第一話 吸血鬼との遭遇
この世界には、吸血鬼という生物がいる。
彼らは夜にのみ活動し、太陽が登るとぱったり姿を消す。もし、夜間に外出する予定があるのなら、絶対に中止にするべきだ。なぜなら夜、外に出ていた者は――
朝、乾いた死体となって見つかるからだ。
こんなことは、この世界の常識だ。
『最新・吸血鬼の正体を解説』……少し期待しすぎたか?
『先日、吸血鬼の正体を暴くため、日本全国から有志で集められた精鋭部隊、『夜の幻現』が、一夜を生き延び、見事一体の吸血鬼を討伐することに成功した。
その吸血鬼は、なんと人間とよく似た姿をしており、このことから、吸血鬼は人間社会に紛れて生活していると推定される。
解剖結果から、吸血鬼が言葉を発する事が可能であると判明したため、『夜の幻現』は、吸血鬼を生きて捕らえ、対話を試みる予定である』……か。
討伐された吸血鬼の特徴とか、もっと詳細を書いて欲しいんだけどな。まあ、他の本や雑誌を漁れば出てくるだろう。
「これ返却します。」
「はい。」
図書館の司書が本のバーコードを読み取って、机の下にしまった。
ちらりと窓から外を見ると、空が夕焼けでオレンジ色に染まっていた。
「……もう夕方か。」
吸血鬼の情報を調べるため、つい遠くの図書館まで来てしまった。夜までに家に着けるか?これ。
少し駆け足で図書館を後にする。
ケチって電車で来なかったせいで、切符を買うお金も持っていない。俺の家までは、徒歩で50分はかかる。今は何時だ……?
「午後5時58分……。」
大丈夫だ。まだ慌てる時間じゃない。今日の日の入りは……?
「……午後6時38分。」
ダッシュでギリギリか?くそ、ちょっと長居しすぎたな。
俺はダッシュで家に帰るが、日頃の運動不足がたたって、どんどんスピードが落ちていく。
「はあ……はぁ……」
「今は……午後6時31分か……」
家までは、まだ10分以上かかる。ダッシュなんかせずに、早歩きでスタミナを温存しておくべきだったか。
そもそも、徒歩で図書館に行ったのが間違いだった。本を返すことと、吸血鬼のことしか考えていなかったせいで、シェルター用のお金を持ってきていないのも原因だ。お金さえあれば、シェルターの中で安全に夜を越せるのに……
残った体力で、気持ちだけでも早歩きを続ける。ただもう日の入りまで時間がない。こんなことをしても、もはや無意味だ。
「……いや、待てよ?」
俺は一旦足を止めた。
夜に外出していたからといって、確実に死ぬ訳では無い。吸血鬼に遭遇せず、運良く夜を生き延びた例は、確かに存在している。そのどれもが、人目のつかない場所に隠れていたはずだ。
「もう日の入りまで時間がない。とにかく、丁度いい場所を探さないと……」
少し進んだ先に、丁度いい路地を見つけた。個人経営っぽいラーメン屋と、既にシャッターを下ろしているクリーニング屋の間だ。
2つ重なった室外機のお陰で、道から路地の向こうがほとんど見えない。運がいいな。
俺は急いで室外機を登り、隠れた。
「今は、午後6時37分か。」
隠れてすぐに、日が落ちた。空は紅く染められた後、黒く塗りつぶされた。塗り残しの部分が、白く輝いて見える。
(夜の空ってこんなに綺麗なんだな……)
夜に外を見ることなんてなかった。カメラの映像で見たことがあるくらいで……肉眼で見るのは初めてだ。屋根の隙間から、微かに月明かりが差し込んでくる。
静寂に包まれた夜は、永遠に続くような気がしてくる。
時間を確認しようにも、その動きやスマホの光で吸血鬼にバレるリスクがある。ここは静かに待機するのが懸命だ。
「……見つけた。」
夜のくせに、やけに蒸し暑いな。夜は気温が下がるものだと思っていたが、湿度のせいか、室外機からの熱のせいか、やけに暑い。
俺はふぅ……と、一息吐いた。どうやら、その音が少しだけ大きかったらしい。
「……」
「――!」
背後に生物の気配を感じた。俺は室外機の隙間から、目の前の道を確認するようにして隠れていた。そのせいで、背後を取られてしまったらしい。
この狭い路地に、音を鳴らさずに入る方法なんて……上から屋根の隙間を通って、ゆっくり降りてくるしかない。それが出来るのは……
「ねえ、ちょっとお話しない?」
「……話?」
