ミッドウェー攻略初期構想
「――現状として帝国に敵空母襲来の予測が立っても、危険のたびに艦隊を編制して向かわせるのはかえって現場に混乱を生む」
「言われて、では明日にでも、などと動けるはずがない」
確かに危険は即時に掃わなければ、意味がない。
だが、その即時を可能なかぎり円滑にするためには、どうしたって計画案と準備が必須となる。
とくにいまは広域地域で各艦隊が限られた戦力を有効に使い、物事を進めている。
そこに「あそこが危険だから先に向かってくれ」「いや、動くにはここを押さえるのが重要だ」と、現場独自の視点や判断で勝手に動かれては、それこそ内部崩壊してしまう。
そうならないよう帝国海軍聯合艦隊司令部が柱島を泊地として、各艦隊からの情報をもとにつぎの作戦、指示を出している。――これが本来だ。
だが、一二三はというと……。
■ ■
「聯合艦隊司令長官……山本大将におかれては、国策に従うという意味がうまくつかめていないようだね」
一二三が軍令部に到着するなり開かれた会議は、すでに荒れていた。
一二三は両脇に座る上層部たちの顔をゆっくりと見やるが、
「そのようなことはありません。南方作戦が最重要であるのは承知。しかし、米国海軍大太洋艦隊が大太洋側にいる以上、これに目を光らせるのが外海部隊――聯合艦隊司令部の責任だと思っております」
「そう!」
「聯合艦隊司令部には、実動部隊の長として動いてもらわなければ困る」
上層部たちはすでに一二三の進言に飽き飽きしている。
誰もがうんざりとしている表情をそれでも見やりながら、
「自分たちの失敗を棚に上げて言うのは何ですが、我々は空母を用いれば奇襲も成功し、マレー沖作戦では航空部隊が稼働中の戦艦も撃破できることを世に知らしめてしまったため、空母が航行可能である以上、大太洋艦隊はいつだってこの帝国に進軍できるのです」
「だったらなぜ、即時対応、撃破も可能だろう第一航空艦隊をインド洋まで向かわせた? 戻るのに時間はどれくらいだ? つぎに必要な重油はどれくらいかかる?」
「そもそも、第一航空艦隊には本来してもらわなければならないことが山ほどある。――あそこの藪にヘビがいるから、突いてこい。それをさせて、何がしたいんだ?」
「そんなにも敵空母を撃滅したいのなら、黒真珠湾を経験している熟練パイロットの出撃が望ましいねぇ」
「……ッ」
現在、第一航空艦隊からの情報では不利を伝えるものはない。
大英帝国海東洋艦隊を相手に作戦が順調に成功すれば、その期間は早くて四月半ば。
奇しくも、一二三たち聯合艦隊司令部が試算する大太洋艦隊の動きと時期が一致している。
知っていてこれを言うのは、容認できない、そういうことだろう。
一二三はぎゅっと拳を握るが、これはまだ想定の範囲内だ。
想定の範囲内だが――。
聯合艦隊司令部が独自に検証すると、あとひと月にも満たぬ来月の三月、その下旬には空が気になって仕方がないだろうと、参謀長の宇和島までもが危惧するようになった。
一二三にとってそれが決め手となった。
だから帝都に足を運び、敵空母漸減の必要性を訴える必要が重要となった。
――そう。
いつまでも戦艦《大和》にこだわっている場合ではないのだ!
