第15話 再度の強化
種魔による襲撃事件が起きた以上、茶屋が営業を続けられるはずもなかった。
後始末は専門の人間に任され、玄心たちは近くのラーメン屋で簡単に腹を満たすと、そのまま解散することになった。
家へ戻り、心身ともに疲れ切っていた妹・暖心を寝かしつけた後、玄心は一人、家の庭へ出る。
秋の夜気はひんやりとしており、彼は静かに息を整えながら、強化システムを呼び出した。
【名前:宗鏡玄心】
【剣術流派】
【神玄無反流】
【剣技1:青嵐(入門)】
【剣技2:逆巻(帰一)】
【剣技3:隠貫(入門)】
【説明:妖魔寿命を剣技に注ぎ込み、修練を大幅に短縮可能】
【現在の可支配妖魔寿命:45年】
今回は、前回のように一気に寿命を注ぎ込むつもりはなかった。
というのも、剣技が「帰一」に達した後、さらに上が存在するのかどうか――それは、まだ分からない。
ならばまずは、残る二つの剣技を「極致」まで高める。
十分な妖魔寿命を確保できた段階で、次の段階を考えればいい。
「剣技『青嵐』を強化する」
【1年目:すでに一門の剣技が『帰一』に到達しているため、修練は加速。剣技『青嵐』が『熟練』へ昇格】
【2年目:剣技『青嵐』が『精通』へ昇格】
【5年目:剣技『青嵐』が『達人』へ昇格】
【10年目:山巓にて七日間の鍛錬の末、悟りを得る。剣技『青嵐』が『極致』へ到達】
【剣技Ⅰ:青嵐(極致)】
【現在の可支配妖魔寿命:35年】
「……あれ?」
システムログを見つめながら、玄心は小さく首をかしげた。
「青嵐」が「入門」から「極致」へ至るまで、消費した寿命はわずか十年。
以前、「逆巻」を「熟練」から「極致」にするまでには、十五年を要したはずだ。
「同じ流派の剣技同士……修練度が相互に影響しているのか?」
意外ではあったが、考えてみれば不自然ではない。
長距離走を続けている人間が、別のスポーツでも上達が早い――それと同じ理屈だ。
納得した玄心は、迷わず次へ進む。
「剣技『隠貫』を強化する」
【1年目:二門の剣技が『極致』に達しているため、修練効率が飛躍的に上昇。剣技『隠貫』が『熟練』へ昇格】
【2年目:剣技『隠貫』が『精通』へ昇格】
【3年目:剣技『隠貫』が『達人』へ昇格】
【5年目:夜襲を受け、混戦の末に境地へ至る。剣技『隠貫』が『極致』へ到達】
【剣技Ⅲ:隠貫(極致)】
【現在の可支配妖魔寿命:30年】
「……やはりだ。たった五年で『極致』か」
確信は、興奮へと変わる。
しかも、残された妖魔寿命はまだ三十年もある。
この量があれば、剣技を一つ「帰一」へ押し上げるには十分だ。
「逆巻」が「帰一」に達した時、現実の理に干渉し始めた、あの感覚。
思い出すだけで、胸の奥が高鳴る。
玄心が、次の剣技へ寿命を注ごうとした、その瞬間。
視界に、赤く脈打つ警告文が浮かび上がった。
【注意】
【『神玄無反流』の三剣技がすべて『極致』に到達】
【当流派の『神技』を推演しますか? YES / NO】
【注意】
【神技を推演しない場合、任意の剣技を引き続き強化可能】
その表示を見た瞬間、玄心の心拍は一気に跳ね上がった。
――武部鉄心の言葉が、脳裏をよぎる。
「神技を持つか否か。それが、凡百の武士と“一神武杰”を分ける境界だ」
神技を得れば、肉体能力は飛躍的に向上し、攻撃力も質的変化を遂げる。
島原藩にただ一人存在する“一神武杰”――老中大人は、城外で巨大な熊妖を討ち、
その一刀で、高さ十メートルの石造城壁すら斬り貫いたという。
――想像するだけで、背筋が震える。
「……これが、“神技”の力か」
玄心は「YES」を選ぼうとして。しかし、寸前でその手を止めた。
(……なぜ、すべての剣技を『帰一』まで高めない?)
その考えが芽生えた瞬間、雑草のように一気に心を埋め尽くす。
(自分には強化システムがある。
才能がない? 関係ない。
他人には一生辿り着けない境地でも、俺には壁が存在しない)
(それに――『帰一』だ。
伝説の中にしか語られない、剣技の到達点じゃないか)
(進まない理由が、どこにある?)
(人は生きているうちに、一度くらい山の頂からの景色を見るべきだろう)
(妖魔寿命が足りなくなったら?
その時は、また斬ればいいだけの話だ)
思考は止まらない。
そして、気づけば指は無意識のうちに――
「NO」を選択していた。
「剣技『青嵐』を、さらに強化する……!」
【1年目:道場に立ち、すでに身体に染みついた『青嵐』を繰り返し振るう。一撃、また一撃……】
【2年目:道場の門弟すべてを打ち破り、師すらも退ける。しかし、自覚する。剣技『青嵐』は一歩も先へ進んでいない】
【5年目:道場を去り、名山を巡る旅へ。突破口を求めて】
【10年目:山巓にて剣を振るい、『嵐』の本質を掴む。だが、『青』の意味だけが、どうしても見えてこない】
……
一年、また一年と、ログは淡々と流れていく。
玄心自身は、その歳月を実際に生きたわけではない。
それでも、そこに自分を重ねるだけで、背筋が冷たくなる。
【18年目:『青』は草木を指すと考え、四つの山に生える植物をすべて断つ。費やしたのは八年と、数十振りの打刀。だが、答えは得られず】
【22年目:生活に困窮し、刀を置く。農に従事し、生計を立てる日々】
【28年目:田で雑草を抜いていた折、春風が吹き、青苗が揺れる。その瞬間、『青』とは草木ではなく、“生”の気息そのものだと悟る――
感応するように手にした鎌を振るえば、一帯に生命の気配が満ちていった】
……
【剣技1:青嵐(帰一)】
【現在の可支配妖魔寿命:2年】
「……ようやく、か」
玄心は大きく息を吐いた。
だが、すぐに歯を食いしばる。
かつて経験した、あの強烈な眩暈。
三十年近い修練の記憶が、一気に脳裏へと流れ込んでくる。
剣を振り続けた日々。
迷い、諦め、再び立ち上がった時間。
次に目を開いた時、全身は汗で濡れていた。
そして同時に、身体の奥底から、尽きることのない力が湧き上がってくるのを感じる。
その変化を噛みしめながら、玄心の瞳には抑えきれない高揚が宿っていた。
妖魔寿命は、ほとんど使い切った。
だが今の自分には、二つの剣技が『帰一』に至っている。
そして、確信に近い予感が、胸の奥で静かに脈打つ。
(もし、三つすべての剣技を『帰一』へ到達させたなら)
(そこで生まれる“神技”は、きっと、想像を超えるものになる……)