「君、図書館で私たちについて色々調べてたじゃん?最期に私と話せたら、幸せかなと思って。」
「……そうだな。そうかもしれない。」
俺はゆっくりと振り向いた。
そこには、綺麗な金髪の女がいた。見た目の年齢は高校生くらい。吸血鬼らしい真紅の爪に、相対するような蒼い瞳。彼女は右手で頬をなぞり、左手を楽に下げている。
俺を見る目は、食欲で満たされていた。俺はゆっくりと立ち上がり、その吸血鬼と向き合った。もう隠れる必要も無い。
「……まずは、名前を教えて欲しい。」
「私はキルシー・クリヒレット。いつもは桐乃日良って名前で生活してるよ。……私が名前を教えたんだから、君にも名前を教えて欲しいな。」
「……俺は平野攷晴。普通の高校一年生だ。」
「攷晴くんか。いい名前だね。」
キルシーはにこりと不敵な笑みを浮かべる。尖った八重歯が、月明かりできらめく。
「あぁ、歯出ちゃった。もう、この癖治さないと……。」
「昼間、人間に見られたら大事になるな。」
「そうなんだよねぇ。だから私、昼はいつもマスクをしてるんだ。」
「学校に行ってたりするのか?」
「行ってるよ?だから、昼休みとかはぼっち吸血。パックの血を吸ってるよ。」
「パックの血……?」
「そうそう。献血に装って、血を集めたりしてる。」
なんだって?俺の両親はよく献血に行っている。世の中の役に立つんだと言って、休息期間があけたらすぐに献血に行くような献血ガチ勢だ。だというのに、吸血鬼の食料になっていたとはな……
「1日1Lが目安かな。お昼には350mlのパックを飲んでるよ。これが1番コスパいいんだー。」
「吸血鬼にもお金の概念があるのか。」
「そうそう!高級な血は、100mlで5万くらいするんだから、困っちゃうよね。だから、君みたいな人間に出会えて嬉しいよ。」
俺は全っ然嬉しくない。吸血鬼と会話が出来ていることを差し引いても、全く足りない。今すぐにでも、ここから逃げ出したい。
「……吸血鬼って、やっぱり空を飛べたりするのか?」
「飛べるよ。でも、ここだと少し狭いね。道に出ようか。」
「……」
俺は黙って室外機を登り、道に出た。そしてゆっくりと吸血鬼に向き直った。
逃げることはしなかった。ここで抵抗するべきではないと、本能で悟ったからだ。
「……ここなら十分かな。見ててね?」
キルシーと名乗った吸血鬼は、周りをちらりと見回した後、バサッと大きな翼を広げた。片翼1.5mくらいの、コウモリのような黒い翼が、夜の闇に溶け込んでいる。キルシーは、そのまま軽く羽ばたいて1mほど浮き上がった。
「どうかな?」
「すごいな。もしこの構造を、もし人間に移植出来たら……」
「できるよ?」
「えっ!?」
思わず声が出た。翼を移植できる?人間にか?そんな事ができるのか?
その疑問を抱いて、キルシーの顔を見つめた。キルシーは、この世の全てを理解しているかのような笑みで、にこりと微笑んだ。
「簡単だよ?君も吸血鬼になればいいんだ。」
「それって……まさか……」
「そう。吸血鬼って、元はみーんな、人間なんだ。勿論私もね?」
そんな、そんな馬鹿な。確かに夜間、外出してしまうことはある。どれだけ気を付けようとも、俺のようにやらかす人間は多いはずだ。
その全てが、乾いた死体になっていたとしたら、世界の人口はたちまち減っていくはず。シェルターがあったとしても、俺みたいなやつは沢山いる。
俺のようにやらかした人間は、吸血鬼に変化して、人間社会に溶け込んでいるということか……?
だとしたら吸血鬼は一体、この世界に何人いるんだ?
「攷晴くん。君も、吸血鬼にならない?」
「……。」
「吸血鬼は楽しいよ?怪我もすぐに治るし、空を飛べる。血を吸う快感は、セッ〇スよりも気持ちいいよ。」
「……ならない。」
「どうして?」
「俺は人間だからだ。人間として、天寿を全うしたい。」
「……そう。」
キルシーは翼をたたんで、道に降りた。
ゆっくりと、一歩一歩、俺に近付いてくる。顔が少し俯いているせいか、月明かりだけではよく見えない。
キルシーは、俺の顔前で顔を上げた。
「いただきます。」
その顔は、赤く紅潮していた。にこりとした恐ろしい笑みは、俺の全身に強く刻まれた。
「……いたぞ!吸血鬼だ!」
「うぇ?」
「あれは――!」
間違いない、『夜の幻現』だ!まさか、この辺りで活動していたとは!
