表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/14

第13話 刀、種魔を斬る

「なに……!?」


 野村将は目を見開き、信じられない思いで太刀を見つめた。

 鉄すら断つはずのその刃が、今は、肉すら斬れなくなっている。


 いや、違う。


 斬れないのではない。

 種魔が筋肉を極限まで引き締め、刃を生きたまま、挟み込んでいるのだ。


 それに気づいた瞬間、長年の戦闘経験が野村将に即座の判断を促した。

 それ以上踏み込まず、逆に力を込めて太刀を引き抜く。


 よろめきながら数歩後退し、再び顔を上げたその時、自分が刻んだはずの斬痕が、

 すでに跡形もなく消えているのを目の当たりにした。


「滅魔回の坊主ども、聞け!!

 この種魔は肉体損傷を回復する能力を持っている!俺たちの攻撃は、ほとんど効いていない!」


 野村将は目の前の種魔から視線を逸らさぬまま、反対側にいる角川たちへ向かって怒鳴った。


「効いていないんじゃない。まだ、相手の耐久限界を超えていないだけだ」


 角川は荒い息を吐き、額から汗を滴らせながら答える。

 先ほどの術法の連続行使が、彼らにとっても相当な消耗だったことは明らかだった。


「……つまり、俺の斬撃が足りないと言いたいのか?」


 野村将は顔を曇らせ、不快そうに問い返す。


「野村与力様、そう解釈していただいても構いませんよ~」


 角川は鼻で笑った。

 以前から器の小さい男だと聞いていたが、今日会ってみて、その評判に偽りはなかった。


 だが、その感想はすぐに頭から追い出し、彼は早口で続ける。


「魔気には七つの系統がある。暴食、憤怒、傲慢、嫉妬、怠惰、強欲、色欲。

 どの魔気に侵されたかで、人が変じた種魔の能力も異なる」

「俺の推測が正しければ――こいつは『暴食』の魔気に侵されている。肉体損傷を修復する能力を得た種魔だ」


「くそっ……!よりにもよって、最も厄介な種魔か!」


 野村将は歯噛みしながら叫ぶ。

 その名を聞いた瞬間、彼の脳裏にも該当する情報が蘇っていた。


「じゃあ、どうすればいい?!このまま死ねっていうのか!」

「方法は二つ。一つ目は『一神武傑』が出張り、回復能力を上回る戦技で、一撃必殺すること」

「冗談言うな!今、島源藩にいる一神武傑は老中様ただ一人!まだ帰城していない以上、望みはない!……二つ目を言え!」

「……なら、残るは一つ。絶え間ない攻撃で回復能力を削り続け、最終的に“疲弊させて”倒すしかない」

「……連続攻撃、か……」


 野村将は歯を食いしばり、次の瞬間、怒号を上げて踏み込んだ。


 だが、太刀を振るうよりも早く。

 鈍重に見えた種魔が、先に拳を繰り出していた。


 不意を突かれた野村将は、とっさに身体を捻ることしかできず次の瞬間、恐るべき怪力に叩き上げられ、身体は宙に浮き、切れた凧のように吹き飛ぶ。


 ドンッ!!


 茶屋の土壁に激突。

 土と瓦が崩れ落ち、口からは血が噴き出した。

 太刀は、十数メートル先へと弾き飛ばされる。


「兄貴!!」


 つい先ほどまで得意げだった野村賀力は、倒れ伏す兄の姿に、驚愕と怒りを滲ませて叫んだ。

 だが、叫び終える前に。

 身体は種魔の巨大な手に軽々と掴み上げられ、そのまま口元へと運ばれていく。


「や……やめ……!」


 空中で腕を上げた、その瞬間、巨口が閉じた。


 バキッ。


 乾いた音とともに血が飛び散り、野村賀力の上半身は、一瞬でその口の中へと消え失せた。


 次の瞬間、種魔の皮膚が不気味に蠕動し始める。

 数回の呼吸の後、白かった肌は黒灰色へと変わり、まるで犀の皮膚のように、粗く、しかし圧倒的に硬質なものへと変質した。


「……賀……力……ぁぁぁぁ!!」


 地に伏す弟の亡骸を見つめ、野村将は悲痛な叫びを上げる。

 ふらつきながら立ち上がり、腰の脇差を引き抜くと、狂気に駆られたように種魔へ突進した。


「行くな!!」


 遠くの角川が叫ぶ。

 だが、理性を失った野村将の耳には届かない。


 種魔は振り返ることすらせず、ただ、鬱陶しい虫を払うかのように、背後へ腕を振った。


 野村将は再び吹き飛ばされ、地面を何度も転がった末、ようやく止まる。

 起き上がろうとした、その時彼は、自分の両腕が、すでに折れていることに気づいた。


「……くそっ!」


 角川は顔色を変えた。

 野村将という牽制役を失った今、次に標的にされるのは、自分たち四人だ。


 案の定、種魔の視線が、彼らへと向けられる。

 地面を蹴り、猛然と突進してきた。


「止めろ!!」


 角川の怒声に、残る三人の滅魔回武士は互いに視線を交わす。

 過度な術法使用による眩暈を必死に抑えながら、両手で再び高速の印を結ぶ。


 数秒後。

 再び、火球と氷錐の群れが召喚され、唸りを上げて種魔へと殺到した。


 ドン! ドン! ドン!


