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「カツ」といえば、何食べる?

 そんな話をしながら時間を潰していたおかげで、待ち時間も大して苦にならなかった。

 だがそこに浮かない表情の暁久(あきひさ)が現れて、おまけに海軍大臣が現れたものだから、さすがの一二三(ひふみ)もソファから飛び上がってしまう。

 何か重大なことが起きたのだろうか?

 だが、大臣は一二三にかるく制するような手の動きをするだけで、込み入った話をするわけではなさそうだった。

 だが、どかり、と向かいのソファに座る初老手前の機嫌は芳しくない。


「――まったく。最近の若い者は飯の上に何か乗せればいいという発想ばかりで、どうもけしからん!」

「?」


 開口一番がこれでは、何について不満があるのかよくわからない。

 一二三が「はて」と小首をかしげ、尋ねる。


「大臣、どうされたのですか?」

「どうしたも何も、カツといえば王道、とんかつ定食に決まっているだろうが!」

「は?」


 その大臣の後ろには、何か出前を運んできたようすの店主がずいぶんと居づらそうに控えている。

 店主が手にする岡持ちからは、美味しそうな匂いが漂ってくる。

 一二三は待っていましたと目をかがやかせるが、


「ん?」


 自分が知っている、待ち焦がれた丼の匂いとは何かが違った。

 その一二三の肩を手に取った暁久がとなりに立ち、そのまま着座を促してきた。


「あれ? 暁久兄さん?」


 何かがおかしいと問うが、暁久はすまなそうに黙するだけ。

 ローテーブルの上には美味しそうな昼食が並べられたが、それは一二三が心待ちにしていたヒレカツソース丼でもなければ、暁久が食べたいと言っていた卵とじカツ丼でもなかった。


「へ? え?」


 一二三たちの前に用意されたのは大きなロースカツを美味しそうな衣で揚げたそれと、山盛りの千切りキャベツ。

 その皿を中心にご飯と味噌汁のお椀が付いていて、漬物も添えられている。

 それが三人分――。

 一二三は念のためつぎの用意を待つが、店主は岡持ちを持って応接室から下がってしまう。


 ――ってことは……。


 この揚げたてのサクサクとした感じが堪らないとんかつもそれはそれで美味しそうだったが、心底食べたかった丼はこれではない!


「何でッ? ねえ、ボクの丼はッ?」

「それは……一緒に食事を取ろうとお誘いしたとき、大臣が注文を変更されて……」

「ひッ!」


 暁久からのまさかの報告に、一二三は悲鳴を上げてしまう。


「うう……、ボクのヒレカツソース丼ッ!」


 思わず叫んでしまうと、即座に雷が落ちてくる。


「帝国男児が飯のひとつやふたつでガタガタ言うもんじゃない! こういうときは年長者に決定権があるもんだ。奢ってやるから大人しく従え」

「うわぁああ~ん、大臣の馬鹿ぁ~」

「馬鹿とはなんじゃいッ、目上に向かって」


 すでに食欲全開に自分の皿に箸を動かしている大臣に向かい、一二三は泣く。

 泣きながら気が乗らぬとんかつ定食を口にしたが、これはこれで美味しい。


「まずいご飯は黙って食え、美味しいご飯は美味しいと言え。これ海軍の伝統なり――だから、このとんかつ、悔しいけどおいしいよぉ~」


 その傍らでは、さく、と音を立てながら暁久も静かにとんかつを食べはじめる。



■ ■



 そのようすを扉越しから見ていた士官たちは、冷静に思う。


「だったら、自分たちが食べたいものをそれぞれ注文すればいいのに……」


 この日、帝国海軍事実上の三大トップの不思議な昼食風景から、海軍省内では「カツといえば、何が食べたい?」といった、不思議な聞き込み調査が流行るのだった。

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