「必ず生きて捕らえろ!逃がすなよ!」
彼らは一斉に、キルシーへ銃を向ける。
「やっべ。あいつらに一人やられたんだっけか。」
「ごめんね?吸ってあげられなくて。またいつか会おうね!」
ぶわっと風を巻き上げて、キルシーは空高く飛び上がった。
「うわっ!」
「翼を撃て!!!」
パンッパンッパパンッ……
暗くてよく見えないが、翼に弾が当たったような気がした。しかしキルシーは落ちることなく、そのまま夜の空に消えていった。
「……助かった……のか?」
「君、大丈夫か!」
『夜の幻現』のメンバーたちが、俺に駆け寄ってくる。
「怪我は無いか!」
「何とか……」
「先程の吸血鬼は、確かに言葉を発していたな。何かなかったか?」
「えっと……」
俺は、今までの全てを話した。
「なるほど。吸血鬼が、人間と同等の知能を持っていることがほぼ確定したな。それに、元が人間……だから人間社会に溶け込んでも、違和感が発生しなかった訳か。」
「……貴重な情報、感謝する!今後出版する書籍に載せる可能性が高いが、いいか?」
「勿論です。」
「君の家まで同行する。安全に帰宅できるよう、我々が護衛しよう。」
「助かります。」
そうして俺は無事に、自宅へと辿り着いた。両親からは泣いて怒られたが、生きていてよかった。と言って貰えた。
それからというもの、夏休み中は図書館と自宅の往復を繰り返した。
あの日以来、俺が吸血鬼について調べているのを良く思っていなかった両親から、電車賃を貰えるようになったのは、正直ありがたかった。
俺は図書館の資料を使って、吸血鬼に関する自由研究を完成させた。これで夏休みの宿題は全て終わりだ。
「結局、宿題が終わったのは最終日か。」
まあ、終わっただけ良しとしよう。
俺は部屋のカーテンを少し開け、美しい夜空を見る。あの日から、寝る前に夜空を見ることが日課になっていた。
(もう寝よう……)
次の日。健康的な、素晴らしい目覚めだ。
健康体のまま登校できる。毎日宿題を進めて、最終日に夜更かしする必要が無いようにしたおかげだ。
「おはよう。」
「おう!おはよう。元気そうでなによりだぜ。もう夜に外出するのはやめとけよ?」
「当たり前だろ。もうしないよ。」
友人の近藤響也が、挨拶を返してくれた。
こいつは昨日の夜、宿題が終わらないと電話をかけてきて、泣きながら俺の宿題を写していたが……この様子だと見事に宿題を終わらせたようだな。
「そういえば攷晴、転校生が来るのって知ってたか?」
「知らないな。どこのクラス?」
「俺たちのクラスだよ。」
「本当?」
「本当だよ!ああ!美少女こいこいこいこいこい!!!」
響也は息を荒くしながら、まだ見ぬ転校生に期待を寄せている。俺は期待せずに待っておくことにしよう。変に期待しても、転校生に悪いし。
席について少し待つと、担任の小樽先生がにやつきながら教室に入ってきた。
「今日から、このクラスに転校生がくる。……この雰囲気だと、もう知っているやつも多そうだな。」
小樽先生は少し俯いてにやつきを抑えてから、入ってこいと扉に向かって言った。
ガラガラガラと、聞きなれた音を鳴らしながら、教室に入って来たのは──────────
「転校生の、桐乃日良さんだ。」
「桐乃日良です。よろしく!」
期待以上の美少女の登場に、教室は一気に歓声に包まれた。だが、俺が歓声をあげることはなかった。むしろ悲鳴をあげたい気分だ。
「桐乃さんの席は……今、丁度空いている平野の隣だ。平野、ちゃんと仲良くしろよ?」
「……はい。」
「よろしく!はじめまして!攷晴くん。」
「よろしく。キル……桐乃。」
「おいおい!緊張しすぎて噛んでるじゃねえか!」
どっと、教室は平和な笑いに包まれた。
俺の心は、もう既に乾いた悲鳴でいっぱいだった。誰か、誰か助けてくれ……!
新作です。元は2年くらい前に書いたやつなんですが、発想がよさそうだったので、書き直して出すことにしました。
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