第二話 図書館
吸血鬼のキルシー。もとい桐乃日良が、俺のクラスに転校してきた。しかも俺の隣の席と来たもんだ。なんと運の悪い。
一時はどうなる事かと思ったが……今のところ、特に問題は無い。それもそのはずで、吸血鬼は昼間は人間社会に溶け込んでいる。
わざわざ私、吸血鬼なんです!なんて言って、トラブルを起こすはずも無い。
だが見た目のいい転校生ということもあり、休み時間の度に質問攻めにあっている。近藤は既に惚れていそうだ。
……俺はこの桐乃日良が吸血鬼のキルシーだということを知っている、唯一の人間だ。
吸血鬼であるキルシーにとって、俺は捕食対象であり、同時に自分の秘密を知っている面倒な人間でもある。
(……あれ?これ普通に喰われそうじゃね?)
横を見ると、真面目に授業を受けている桐乃日良の姿がある。あー、頭がこんがらがってきた。こいつは内心、どう思っているのだろうか。
まともに授業を受けられないまま、昼休憩になった。昼食だ。俺はカバンから、弁当を取り出す。学食を買う金は無い。
「へー。お弁当なんだ。何か意外だね。」
「……そりゃあ、あの時電車乗って帰れなかったぐらいだからな。」
「確かに!」
桐乃日良は、満面の笑みを浮かべた。マスクをしているが、その下が容易に想像出来る。
「じゃ、私はひとりでご飯食べるから。」
「パックか…… 」
「……それ、大声で言わないでよね?」
「当たり前だろ。」
今のところは、キルシーに攻撃されていない。このまま平和に生活できるのであれば、こちらから秘密をばらす必要は無い。
キルシーは、鼻歌まじりにカバンの中に手をつっこむ。だが、その鼻歌はだんだんと小さくなっていった。
「どうかしたのか?」
「……無い。」
「まさか……」
「お弁当が無いー!!!」
「どうするんだよ?」
「まずいまずい……!」
「……仕方ない。ねえ!ちょっと来て!」
「えっ、俺まだ飯――」
キルシーは、強引に俺を連れ出した。どこへ連れ出すつもりだと聞いても、反応はない。そのまま校舎裏へ連れていかれてしまった。
弁当をキルシーに分けようとしていた近藤と、一瞬目が合った。
「どっ、どういうつもりなんだよ!」
「……血、吸わせて?」
「無理だ。」
「だって、このままだと吸血衝動が抑えられなくて、誰かを襲っちゃう……」
それはまずい。……のか?別に俺には関係ないしな。クラスメイトがどうなろうと、俺の知ったことでは無い。
「襲うとしたら、まず攷晴くんだよ?その時は、痛いと思うけど。」
「今回は痛くないのかよ。 」
「痛くないようにするから!」
そんなこと出来るのか?それに、俺が吸血鬼になってしまう可能性すらある。無いとは言えないよな。
「……俺が吸血鬼になったりはしないか?」
「勿論だよ!吸血鬼になりたい!って、強く思ってないとなれないから。」
つまりキルシーは、吸血鬼になりたいって、強く思ったってことか?……いや、今それは関係ないな。
自分で考えを断ち切り、キルシーと改めて向き合う。
「お願い。何でも……は出来ないけど、色々できるから!」
「……まあいいや。もうどうとでもなれ!!早く吸え!」
何だか、悩むのもばかばかしく思えてきた。ここで抵抗して殺されるのもごめんだ。俺は大人しく左首を差し出す。
「……ごめん。私右派なの。 」
「なんだよそれ。」
「某きのこたけのこみたいに、吸血鬼の中で、左首か右首かで分かれてるの!浮気は出来ないの!」
「めんどくせえ……」
血を吸わせてやるってのに、なんてわがままな……
俺は呆れながら、右首を差し出した。
「いただきます……!」
がぶりと、キルシーは俺の首に噛み付いた。注射のような痛みが、俺の首から広がる。
「いてててて!!! 」
「……ぷはぁ……はい!おしまい!」
「二度とやらねえ。」
キルシーと同じ空間にいるのが嫌で、即座に教室へ戻ろうとしたが、少しふらついた。
「……吸いすぎだろ。」
「だって、攷晴の血が美味しすぎて……」
「ふざけんな。」
「でも、お詫びに私に出来ることはするよ!例えば、夜の護衛とかさ。」
「護衛?」
「そう!私と一緒にいけば、夜中まで図書館に居られる。家に帰る時、私が攷晴を守る!」
……案外悪くない。
が、普通に夜間に喰い殺される気しかしない。
「それ、俺殺されるだろ。」
「殺さない!誓うよ!」
「……信用出来ねえな。」
「お腹すいたら、血液パックでしのぐ!」
「……そうか。襲ってきたら全力で抵抗するからな。」
「それは、当然の権利でしょ。」
……もし護衛のキルシーと一緒にいる時、また『夜の幻現』に会ったらどうなるんだろう?
