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たった一言でいい 救いの言葉が欲しかった

蔽九朗(へいくろう)兄さんはいちばん言ってはいけないことを口にした! 事故で指を失い、身体が醜く歪んだ大和(やまと)を揶揄して……ッ」


 無論、蔽九朗にそのようなつもりはない。

 それがいちばん恨めしかった。


「誰も彼もが《大和》《大和》――ッ。そんなに国の威信をあの戦艦に背負わせたいのなら、日本海海戦で活躍した英雄艦《三笠(みかさ)》の名前をもらって、武運幸運を願って《三笠》にすればいいじゃないかッ」

「ひふ……」

「どうして《大和》なのさッ! 大和には古来の国名とおなじ意味を持つ、長くあるようにってボクがつけた名前なのに、どうして戦争の兵器に同じ名前がつくのさッ。酷いよッ、――酷いッ」


 一方では理解しているが、一方ではまるで理解できない支離滅裂の感情。

 それが積年の憤怒となった、一二三(ひふみ)の本音。

 腰を下ろしている畳を何度も激しく叩き、殴りながら声を上げて、これまでのすべてを吐き出す。

 そうやって感情を爆発させる弟同然の一二三に、堀川は返す言葉がない。

 気がつけば、一二三は顔を涙でぐしゃぐしゃにしながら泣いていた。

 泣いて、泣いて、泣いて。

 もはや泣くことしかできなくて……。


「ボクは……こんなことで頭をおかしくしている暇はないんだ……ッ」


 大太洋側には無傷の米国海軍大太洋艦隊の空母ホーネットと《エンタープライズ》がいる。

 黒真珠湾と言う重要な基地こそ失ったが、空母は重油さえその腹に詰め込んでしまえば、どこにだって移動ができる。


「この春には黒真珠湾(くろしんじゅわん)の復讐を兼ねて、あの空母たちが帝国上空を目指してやってくる確率が高いと試算して、ボクたちは神経を尖らせている」


 だから、この時期に呑気に旗艦移行などしている場合ではない。

 それに反抗し、駄々をこねているわけでもない。


「わかってる、わかっているよ、それぐらいッ!」


 たかが引っ越し。

 それは自身でもわかっているというのに、感情が一切拒絶して、一二三をどす黒い闇に飲み込んでしまうのだ。


「ボクは……ッ」


 どうしたらこの呪縛から自らを納得させて、解放することができるのだろう?


「もう、わけがわからない……」


 涙は拭っても、拭っても止まらない。


 ――せめて……。


 すこしでも踏ん切りがつく「何か」を言ってもらうことができるのなら。


 ――それを言ってやることができたのなら。


 一二三はここまで名前に囚われることはなかっただろう。

 一二三が散々吐いた憤懣。

 聞かされるまで、自分たちが一二三を追い込んだなど考えもしなかった。

 言われてみてそうだったと、堀川はようやくのことで気がつく。

 そして心身をボロボロにしながら泣く一二三を見ているのが辛くなり、心底詫びたいと思って腕を伸ばし、一二三をそっと抱き寄せる。


「一二三……」


 泣く子をこれ以上不安にさせぬよう、頭と背をしっかり抱いて。

 涙が止まるよう、自らかけた呪縛から解放されるよう、それを祈るように強く抱きしめる。


「――そうだな。みんな、知っていたはずなのに無神経すぎたな」

「……ッ……」

「だが――誰ひとり、一二三を傷つけようなって思っていなかった。大和と《大和》を同一視しようなんて、いまも考えてもいない。それだけは信じてくれ」

「……ッ……う……うう……」

「暁久も蔽九朗も、そんなふうに揶揄するつもりはなかったはずだ。あいつらだっていまも心を痛めている。――それに今上帝のご決断をそのように恨むな。彼こそ一二三を護ることができず、お嘆きになられていたはずだ」

「う……っ、う……」


 堀川が強く抱きしめてやると、ようやく心の底から泣き場所を得たように一二三もしがみついてきて、悔しげに泣いて、零れる涙を堀川の胸もとに擦りつけてくる。


「誰ひとり、大和を軽んじてはいない。その名を軽んじてはいない。誰もあの子を忘れようとはしていない」

「……うっ……っ……」

「――お前はそうやって、ずっと大和のことを護ってきたんだな」

「うっ、うう……」

「不甲斐ない兄たちのかわりに、よくやってくれた。――一二三、お前はほんとうに立派な兄に成長したな」


 言って、これまでのすべてを労うように優しく背を撫でてやると、一二三は悲しみのすべてを吐き出すように強く泣いた。


「――すまなかった、一二三」

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