第三話 帰り道
思わず右の首を勢い良く抑える。いつの間にマーキングなんてされたんだ!?
「別に害とか無いから!むしろ、他の吸血鬼に襲われなくなるんだよ。人の食べかけをわざわざ選ぶやつ居ないから!」
「なるほど……?」
食べかけと示すものなのか。よく分からないけど、ここでこれ以上深掘りすると、周りに聞こえる可能性がある。後で話すのが懸命かもな。
「すみませんが、時間的にもうお帰りになった方が……」
急に図書館のスタッフさんが声をかけてきた。確かに、帰った方がいい。スタッフさんに不信感を抱かれてしまうし、閉館時間もある。
「分かってます。今……」
「大丈夫です!私たち吸血鬼に襲われないので!」
「何言ってんだよ!?」
「ここに泊まっていかれるとか……?」
「いえ!夜に帰ります!」
「……???」
スタッフさんは困惑の表情を浮かべる。そりゃそうだ。
「……分かりませんが分かりました。失礼しました。」
スタッフさんは困惑の表情を諦めの表情に変えて、去っていった。
「ダメだろ、スタッフの人を困らせちゃ。」
「本当のことを言っただけだよ?夜に帰るし、吸血鬼に襲われないじゃん。」
「……襲われないって、本当なのか?」
「それは私が言っても……確かめるしか無いでしょ?」
「……そうだな。」
俺は諦めた。吸血鬼と一緒に居る時点で、もうおかしい。ここまで来たのなら、流れに身を任せるべきだ。変に逆らってはいけない。
俺はその後キルシーに読解のコツを教えたり、ワークの問題を解いたりして時間をつぶした。
「……もう日が落ちるね。」
「……」
『閉館時間となりました。今持っている本は、借りるか元の本棚に返却してください。』
閉館時間のアナウンスが流れる。そういえば、ここで働いている人はどうやって帰っているのだろう。泊まっているのか?
様々な疑問が頭の中で浮かび上がり、少し俯いて考える。
「おーい。生きてる?……血吸っていいってこと?」
「……そんな訳あるか。考え事をしていただけだ。」
「ちえっ。……帰ろっか。」
ちえっとか言うなよ。俺がキルシーに吸血を許すなんて事は、もうしない。
キルシーと並んで図書館の大きなガラスの自動ドアをくぐると、空が真っ赤に染まっていた。太陽と逆方向を見てみると、かすかに星の光が見える。
「……本当に夜だな。」
「当たり前でしょ?むしろ、私にとっては朝なんだけど。」
「なるほど。吸血鬼って昼夜逆転したみたいな生活習慣なのか。」
「そう。昼間とか眠すぎて、力なんてまともに使えないよ。擬態で精一杯だね。」
じゃあ、毎日徹夜しているようなものなのか……?俺が疑問を口に出す前に、キルシーはマスクを顎まで下ろし、にやりと八重歯を見せつけてきた。
「攷晴の前だと、擬態とかしなくていいから楽だね。」
「隠す努力はしろよ。」
この状況を誰かに見られたら、どうするつもりなんだ……?
「大丈夫。見つかったら、そいつを殺すか拉致して監禁するから。」
「怖っ。俺もそうなる可能性があったのか。」
「無いよ?喰うつもりだったもん。」
素直(?)な告白だ。今すぐに全力疾走で逃げ出したい。が、あの羽で追いつかれるのは分かりきってるか……
「……なあ、夜の幻現から逃げる時、羽を撃たれたみたいだけど大丈夫なのか?」
「心配してくれるの?」
「違う。気になっているだけだ。」
「うーん……血を吸えば一瞬で治るけど、今日ぜんっぜん血を吸えなかったから、治らないかなー……。」
こちらを上目遣いで見てくる。そんな目をしても、俺の血は一滴もやらないからな。
「……血液パックでも吸っとけ。」
「新鮮な生き血じゃないと、傷は治せないよ。」
「でも今元気そうじゃね?」
「羽にちっこい穴が空いた程度でどうにかなるほど、吸血鬼は弱くないからね。」
穴が空くってだいぶ重症だと思うんだが、吸血鬼にとってはそうでは無いらしい。吸血鬼は生命力が強いのか。
「……でも痛いものは痛いよ?擦り傷をうっかりお風呂に浸けちゃった時ぐらい痛い。」
「それってだいぶ痛くね?」
「痛いよ!銃で撃たれても平気とか言うおばけは居ないよ。たぶん。」
「多分?」
「人間を喰いまくって、生き血を吸いまくってる吸血鬼なら有り得るかも。吸血鬼は生き血を吸えば吸うほど強くなるから。」
知らなかった。じゃあ吸血鬼になりたてっぽいキルシーは、弱い吸血鬼ということか。
「……あれ?俺生き血吸わせちゃったよな。」
「うん!養分になってくれてありがとう!!!」
「くそが。」
キルシーは、にぱーと満面の笑みを浮かべて感謝した。ふざけんなよ?そういうのは吸う時に伝えろよ。
