第4話 忌むべき客の来訪
戸が、再び引き開けられた。
軒下に立っていたのは三人。
いずれも「除妖廻」の同心姿で、黒の着物に身を包み、腰には二本差し。
先頭に立つその顔を、宗鏡暖心は嫌というほど知っていた。
野村賀力。
野村家の次男であり、生前、兄宗鏡玄心が最も忌み嫌っていた男。
記憶の中に、ある日、兄が顔中に青あざを作って帰ってきたことがあった。
野村賀力が両親を侮辱したため、怒りに任せて剣道の立ち合いを挑んだが、結果は惨敗だった、と歯を食いしばって語っていた。
その後、彼女は兄に食事を届ける際を利用し、こっそりとの男の顔を覚えていた。
その男が、兄の死が伝えられたまさにこの日に現れ、しかも見知らぬ武士を二人も従えている。
どう見ても、遺品を届けに来た風ではない。
むしろ、厄介事を持ち込むつもりだ。
「……野村様でいらっしゃいますか。どのようなご用件で、わざわざ拙宅までお越しくださったのでしょうか?」
宗鏡暖心は視線を伏せ、きちんと礼をした。
来意に不穏なものを感じ取ってはいたが、相手は正式な武士だ。
礼を欠けば、それを口実に難癖をつけられかねない。
野村賀力は答えず、代わりに彼女を上から下まで二度眺め回した。
その視線は、まるで米糊を塗りつけるかのように粘ついている。
「暖心ちゃん、ますますきれいになったな。あと数年もすれば、きっと美人のできあがりだ」
「……褒めすぎです」
暖心は表情を変えぬまま、もう一度礼をする。
「もし急ぎのご用でなければ、改めてお越しくださいませ」
そう言って、戸を閉めようとした――その瞬間。
彼女はそう言うと、扉を閉めようとしました。
しかし、閉まりかけた戸板に、突如として一只の手が突き出され、がっちりと挟み込まれた。
「おっと、そう急ぐなよ」
野村賀力は半分だけ顔を突っ込み、歯を見せて笑う。
彼が腕に力を込めると、戸は抵抗もむなしく押し開けられた。
そのまま、彼は後ろの二人を引き連れ、ずかずかと庭へ踏み込んでくる。
暖心はよろめいて後退し、背中を塀に打ちつけてようやく踏みとどまった。
九歳の少女の力が、成人した武士に敵うはずもない。
「いやあ、噂どおりだな。暖心、お前、本当に手先が器用だ。この傘、よくできている」
野村賀力は悠然と屋前まで歩み寄り、風に吹き落とされていた蛇の目傘を拾い上げると、指の節で伞骨をこつりと叩いた。
暖心は唇をきゅっと結び、何も言わずに彼を睨み返す。
彼女そのまま、そっと戸口へと足を運ぼうとしたが、脇に立っていた同心が一歩踏み出し、行く手を遮った。
「……武士様。これは、どういうおつもりですか。無断で民家に立ち入る行為は、与力様のもとでも、厳しく咎められるはずですが」
「そんな怖い目で見るなよ」
野村賀力は傘を放り捨て、彼女の方を振り返った。
「どうやら、お前はまだ知らないようだな。あの役立たずの兄貴、宗鏡玄心はな......数日前の除妖任務で、死んだ」
相手の口調は平然としていて、まるで地面を這う蟻の死を語るかのように、あまりにも平板だった。
「……兄のことは……もう存じております。ですから、これ以上のお心遣いは無用です、うちから出ていってください」
宗鏡暖心は唇を強く噛みしめ、どんな弱気な感情も表に出さないよう必死にこらえた。
「おや?すでに知っていたのか。まさか、そんなに落ち着いているとは思いませんでした」
野村賀力は眉をつり上げ、愉快そうに笑う。
「いやあ、感心したよ。小さいながらも、なかなか肝の据わった娘じゃないか。ははは」
そう言って、手にしていた傘を無造作に放り投げた。
続いて、顎で戸口の方をしゃくり、連れてきた武士に合図を送る。
重い音を立てて大門が閉められ、唯一の逃げ道が塞がれた。
「……今ごろ、胸の内はさぞ怖かろう。だが、心配するな」
野村賀力は、いやらしく口角を上げる。
「兄貴の生前の“親友”としてな。お前が独りで困らぬよう、ちゃんと――先の稼ぎ口を用意してやった」
そう言いながら、彼はもう一人の武士とともに、じりじりと暖心へ歩み寄ってくる。
「……申し訳ありません。兄の後始末が済むまでは……働くつもりはありません。どうか、お帰りください」
暖心は声を張り上げ、近隣に届くことを願いながら、ゆっくりと反対側へ下がった。
「無駄だ」
野村賀力は鼻で笑う。
「たとえ聞こえたところで、誰が命懸けで武士に逆らう?そんな度胸のある者など、ここにはいない」
二人の距離が縮まると、彼は不意に手を伸ばし、宗鏡暖心の手首を掴むと、ぐいっと自分の方へ引き寄せた!
「喉が裂けるまで叫んだところでな、その死に損ないの兄貴は、土の中から這い出てはこないんだよ!」
「もう話はついている。遊女屋の女将とな。今夜から、お前は――あそこで、俺の言うとおり働けばいい」
歪んだ笑みを浮かべるその顔を見た瞬間、暖心の胸に押し込めていた恐怖と悲しみは、ついに堰を切った。
大粒の涙が、止めどなく頬を伝う。
「た……助けて……」
かすれた声が、喉の奥から絞り出される。
「だれか……助けて……」
その声は、閉ざされた庭の中で、あまりにも弱く、頼りなかった。
ドンッ!!!
固く閉ざされていた大門が、轟音とともに内側へ弾き飛ばされた。
不意を突かれ、門前を固めていた同心の一人が吹き飛ばされ、数歩先の野村賀力の足元へと転がり落ちる。
一瞬で、全員の視線が門口へと集中した。
土煙が舞い上がるその中を、
黄昏の淡い光を背に、一つの人影が庭へ踏み入ってくる。
宗鏡玄心だった。
胸は荒く上下し、全身は埃と血と汗にまみれている。
それでも、その双眸は燃え盛る炎のように、まっすぐ野村賀力を射抜いていた。
「……野村……この、犬畜生が……」
喉を裂くような荒い息の合間から、彼言葉を一つひとつ噛みしめるように吐き出す。
「誰に、誰に許しをもらって……」
玄心は一歩、また一歩と前へ出る。
「……俺の家の敷居を、踏み越えるをしたぁッ!!」




