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第14話 誤解されてしまった

 その時、茶屋の内も外も、まるで時が止まったかのような静寂に包まれていた。

 誰もが言葉を失い、地面に横たわる――真っ二つに断たれた種魔の死骸を、呆然と見つめている。


「種魔が……倒された……?」


 田中団吉は口を半開きにしたまま、ふらふらと茶屋の窓辺へ歩み寄り、震える声でそう呟いた。


 除妖回と滅魔回が力を合わせても歯が立たなかったほどの種魔が、

 自分が“剣の腕は平凡”だと思っていた友人によって、たった一太刀で斬り伏せられたのだ。


 一こんなこと、伝説や昔話の中でしか起こらないはずじゃないのか?


 野村将や角川の攻撃であれば、まだ理解の範疇に収まる。

 だが、宗鏡玄心が放ったあの一撃――

 五、六歩は離れた距離から放たれた斬撃が、種魔を両断した光景は、もはや想像の域を超えていた。


 理解不能。

 一本当に、人間が放てる攻撃なのか?


「剣勢を外へ放ち、十歩先の敵を斬る……」


 角川はゆっくりと立ち上がり、死骸の切断面――鏡のように滑らかな断面を見つめながら、呟く。


「聞いたことがある。

『一神武杰』が扱う“神技”は、自然の理すら書き換える力を持つ、と……

 まさか、この除妖回の同心は、すでに一つの剣道流派を極め、“一神武杰”の域に達しているのか……?」


 一方、少し離れた場所で重傷を負い倒れている野村将は、歪んだ表情のまま、目の前の現実を受け入れられずにいた。


 昨日、賀力から復讐を頼まれた時、正直、大して気にも留めていなかった。

 学もなく、後ろ盾もない同心など、自分の手の中でどうとでもなる存在だと思っていたのだ。


 一だが今は違う。


 胸の奥から、はっきりとした恐怖が湧き上がってくる。


 暴食系の強力な種魔を、ほとんど造作もなく両断する力。

 あれは決して、短期間で身につくような武ではない。


 常人離れした才能と、長年の苛烈な鍛錬。

 それらを積み重ね、“一神武杰”に至った者だけが持つ力だ。


 さらに思い出されるのは、宗鏡玄心が除妖回の中で見せてきた、あまりにも控えめな立ち振る舞い。


 一ここまで力を隠し続けて、いったい何を企んでいる?


