一二三の本音 心の闇
「――そんなに《大和》が嫌いか?」
遠回しも遠慮もなく問うと、一二三は寝そべっていた身体をびくりと震わせる。
それを見た堀川は確信し、話をつづける。
「戦艦大和型建造の話は、何も昨日の今日の話じゃないだろう? もう七年も前から軍令部の計画で話は上がっていた」
それに裁可を下したのは軍令部総長であり、――一二三の長兄である暁久。
「公的立場だったあいつに非はないし、最終的な命名権を持つのも今上帝だ」
建造自体、すでに世界の海軍が空母主体と変革するなかで大艦巨砲主義にこだわる姿勢は帝国海軍内でも賛否両論だったが、命名に今上帝が関わるとなると異論は極論の末、統帥権の千犯とされ、ここに帝国陸軍が絡むとかなり厄介なことになる。
「私的な感情で帝国海軍に迷惑をかけるのはここまでだ。確かにどちらも大和だが、片や戦艦、……お前たちの大和はもう十七郎と他界した」
「――ッ」
その言葉の瞬間、一二三はなお身体をこわばらせて、背を丸め、膝を曲げて縮こまる。
不幸な事故で兄弟を失った――。
いつまでも悲しみを引きずるなと非情なことは言わないが、一二三のこだわりは度を越えているように思われる。
それで言えば、双子の弟を失った次兄の蔽九朗のほうが精神的ショックも大きかったし、長兄の暁久も父を銃殺刑で失い、母を失い、数年も経たずに弟ふたりも失い、そのたびに喪主として鯨幕の前に立ってきた。
「お前たち兄弟が辛い目に遭ってきたのは、よく知っている。俺も十七郎と大和を失ったのは悔しかった」
なのに、どうして?
どうして一二三だけがいまだに受け入れられないようすでこだわり、囚われているのだろう。
「言いたいことがあるのなら、ちゃんと言え。――聞いてやるから」
一二三の傍に腰を下ろし、堀川がそう声をかける。
一二三はしばらく迷ったようすを見せていたが、自分でも何が言いたいのかわからず、か細い声でぼそぼそとつぶやく。
その態度に堀川は、
「人と話すときは、相手の面と向かうこと。懇意の間柄とはいえ、最低限の作法は守れ」
姿勢を正して口を開けと叱るが、これには一二三も意固地になり、ふたたび背を丸めて、
「……か……」
と、ぽそぽそと口を開くので、
「聞こえない!」
「――ッ」
その態度が気に食わない堀川が畳をバンッと叩くと、一二三もそれで腹を括ったのか、ぷつりと切れたように身を起こして堀川に向き直る。
「――じゃあ、いままで言えなかった分を言わせてもらうけどッ! ボクは戦艦の建造自体はどうだっていいんだッ、聯合艦隊司令部の旗艦だって《長門》にこだわっているわけじゃないッ」
名前だって《大和》だろうが《武蔵》だろうが、最低限の戦争ができる戦艦なら何だっていい。
「国運と威信をかけてそれに命名したのなら承諾してやるッ、そこまで馬鹿じゃないッ」
――ただ……。
「ただ……ッ」
一二三は長年ため込んできた怨念を一気に噴出させ、感情として爆発させる。
「ボクはッ、みんなの無神経すぎる態度がずっと気に食わなかったんだよ!」
「む……」
「だって、そうじゃないかッ」
もとより戦艦《大和》の主軸となる計画は、大日本帝国が国際的軍縮条約から脱退した後、いわゆるちょうど九千巻の建造計画「A140」を検討したことがはじまりで、これには「造船の名手」「大艦巨砲の申し子」などと呼ばれた設計技術者たちが心血を注いで携わり、超機密のなかで行われた。
「命名が決定したとき、すでに大和は他界していた。これはどうしようもないことだけど、でも、大和が他界してまだ数年も満たないときだった」
一二三がまだ悲しみから立ち直れない、そのときに、
「みんながボクのそばで《大和》《大和》と言うッ」
超弩級戦艦型が大和型となり、一番艦として命名された名前が《大和》と聞かされたとき、一二三はその命名由来にめまいを覚えた。
「ボクが大和につけた名前とおなじ理由で、あの戦艦に名前がついた。――これを最初に教えたのは誰だと思う? 暁久兄さんだッ」
その命名決定を下したのは、大日本帝国陸海軍大元帥――皇家筆頭である今上帝。
「あのとき、寛明クンが即位して間もないころで、精神的に不安定だったのは知っているけど、寛明クンだってボクの親友だ。大和のことは知っていたし、ボクがどれだけ泣いたのか知っていたはずなのに……ッ」
なのに、大日本帝国唯一無二の存在はその名を自ら考えたのではなく、あらかじめ選定されていた名前にうなずいただけ。
彼はすでに陸海軍大本営の傀儡だった。
「堀川サンだってそうだッ。あのときは公的立場で暁久兄さんに進言できたのに、ボクがその名で傷つくのはかわいそうだと思っただけで、何もしようとしなかった!」
「……」
「おかげで、ボクは散々傷ついた。誰もボクをわかってくれない!」
唯一、次兄の蔽九朗だけはささやかでも寄り添ってくれると思ったのに、
「蔽九朗兄さんはもっとひどいッ」
聯合艦隊司令部旗艦は柱島から動くことはそうそうないが、万が一出撃を要した場合、終始無傷ではいられないだろうから、損傷したらあの子の最期を思い出しそうで嫌だ……と。
そんなことを漏らしたことがあるのだ。




