嫉妬する俺と嫉妬しない彼の完璧な人生のランデブー
俺は人から嫉妬されやすい。
容姿に優れて、器用になんでもこなせるからで、そのくせ謙遜したり、媚びたり、自虐したり、空気を読まないから。
おかげで「人を見下しやがって!」とよく吠えられるが、俺からいわせれば「生まれてきたのが罪だとばかり、俺を責める暇があれば、自分を磨けばいいものを、それを惜しんで人を下げて自分を上げることに勤しむやつは見下されてもしかたないだろ」だ。
嫉妬してくる人間をそうして軽蔑していたとはいえ、一方的にストレス発散の道具にされるのが忌々しくなり、芸能界へ。
どうせ嫉妬されるなら、嫉妬されるほどの能力を使って稼いでやろうと。
俺が活躍しつづければ、嫉妬するのにかこつけて憂さ晴らしをする連中に逆にストレスを与えられるだろうし。
案の定、芸能界にはいると、前より妬まれネットで叩かれるようになったが、活動自体は順調順調。
コミュ力の高い俺は、お偉いさんに取りいるのが巧みだったし、現場の人間関係を良好に保てたし、どんどんコネをつくって利用することができたし。
「嫉妬されるのも仕事、嫉妬されてこその金儲け」と割りきってしまえば、厄介な輩がからんでてきても大人の対応をして、お茶のこさいさい。
「今の子にしては礼儀がなっているじゃないか」「彼がいると士気があがるし、調子よく撮影ができるなあ」「トラブルがあっても、穏便に場をおさめてくれる」と評判は上々で、絶えずに仕事が舞いこんできた。
デビューして一年はとにかく依頼された仕事を選り好みせずにこなしていき、二年目には自分の望みでドラマ出演に挑戦。
もともとオールラウンドに能力が発揮できるうえ、事務所で演技指導を一年、きっちり受けたことで問題なく仕事できたが、芸能界にはいって初めて、目の上のたんこぶ的な存在と出会ってしまった。
ドラマの準主役で、俺と同い年の一七才、俳優の大鳥だ。
ふだんは幽霊のような存在感で、寡黙で陰気、芸能人らしい華やオーラは皆無。
が、一旦、カメラが回ると、言動、所作のひとつひとつに文句のつけようがない説得力を持たせて、目立つことをしたり、奇抜なことをしたりせずとも、ぼそりと呟いただけで瞬きするのが惜しくなるほど人を見惚れさせる。
それでいて、あまり嫉妬されない。
俳優になるために生まれてきたといって過言でないような才能を持ち、その比重がかたむきすぎているせいで社会性に欠けているというか。
「演技の仕事ができなかったら、引きこもりになるだろうな」と思わせるほどの社会不適合者だから、あまり嫉妬されないのかもしれない。
そのことを長年、嫉妬されつづけてきた俺は「ずるい」と思ってしまう。
このときはじめて俺は、俺に嫉妬する人の思いが分かった。
大鳥は直接的に俺に害をなしていないというのに「お前にはないコミュ力で、まわりを誘導して孤立させたり、苛めさせてやろうか・・」とたびたび魔が差しかけるのだ。
踏みとどまれたのは「嫉妬する糞野郎と同じになりたくない!」と自分をこれでもかと叱咤したから。
また「嫉妬する暇があれば、自分を磨け」とかつて放った自分の言葉が、深く胸に突き刺さったから。
なんとか自分を宥めつつ、嫉妬心は燃えあがるばかりだったに、大鳥とは距離を置き、空いた時間をすべて演技指導に当てて、彼について調べてみた。
両親が貧乏劇団の主催であり且つ売れない俳優で、物心ついたころから、指導を受け、舞台に立っていたのは有名なところ。
事前に知っていたが、大鳥はもう十四、五年のキャリアがあるわけで、対して俺は演技指導一年しか受けていない、俳優デビューしたてほやほや、ということをあらためて認識。
冷静に考えると「そりゃ敵わなくて当たり前だろ」と思えるものの、嫉妬はそんな当たり前のことも分からなくさせるらしい。
キャリアからして圧倒的に差があるうえ、大鳥はその実力に胡座をかかないで、どこまでもストイックに演技の、あってないような答えを探求する。
できるだけ嫉妬をぬきに観察をはじめて気づいたのだが、撮影が終了したあと、スタジオのセットで大鳥はよく一人で居残り練習を。
たった一言、たった一言を百通りくらいのバリエーションで呟いて、それでも納得してなさそうに顔を歪め、がりがり頭をかいているのを、ドアの隙間から盗み見たときはぞっとしたもので。
なんてことはない、相手の優越的な部分以外の一面を知れば、嫉妬するのがおこがましいことが、いやというほど思い知らされた。
といって嫉妬は消えなかったが、大鳥を避けるのをやめて、仕事仲間として適度に接するように。
まあ、俳優オタクのような大鳥が、ほぼ素人の俺なんか眼中にないだろうから関係性が変わることはなかった、こともなかった。
機材トラブルになって撮影が中断され、監督にすこし演技について相談してから、喉が乾いていたので休憩所へ。
ドアを開けたとたん「大鳥ってさー障害者なんじゃねー?」と耳にとびこんできた。
「挨拶とか返事とかするし、必要最低限には話すけど、雑談とか、まったくしないし、カメラが回ってないと、まともに目もあわせないじゃん?