なのに、上層部たちはまずは正式決定している作戦の、米豪連絡海洋域遮断を目的とするMO作戦が最重要で、これを成功させてから敵空母を考えればいいと楽観している。
「もしかしたら、ここに大太洋艦隊の空母が現れるかもしれない。そうしたら叩けばいい」
「なるほど、それは余計な手間暇もかかりませんなぁ」
これは一二三を諭すどころか、明らかに聯合艦隊司令部の危惧を軽視している。
それに苛立つ一二三の表情を見て、それまでずっと中央で黙していた暁久がひとつため息をついて、ようやく口を開く。
「確かにミッドウェーの前線基地は怖い。そこを拠点に大太洋艦隊の空母が集結し、この帝国を目指して出撃すれば、なお怖い」
「でしたら」
「――だが、それ以上に恐ろしいのは大東亜地域特有の多島群だ」
地図上で見れば、それは単なる大小複雑な地形をした島々でしかないが、味方を変えるとそこはつねに離発着可能な飛行場として使える、どんな爆撃を受けてもけっして沈まぬ不沈艦のように思えてならない。
「重油があれば航行自在の空母より、整備すればいくらでも増える飛行場のほうが恐ろしい。考え方によっては、大東亜地域では空母さえも時代遅れの遺物でしかない」
「ですが……ッ」
「だからこそ、これらの地域に敵軍が上陸できぬよう、海域での交通封鎖が必要になるのだよ」
暁久の口調は普段と何も変わらなかった。
ゆったりとしていて、わかりやすく、現実的で。
一二三は危うくうなずきそうになってしまう。
――どうして……ッ。
互いに答えは近いはず。
なのに、いつもこうだ。
考え方が根本的に異なるのは、どうしてなのだろう?
大東亜地域の多島群を占拠され、不沈艦の飛行場を作られては、帝国本土めがけての爆撃機の飛行も可能になる。――それは怖い。
だが、だったら沈めることのできる空母を先に撃破したほうがまだ安心感につながるはず。
これもまちがった理論ではないと思うのに……。
一二三は腹の底から憤るが、軍隊組織に所属している以上、軍令部に徹底して立てつくことはできない。
暁久はそんな一二三を見て、ゆっくりとうなずく。
「勿論、聯合艦隊司令部の危惧を蔑ろにするつもりはない。重大な案件だと軍令部も心に留めておくので、いまはこちらのMO作戦に従いなさい」
「総……長……」
「ミッドウェーか。これに関しては第一航空艦隊の東雲や、広目少将の意見も聞いてみたいものだね」
「ぐ……」
暁久はもともと第一航空艦隊の人事に快く思わないところがあった。
その最たる人名を呼び捨てた時点で、かなり含むところがあるらしい。
一二三はそれを知っている。
「一二三……いや、本山大将、返答は?」
返答は、と問われる言葉の裏には「従いなさい」という意味が含まれている。
これを言われた以上、一二三には口での勝ち目はない。
「わ……わかりました……」
いまは大人しく引き下がるしかない。
だが、あきらめるものか……ッ。
一二三は拳を震わせる。
「MO作戦には南大太洋方面の第四艦隊に援護作戦を命じます」
来月三月にはラエ、サラモア地域。
翌四月にはツラギ、ポートモレスビー地域を攻略して。
それから。
――それから……?
それからどうするのだろう?
聯合艦隊は日米開戦に向けて大掛かりな艦隊を編制し、各方面へと向かわせた。
これは正しかった。
だが、各地で成果を上げるたびに艦隊は小分けされて、艦隊というよりも戦隊、その戦力をつぎからつぎへと分散している。
いざというときは集結させればいいかもしれないが、この状態で手広くなった海洋絶対防衛圏をどのように護れというのだろう?
――一二三ははじめて分散されていく戦力に違和感を覚える。
それは開戦前のときに聞かされていた、南方作戦の後期計画の空白に対する疑問によく似ている。
礼儀的に頭を下げた一二三は、ミッドウェー初期構想を否定された憤りよりも、国策として進めるMO作戦のその後に奇妙な違和感を抱いてしまい、こちらのほうが心に残ってしまった。
ミッドウェーを心配性というのなら――。
残る白紙が多い南方作戦は、出来高に浮かれる慢心ではないのか?
でも暁久が帝国海軍の要であるかぎり、そんなことなど……――。