「夜の幻現は、どうする気だ?」
「あー、あいつらね?私が本気を出したら瞬殺できるけど、一回は話してみたいよね。まあ擬態してりゃあバレんけど。」
「そうか。」
……夜の幻現に会った時は、キルシーを引き渡して、俺を保護して貰えばいい。それで全て解決だ。
弱めの貧血を感じながら、五,六時限目をこなす。今日は全く集中出来なかった。後で復習しないと……
「さよならー。」
もう下校。体感一時間程度で、今日の学校は終わってしまった。
「はあ……」
復習のダルさに、思わずため息をついた。俺は授業を頭に入れまくって、家ではほとんど勉強しないタイプ。授業を聞けなかったのは大きな痛手だ。
「ねえねえ。今日は図書館行かないの?」
「桐乃のせいで、復習が必要だからな。」
「図書館で勉強すれば?」
「そうなんだけど……」
俺にとって図書館は吸血鬼について学ぶ場所だ。できる限り学業を持ち込みたくない。
「……でもまだ調べきれていないことがある。仕方ないし、図書館で勉強するよ。」
「着いてってもいい?」
「もう好きにしてくれ。」
俺は帰宅し、勉強道具を揃えた。帰り道、キルシーは俺の家までついてきたので、キルシーに家バレした。
(……え、さらっと流したけどこれまずいのでは?)
帰宅してから気が付いたが、もう遅い。今更どうしようもないので、諦めて図書館へ向かった。
「……お!来た!」
「声量は下げろよ。」
「オッケー。」
キルシーはコーヒーフィルターみたいなマスクを付けて、赤っぽい眼鏡をかけている。見た目だけはかわいい。
「……眼鏡とか持ってたんだな。」
「私は勉強する時だけ眼鏡をかけるタイプの女子なんだよ?可愛いでしょ。」
「別に。」
「別にって何別にって!」
「人間じゃないからな。」
そうつぶやきながら腰掛ける。図書館には長い机が並んでいて、俺はキルシーと対面するように座った。隣に座る勇気はなかった。
「桐乃って、勉強できるのか?」
「まあ……」
キルシーは、あからさまに目を逸らした。
「ギリ赤点回避できるくらい?」
「だめじゃねえか。」
「だから、教えて?」
「俺の勉強が終わったらな。」
「やった!」
まあ1日の授業分くらい、復習だけならすぐに終わる。
俺は二時間で授業分の学習を終わらせた。夏休み明け初日というのもあって、授業自体あまり進んでいない。
「……で、教えるって言っても、どこを教えればいいんだ?」
「全部。」
「流石に1日でそれは無理だ。」
「じゃあ、国語教えて?」
「国語か……」
一番教えにくい教科かもしれない。読解あたりは、どうしても経験と感覚に頼る所があるからな……
「国語にも、文法、漢字、古文、物語文、論説、随筆……色々あるだろ。どれだ?」
「文法と読解系!」
「……なるほど。」
「文法は色々なんか多すぎてわけわかめだし、読解はマジで何言ってるのか分からない。」
「重症だな。」
文法と読解だったら、まずは文法からだろう。
「文法、どこから分からないんだ?」
「体言と用言とか。」
「……」
これは大変だな……
俺は数時間かけて、キルシーに文法の全てを教えた。理解に苦しむ様子も見られたが、結果的には理解したらしい。
「……とりあえず文法は大丈夫そうか?」
「大丈夫そう!」
「ちゃんと復習しないと、すぐに忘れるからな。」
「分かった!」
ふうと一息つき、窓の外を見てみると、紅く夕日に染められていた。吸血鬼について調べることは出来なかったが……いつでも出来るか。
「それより、日が落ちる前には帰らないと……」
「私がいるから、大丈夫だよ。」
「……なんでだ?」
「そのために着いてきたんだから。」
「どういうことだ?」
「今日、攷晴の血吸ったじゃん。その時に、私のマーキングをつけたんだ。」
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