人間不信ぶりがひどすぎて、どう扱っていいか困るっつーか、なに考えてるか分からなくて不気味つーか。
社会では確実にやっていけないだろうけど、この業界でも生きのこるの難しいんじゃねー?」
「いくら演技がうまくてもさー。なあ、黒田?」と急に話をふられて、頭に血がのぼったものの「落ちつけ」と自戒。
相手は大手事務所の先輩のうえ、ドラマ撮影が中盤という大切な時期となれば、短気を起こして揉めるのは得策でない。
尋ねてきた先輩も、向かいに座る先輩もにやにやしていて「醜い嫉妬を俺に共有させんな、糞が!」と憎らしく思いつつ「そうですね」と笑いかえし、でも、それ以上、口を利きたくなく「あー喉乾いたー」と冷蔵庫へと。
同意を得たことで満足したのか、先輩たちは大鳥の陰口大会を再開し、とても聞いていられず、ペットボトルをとったら、すぐに退室しようと。
が、冷蔵庫を開けたところで、はっとしてふりむいた。
視界にはいったのはソファのうしろに縮こまって三角座りをする大鳥。
大鳥はこうして猫のように暗く狭いところに居がち。
しばらく出番がなかったから、ソファのうしろでうたた寝していたのか、起きたときにはすでに先輩たちが居座っていて、でづらくなったのだろう。
自分の悪口を耳にすれば、なおのこと。
顔を青白くしてかすかに震え、俺に気づいたなら途方にくれた表情を。
先輩に好き放題、陰口を叩かれて傷つき、悲しんでいるというより、自分が居ることがばれたとき、地獄のように気まずい空気になるのを恐れているのだと思う。
「まあ、そりゃ俺も耐えがたいわ・・」と不憫がる間もなく「それでさー」と話ながら先輩がこちらに歩いてきた。
顔を強ばらせて硬直した大鳥を見て、俺はとっさに冷蔵庫の取っ手を持ち「なに飲むんですか?」と聞く。
「おー、お前は大鳥とちがって気が利くなー、じゃあジンジャーエール」と余計なことを口にしつつ、席に座り直す先輩。
そそくさとジンジャーエールを持っていき、冷蔵庫に背を向けたまま先輩の談笑に混じり、大鳥から話題を変換。
十分くらい話して「撮影再開しまーす」とスタッフが呼びにきたのに、先輩を先に行かせて、すこし間を置いて退室。
大鳥が隠れていることを先輩に知られずに済んでミッションコンプリート。
自分も気まずいのを回避したかったから、すこし気を回しただけであって、べつに恩を売ったつもりはなく、感謝されなくても気にしなかったが、あきらかに、これをきっかけに大鳥の態度に変化が。
撮影中、ほとんど俺のそばにいて、めったに自分から人に声をかけないのが、分からないことがあると聞くように。
撮影の段取りなどに疑問点があっても質問せず、いざ本番でまごついてしまうということが、今までままあったのだ。
演技はぴかいちでもコミュ障のせいで、撮影をストップさせることが多かったのが、なにかと俺を通して確認するようになってミスがなくなった。
直接、監督やスタッフに聞けないあたりは、まあ、ご愛敬。
げんきんなもので嫉妬していた相手に頼られると「もう!俺が居ないと、だめなんだから!」と浮かれて、まわりから「大鳥の通訳」と揶揄されても気にならなかった。
ほんとうは、自分たちがまわりにどう見られているのか、多少、気にしたほうがよかったのだが。
その日はスポンサーのお偉いさんが現場に来訪。
俺たち俳優は横一列に並ばされて、好き勝手放言するお偉いさんのお相手を。
現場にほとんど顔をださないくせに、知ったかぶりで口をだしてくる連中は正直、鼻持ちならないとはいえ、営業モードに切り替え、愛想よく対応。
俺の背中に隠れるように立つ大鳥をターゲットにさせないためにも、サービス精神旺盛に相手にしてやったというのに「きみ、噂を聞いているよ」と奇襲をされてしまい。
口を挟む間もなく「現場では黒田くんの金魚の糞になっているんだって?」とにやにやと指摘され、俺は息を飲んだ。
「きみさーいくら演技がうまいくても、偉い人やスタッフに気にいられるだけの愛嬌やコミュニケーション能力、自分を売りこむ営業力がなけりゃあ、この世界じゃあ生きていけないんだよ?