「……どれくらい強くなったんだ?」
「うーん。1.05倍くらい?」
「強いのか弱いのか分からないな。」
「これが初回で、二人目以降どんどん効果が薄まっていくんだよ。」
「……どういう理屈だ?」
「絵の具を混ぜる感覚だよ?最初は混ぜた色の特徴が出てて、混ざったってよく分かるけど、だんだん黒くなって、一色の影響力が弱まっていくんだよ。」
「なるほど。」
血が混ざることで、ひとつひとつの影響力が下がる。だから一人分の生き血の効果が薄くなっていくのか。
「だから最初に吸った生き血の影響も徐々に薄まっていくの。」
「それが理由で、好きな人の血だけ吸って、好きな人の血を体内に残したら、あとは誰も襲わないみたいな、色々と重い吸血鬼も居るよ。」
「重いな……」
「……え、キルシーって俺以外の血、吸ってる?」
「生き血は吸ってないよ。」
「……」
「……勘違いしないで欲しいから言うけど、私は重い吸血鬼だよ?」
キルシーはふふっと笑った。見た目だけは、普通の可愛い女の子に見える。
「……なあ」
「んー?なに?」
「キルシーはなんで――
キャハハハハハハハ!!!!!!
高らかな笑い声が、静かな夜の街にこだました。
「何だ!?」
「吸血鬼の笑い声だね。」
「笑い声?」
「そう。夜に人間の生き血を吸うと、昼間と比べてそりゃもう最高に気持ちいいらしいんだよね。だからたまに奇声をあげちゃうって、知り合いが言ってた。」
「もし今攷晴の血を吸ったら、私も奇声をあげちゃうかも。」
「吸うなよ。」
「……俺の血って美味しいのか?味に個人差はあるのか?」
地味に気になる。キルシーは昼間美味しいと言っていたが、どんなやつの血でも、生き血なら美味しいのでは……?
というか、今吸血鬼の奇声が聞こえたってことは、誰かが生き血を吸われたってことだよな……。
「美味しいよ!普通は昼間に生き血を吸っても、ジュース飲んでる時ぐらいしか快感無いのに、攷晴のは奇声をあげたくなるくらい美味しかった!」
「だから、今飲んだら確実に昇天する。」
「そんなにか……。」
「……奇声って、どの辺からだった?」
「うーん……ここのすぐ近く? 」
「近く!?どのくらい近くだ?」
「東に200mくらい。」
近っか!?確かにかなり大きな声だったからな……200mか。
「なあ、その吸血鬼と出くわしたりしないよな?」
「分からないけど、すぐには出くわさないと思うよ?まだ生き血を吸ってるだろうし、しばらくはとどまってるんじゃないかな。」
「一人分の血を全部吸うのは時間がかかるからね。」
「確かに、全部吸おうと思ったら、相当かかるだろうな。」
人体にある全ての血を合計すると、だいたい4~5L。これだけの量を飲むのには、時間がかかるだろう。
「だいたい5分くらいかな?」
「5分……?1分で1L飲むのか?」
「そんなものだよ?夜間の吸血衝動は、昼間とは比べ物にならないくらい強いからね。」
「私も今唾液ダラダラだよ。」
「……」
隣の危険人物(吸血鬼)に最大限警戒しつつ、俺は無事に家に着くことが出来た。奇声をあげていた吸血鬼と出くわさなかったのは、運が良かったからだろう。
「……着いたね。」
「ああ。マジで襲われないとは思って無かったよ。」
「言ったでしょ?」
「……でもなんでだ?キルシーはまだ吸血鬼になりたてぐらいの、弱い吸血鬼だろ?キルシーより強い吸血鬼なら、マーキングを無視して襲ってきそうなものだが。」
「それは……」
「……私が強いからかな?」
「なるほど?」
キルシーが強いのか、弱いのか。俺はまだキルシーが全力で戦っている姿を見たことがない。見ていたところで、他の吸血鬼より強いのかどうかは、分からないだろう。
「……少し気になったんだが、なんで吸血鬼は室内まで襲って来ないんだ?調べてるから分かるけど、屋内での吸血鬼の被害って、かなり少ない印象があってな。」
「それはね?吸血鬼の掟があるんだよ。」
「吸血鬼の掟?」
「そう。招待されていない建物には、吸血鬼は無断で侵入出来ないの。」
「無断で入ると、サラサラの灰になって死ぬ。」
なるほどな。だから吸血鬼は屋内に入って来られないのか。招待されていないから……
「でも、コンビニとか誰でもウェルカムな建物にも侵入出来ないのか?」
「いや、コンビニには人間に擬態してれば入れるよ。中で吸血鬼になった瞬間死ぬけど。」
「コンビニは人間ウェルカムだからね。吸血鬼にはウェルカムじゃないでしょ?図書館も、擬態してたから入れたんだ。」
なるほど。なら、どうやって吸血鬼は屋内での事件を起こしているんだ?