 そう考えた瞬間、玄心の視線がこちらを向いた。

 野村将は反射的に目を閉じ、そのまま気絶したふりを続ける。


 もっとも、玄心の注意は、彼には向いていなかった。


 彼の視界には、静かに文字情報が浮かび上がっている。


【種魔(暴食系)撃破 ×1】

【妖魔寿命 30年抽出】

【現在の可支配妖魔寿命:45年】

【返済必要妖魔寿命:50年】

【残り返済期間:28日】


 一可支配妖魔寿命は45年。

 あと5年で、これまでの“借り”はすべて返し終える。


 だが今回、その全てを剣技の強化に回すつもりだった。


 この世界の妖魔は、そう多くはないと思っていた。

 それが、わずか二日で、鼠妖を遥かに上回る種魔と遭遇するとは。


 先ほどの一太刀は、傍目には軽々とした一撃に見えただろう。

 だが実際には、玄心は持てる力のすべてを注ぎ込んでいた。


 もし、あれが何度も進化を重ねた種魔だったなら一

 あの斬撃で仕留め切ることは、まず不可能だったはずだ。


 ましてや、暴食系が持つ異常な肉体修復能力を考えれば、

 自分が生き残れた保証すらない。


「……一刻も早く、“一神武杰”に至らなければ」


 現代から来た転生者である玄心は、自分に剣の才能がないことを、誰よりも理解していた。

 一太刀一太刀の鍛錬だけで、境地に至る一そんな都合のいい話は存在しない。


 妖魔が跋扈するこの世界は、彼に安穏な時間など与えてはくれない。

 山野の鼠妖、人に紛れる種魔、そして、まだ見ぬ無数の妖魔。


 一だからこそ、力が必要だ。

 自分と、大切な人を守るために。


「……強化は、家に戻ってからだな」


 その頃、茶屋の中にいた町民たちは、ようやく最初の衝撃から立ち直り、次々と店の外へ出てきた。

 先ほどまで遠くで様子をうかがっていた者たちも集まってきて、二つに断たれた種魔の死骸を囲み、指をさしながら驚きの声を上げている。


 だが誰もが、無意識のうちに傍らに立つ玄心へと視線を向けていた。

 その瞳に浮かんでいるのは、紛れもない畏敬の色だった。


「えっ……? あの巨大な妖魔を倒したのは、あの人なのか?」

「何を言ってるんだ! 相手は除妖回の武士様だぞ。礼儀も忘れたのか?」

「す、すみません……でも……あまりにもお若くて……」

「それだけ才能があるってことだろ。剣道は年齢で強さが決まるわけじゃないさ」

「そうだよ。さっき何人も妖魔にやられてただろ? ほら、赤い服の人とか、道の真ん中で倒れてる人とか……」

「剣の腕が立つ若い武士様かぁ……あの……結婚はしてるのかしら?」

「武士様は剣一筋に生きる方よ。あんたの嫁に行けない娘は、他を当たりなさい」

「てめぇ……もう一度言ってみろ!」


 そんなやり取りを耳にしながら、玄心は思わず感慨深げに息を吐いた。

 妖魔が存在する世界では、一般の町民でさえ、精神的な耐性がかなり鍛えられているらしい。

 血と死体が転がる街道を前にしても、冗談を言い合う余裕があるのだから。


 現代では滅多に目にしない流血や死が、この世界では日常の一部なのだろう。


「お兄ちゃん!!」


 叫び声と同時に、背後から腰に強い力が回された。


「おっと、なんだ。俺の可愛い妹じゃないか」


 玄心は振り返り、抱きついてきた暖心をそのまま抱き上げた。


「どうだ? 兄ちゃん、すごかっただろ?」

「ふんっ……まあまあ、かな」


 頬にはまだ涙の跡が残っているが、暖心は意地を張るように顔をそむける。


 そこへ田中団吉が駆け寄ってきた。

 丸い顔を真っ赤にし、興奮した様子で声を上げる。


「玄心くん! 本当にありがとう! まさか君の剣が、ここまでとは思わなかったよ!」

「い、いえ……最近、少し突破できただけで。今回倒せたのも、滅魔回や野村与力たちが先に体力を削ってくれて一」

「いいから謙遜するな」


 壁に手をつきながら、角川がゆっくりと立ち上がった。

 術法の過剰使用による眩暈はまだ残っているが、歩くことはできるようだ。


「名前は何だ? 除妖回に“一神武傑”が誕生したなんて、聞いたことがないが」

「い、一神武傑!? 玄心くん……き、君が……?」


 団吉は思わず身を震わせた。

 剣技が高いとは思っていたが、まさかその境地に達しているとは想像もしていなかった。


「宗鏡玄心です。でも一つ誤解があります。俺は“一神武傑”ではありません」

「ははは。その言葉、素人相手なら通じるがな。まあ、言いたくないなら深くは聞かない。誰にだって秘密はある」

「本当のことなんですが……」

「もういい。俺は角川不持だ。今日の恩は、必ず返す」


 角川は手を振って玄心の言葉を遮ると、意味深な言葉だけを残し、そのまま背を向けて立ち去っていった。


「おい、仲間の遺体は放っておくのか?」


 玄心が背中に向かって声をかける。


「心配するな。すぐに処理する者が来る。それより、俺にはやるべきことがある……」


「角川……不持……どこかで聞いたことがあるような……」


 団吉が顎に手を当て、考え込む。


「有名な人なんですか?」

「ああ。滅魔回の人間が戦死するたびに、彼は自腹で遺族に多額の金を渡すらしい。そのおかげで、滅魔回ではかなり人望がある」

「自腹で、か……面白い人だな……」

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