今はまだ若いから、ちやほやされているのだろうけど、そのうち扱いにくいからって、だれもいっしょに仕事したがらなくなるぞー。
すこしは黒田くんを見習ったらどうだ?
演技がうまくなくても、空気を呼んで盛りあげたり配慮したり、まわりの顔色を窺って揉み手をしたり太鼓持ちができれば、現場では重宝されて、また呼ばれることになる」
「黒田くんに頼るばかりじゃなく、爪の垢を煎じてがぶがぶ飲みなさよ!」と高笑いするのに、思わず胸ぐらをつかみそうになったのを、すかさず大鳥が腕をつかんだ。
そして「そうですね」とらしくもなく、追従するような笑みを。
その態度がお気に召したのか「まあきみも、がんばりたまえ!」となぜか俺の肩を叩き、お偉いさんはご退場。
まわりが俺らを気にしつつ、仕事にもどるなか、大鳥に腕をつかまれたまま、なかなか動けず。
口を開こうとして唇を噛み、大鳥の手を引き剥がしてから腕をつかんでスタジオ外へ。
乱雑に機材が置かれた小部屋につれこんだなら、壁ドンをして「俺は、お前にとってそんなにどうでもいい存在なのか!?」と秘めていた嫉妬を全開に発露。
「俺ができないことを、やれるお前に、俺はこはれほど嫉妬しているのに!
お前は、お前ができないことを、やれる俺に嫉妬しないのか!」
「嫉妬するほどの価値はないのか!?」と怒鳴りつけつつ、涙声が混じっているし、目が潤んでいるから迫力に欠けるのだろう。
人間不信の大鳥は、威圧的な相手にはひどく怯えるのが、今はきょとんとした顔。
さらに怒りや悲しみがこみあげ、こみあげすぎて喉がつまったように声がでず。
目に涙をためて唇を噛んで呻く俺はさぞ不格好だろうに、大鳥は無垢な顔つきのまま、ぼそぼそと話しだす。
「そりゃあ、陽キャラでリア充で、まわりから慕われて頼られて愛されている太陽のような黒田くんを見ていると、自分が情けなくて反省してしまうよ。
でも、この世に黒田くんのような人がいてよかったなとも思う」
前半は内向的な大鳥らしい発言だが、後半は意外な一言。
基本、建前と本音を使い分けられない不器用な大鳥が、媚びているとは思えず、眉をしかめて首をひねると「だって」とつづけた。
「この世に俺みたいな人間ばっかりじゃ、立ちゆかなくなるだろうし、俺も困るから」
つい想像してしまった。
もし、この現場で俺みたいな人間しかいなかったらと。
そう考えると、忌々しい先輩も、鬱陶しいお偉いさんもいたほうがいいように思えて「たしかに」と笑うと「でしょ?」と大鳥もはじめて演技でも含みもない、屈託ない笑みをこぼしたもので。
というわけで俺は大鳥のマネージャーになった。
あの、お偉いさんのいうことも一理あり「だったら、俺がこの高いコミュ力ですべて補って、大鳥には演技だけさせて、のしあがらせてやる!」とむしろ決意してのこと。
ドラマ撮影がクランクアップしたあと大鳥に申しでると、手放しによろこんで了承。
まあ、引退を惜しまれないことに、すこし思うところがあったとはいえ、お世辞で「もったいないよ」なんて無責任な発言をしないのが大鳥のいいところでもある。
で、今は俺の腰にしがみついている大鳥を引きずっている最中。
「ちゃんとフォローするから、もっと出資してもらうためにも最低限、媚を売れ!」と汗だくになって叫ぶのに「やだー!あの人、口が臭くて鼻がもげるって!そしたら俳優引退だって!」と駄々をこねる大鳥は、昔からは考えられないほど、自己主張が激しいわがままだ。
気を許した相手には、とことん懐くし、とことん甘えるし、とことん頼って、いやなことを押しつけて逃げようとするから、困ったものだが、嫉妬する連中を煽るために芸能活動をしていたころより、俺はずっとずっと幸せだ。




