦から下りることはできない。

 士官以上であっても規則は厳守。

 海兵団あがりの新兵などは同行上官が必要で、勝手に下りれば逃亡罪が適応されて酷い仕打ちを受けるどころではすまない。


「閣下が不在の間、幸いにも各方面艦隊からの緊急入電がなかったからよかったものの、万が一、指示を必要とする急務があったらどうするつもりなのですか?」

「それは、その……」

「指示くらい参謀長や私が出すことは可能ですが、それには閣下の許可が必要なのですよ」

「そう……だよね、うん」


 一二三がこうやって勝手に抜け出すのは一再ではない。

 前島もそれには慣れてきたと思うのだが、今回はかなり腹を立てているようすがあった。

 ここで立ち話をするくらいならさっさと一二三を連行しようと、捕縛に持ってきた荒縄を目の前でビシッと強調してくる。


「――恐れながら、今回より閣下に対する私刑……じゃない、制裁……でもない、お仕置きの部類はすべて私が宇和島参謀長より一任されました」

「えッ、宇和島サン、もう引退?」


 この際、前島がさらりと「私刑」や「制裁」と口にしたのは聞き流そう。

 それよりも、宇和島がもう手のかかる自分の「おもり」に限界を感じてしまうとは。


「意外と根性ないなぁ」


 などと軽口を叩くと、前島が鋭い眼光を放つ。


「言っておきますけど、私は参謀長のように甘やかしが残るお仕置きは致しませんので」

「……身体を縛りつけて瀬戸内海を走る高速艇に引っぱらせる刑のどこに、甘やかしが残っているわけ? ボクだから()()で済んだものの」

「それだけお身体が丈夫でしたら、私も試してみたい刑があるので、ぜひ味わっていただきたいものです」

「前島クン……何を企んでいるのさ?」


 怖いもの見たさ、知りたさとでもいうのだろうか。

 つい尋ねてしまうと、前島は表情を変えないまま、


「零戦のベテランパイロットを要請して、空中曲芸の刑が夢ですね。――勿論、閣下を縄でぶら下げた状態で」

「それ……」


 もうお仕置きの部類じゃない――。

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