 爆音が、再び通りを揺らす。


 だが、煙が晴れたその先で。

 進化した種魔の身体には、焦げ跡と砕けた氷が残るのみ。

 皮膚一枚、破ることすらできていなかった。


 種魔は持ち上げていた両腕を下ろし、猩紅の眼を剥き出しにしたまま、角川たちへと突進した。


 一人の滅魔回武士は避けきれず、巨大な掌に叩き飛ばされる。

 残る二人は鉄鎖を投げ、その腕を拘束しようとしたが。

 しかし、彼の力があまりにも小さかったため、彼は悪魔によって地面に投げ飛ばされました

 肉と血が弾け、二つの肉塊が路上に広がる。


 瞬く間に、広々とした通りに立っているのは、顔面蒼白の角川ただ一人となった。

 彼は茶屋の壁にもたれ、必死に印を結び続ける。

 だが、どれほど集中しようとも、術式は一つとして発動しなかった。


 種魔は低く唸り声を上げ、涎を垂らしながら、最後の一歩を踏み出す。

 巨大な影が、完全に角川を覆い尽くした。


 茶屋の中では、生き残った町民たちが、もはや先ほどの高揚など欠片もなく、隅に身を寄せ合い、口を押さえて震えていた。

 窓の外を見つめるその瞳には、ただ底知れぬ恐怖だけが映っている。


 絶望が、冷たい潮のように空気を満たしていく……。


 その時、種魔が巨大な手を振り上げ、角川へと叩きつけようとした、まさにその瞬間。


 茶屋の入口から、一つの影が、静かに歩み出た。


 タッ、タッ、タッ。


 足音が、

 死のように静まり返った空間に、はっきりと響き渡る。


 角川は、弾かれたように振り返った。


 夕暮れの中、黒い除妖回の制服の裾が、風に揺れている。

 抜き身の打刀が、冷たい光を放っていた。


「……っ!?」


 そこに立っていたのは先ほど茶屋で見かけた、あの除妖回同心ではないか。

 あれほどの実力を持つ野村将ですら、為す術なく叩き伏せられた相手だ。

 今さら出てきて、何をするつもりだ?

 町民を守る?それとも、時間稼ぎか?

 どちらにせよ、これは自殺行為に他ならない。


「正気か!?早く、ここから離れろ!!」


 角川は声を抑え、そう叫びながらも、視線は再び種魔へと戻していた。


「お兄……っ……!」


 茶屋の中で、宗鏡暖心が息を呑む。

 だが、叫びかけた口を、団吉が慌てて塞いだ。


 団吉自身も、呆然と立ち尽くしていた。

 ついさっきまで、暖心を頼むと言って戻ったばかりの玄心が、まさか再び外へ出てくるとは。

(今がどんな状況か、分かってるのか……! 英雄気取りも大概にしろ! あの化け物の強さを、見てなかったのか!?)


 遠くで重傷を負い倒れている野村将も、この光景を見て、鼻で笑った。

(愚か者め。)

 以前から狂った男だとは思っていたが、ここまでとはな。


 それぞれが、異なる思惑を胸に抱く中、

 宗鏡玄心は静かに微笑んだ。

 そして、淡々と、そう言い放つ。


「……ほう?」


「この程度の妖魔に、

 なぜ俺が、その鋒を避けねばならない?」


 玄心はゆっくりと、手にした打刀を持ち上げた。

 まるで、風の衣をそっと払いのけるかのように。

 刃先が立ち上がるにつれ、細身の刀身には肉眼でもはっきりと分かる旋風が、幾重にも纏わりつく。


 次の瞬間。


 一閃。


 剣技――!


 逆巻(さかまき)!!


 金属の冷光を帯びた気刃が、刀身から一直線に放たれた。

 地面に三指幅の斬痕を刻みながら、そのまま正面の種魔を貫く。


 ブン。


 シュッ。


 気刃は、一瞬の閃光を残し、消え失せた。


 種魔の、小山のような巨体に細く、長い血線が、ゆっくりと浮かび上がる。


 三回の呼吸の後、血線を境に、巨体は轟音とともに、上下二つに分かれた。

 切断面は、まるで磨き上げた鏡のように、あまりにも滑らかだった。


 静寂。

 街は完全な沈黙に包まれる。

 誰一人、言葉を失い、その場から動けずにいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