入った瞬間すぐに死ぬなら、どう足掻いても事件を起こせないはずだ。
「じゃあ、屋内での事件はどう説明するんだ? 」
「うーん……場合によると思うけど、友達になって家に招待された時とかかもしれないね。」
「招待された瞬間にだけ擬態を解いて吸血鬼になれば、吸血鬼が招待を受けたって事になるから。」
「あとは、家族を襲った場合もあるかも?」
「なるほどな。つまり俺は絶対にキルシーを家に招待してはいけないのか。」
「えー!招待してよ!」
「絶っっっっ対にしない。」
乾いた死体になるのは御免だ。
「……分かった。玄関前で我慢することにしておくよ!」
「そうしてくれると助かるな。家の前に張られている時点で助からないが。」
「でも、そう言うからには、これから誰も家に招待しちゃだめだよ?」
「え?」
キルシーは急に真剣な表情になった。さっきまでおちゃらけた少女だったのに、急に大人びて見える。
「私のマーキングがついている以上、あなたが吸血鬼と何かしらの関係を持っているって、他の吸血鬼にはすぐに分かるの。」
「だから、学校に潜んでいる他の吸血鬼が、攷晴と関わりを持とうとしてくるかもしれない。」
「……じゃあ、キルシーの方で先にその吸血鬼をどうにかしてくれよ。」
「無理。擬態してる吸血鬼と人間の見分けなんてつかない。それこそ、マーキングされている人間でも居ない限り分からない。」
「本当に気をつけてね?私にはどうしようもないし、攷晴が自分で気をつけるしか無いんだから。」
「……分かった。」
「……じゃあ、お願いね!ばいばーい!!!また明日!!!」
「……ああ。」
俺は笑顔で去っていくキルシーに軽く手を振り、玄関の扉を閉めた。
「ただいま。」
「おかえり!!!もう、夜になんで外出なんてしてるのよもう!!!死にたいの!?」
母が物凄い勢いでやってきた。うるうるした目を見れば、どれだけ心配していたかが分かる。
「違う違う。……でも、これからは夜中でも外に出られそうなんだよ。心配させてごめん。」
「無事に帰って来てくれたら、それでいいんだけど……どうやって?」
「それは……」
どう答えればいいんだ……?吸血鬼の友達が守ってくれるとか言うか?いやいやそんなの言う訳には……
「……分かったわ。とにかく、ちゃんと無事に帰ってくること!乾いた死体になった息子なんて、見たくないの。」
「もちろん、死体になる気は無いよ。」
「分かってくれたなら、よし!夜ご飯もう出来てるけど、お風呂先にする?」
「飯食ってからでいい。」
母が察してくれて助かった。いつも思うが、この母の深く追求しない姿勢は、とてもありがたい。
俺は素早く夕飯を食べ、風呂に入って寝ることにした。
部屋に戻った俺は、ベッドに仰向けで横たわり、今日の出来事を思い返していた。
(今日は濃い1日だったな……)
学校ではキルシーに吸血されるし、放課後は図書館で勉強しまくって、夜中に帰るとかいう前代未聞の行動をした。
吸血鬼についても、キルシーから色々聞くことが出来たな。吸血鬼は招待されていない家(建物)には入ることが出来ない……か。
他の弱点とかも聞き出せれば、キルシーに反撃……
「……は、今のところしなくていいか。」
攻撃されている訳でもない。それ以上に、学校にいるキルシー以外の吸血鬼の方が問題だ。
今日は何も無かったが、明日からも見つかる可能性は十分にある。
(……とりあえず、もう寝るか。)
室内に入ってくる吸血鬼が絶対に居ないという事実を知れた俺は、いつもより深く眠ることが出来たのだった。
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