価値
『初めに言っておくけど、君を気絶させたのは私だ。すまない』
「...そうか――まあ大方理由は静止だろ?なら良い」
そう言う柴田の姿には覇気が無く、年相応に弱々しい。
『疲れてるのかい?寝たら魔力は回復すると聞いたが』
「...心が疲れたよ」
小声で言うつもりが無かった言葉が自然に流れる。
どうやら、想像以上に目の前で人が自殺したのが堪えたらしい。
人の死を――理解してしまったらしい。
『...すまない。私が行ってれば』
「良いよ別に、多分だけど...お前も"コッチ側"だろ?」
表情が変わる。一瞬の思案の後に答えた。
『ああ――私も人が死んだ後に純粋には喜べないね』
「なら良い。戦うのが俺で良かったよ」
『....すまない』
溜め息を吐く、色々諦めた表情だ。
「気を取り直すが、あの後どうなった?」
『...特には、君起きるの早かったからね...あーーいや、収穫はあったよ?』
「何?」
『彼は星の智慧派の構成員である事、恐らく異世界人である事...と言っても推察はついてたみたいだね』
「...まあ大方...で?あの王女様?は?」
『あっちだけど...』
何だあれ...祈ってる?じゃなくて...
「違う。聞きたいのは彼女の身の上の話だ」
『……ああ!そっち?』
微妙な顔で視線を逸らす。
『彼女――いや、アイリス様は、隣国の王家の血を引くお方だ』
「対応、完全にミスったな」
ついカッとなってしまったが、あれはどう考えてもアウトだ。
『ああ、安心したまえ。そこはノアがうまく取り繕ってくれたそうだ』
少しだけ、柴田の口角が上がる。
「なら一旦良いか...んじゃあ、星の智慧派の構成員ってのは?」
『これは近衛からの又聞きなんだが、名乗りが“星の智慧派”だったらしい。誰も知らない組織でね――君には、何か心当たりでもあるのかい?』
「あるにはある...が、協力者?ってのが聖都にいるんだろ?なら全員居る時に共有する...他には?」
『無いけど...良いのかい?』
「...何がだ?」
えらく畏まった態度だ。新倉の瞳が揺らいでいる。
『もっと私...いや私達に言う事が...』
「ねぇよ...つうか気にすんなって言ってんだろが...まあ気にしてくれんだったら...ちょっと一人にしてくれ」
『...かまわないよ』
「十速」
瞬間移動のように、新倉の視界から柴田が消えた。
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森の奥深くを流れるその川は、現実と幻想の境目にあるかのようだった。水面は淡く青白い光をたたえ、流れに合わせて星屑のような輝きが揺れている。岸辺には銀色の草が風にそよぎ、葉先から落ちる雫が、触れた瞬間に小さな光となって消えていく。耳を澄ませば、水音に混じって低く優しい旋律が聞こえ、この川そのものが長い時を生きる存在である事を語りかけてくる。
先程までの喧騒が嘘のようだ。
「...何やってんだろな」
人を殺した事...それ自体はちゃんと苦しんでる。だが同時に...感じる。
戦いに勝った高揚感、獣性を。読みを通した気持ちよさを...自身が傷つけられた苛立ちを...罪悪感を。
俺は殺すのが好きなのか?それとも戦うのが好きなのか?この体の持ち主やマハトを殺して...気持ち悪いと思ったのは...一体どんな感情なんだ?
人を殺したから?その人の全てを踏み躙ったから?それとも...ただ罪悪感を感じただけ?
"普通"ならもっと...取り乱したりする筈なんだ...だって人を殺したんだぞ?
――待て
普通って何だ?
普通って...誰の普通だ?どの世界の普通なんだ?
分からない...何も...知らない...記憶も無い...体も無い...俺はこのまま...死にたくないって思いだけで...また...殺すのか?
俺は本当に...柴田恵都なのか?
『そりゃ、お嬢が憑依型だからだろうな...多分倫理観や死生観が混ざって自分でも訳分かんないだろ?』
「...一人にしてくれって言ったよな?」
気づけば、ノアが後ろに立っていた。
『何か思い悩んでそうだからな...様子見に来たって訳よ。かうんせりんぐって奴?』
「...」
目線を無視して、横に座る。
『まず俺ちゃんが言いたいのは、お嬢は良い奴って事と、考えすぎって事だ。前者は絶対お嬢が否定しそうだから、先に後者から言うぜ?』
「...ああ」
少し視線を下げて、ノアが語る。
『お嬢ってさ、相手を人間って考えてんだろ?そりゃ殺し合いの心構えとしちゃ最悪だ。そんな考えじゃすぐ死ぬ...』
やっぱり、俺は
『けど....同時に、お嬢は優しいって事だろ?だって常に、お嬢は相手の事、周りの事を思って...ほぼ初対面の人の為に、やりたくない人殺しをやってきた...違うか?』
『...』
「はぁ〜お嬢はお人好しすぎんだよ、戦うのに向かなすぎる」
その声色からは憐憫の気持ちが伝わる。可哀想、哀れ...詳しくは知らないが、この見た目も相まって、今の俺は酷く哀れ見えるのかもしれない。
『だが、悪いがこのままじゃ"駄目"だ。少なくとも、死にたくないならな...お嬢は死にたくないんだろ?』
心を読まれているという感覚は、ここまで不快になるものなのか。まるで、反論の余地を徹底的に無くして、自分の意見を押し通すような話し方...と、無意識的に彼女は感じていたのだろう。
ノアの眼が、彼女ですら分からない深層心理を読みっとっていなければ、こんな言葉は出てこない。
その僅かな違和感が、ノアの眼ですら読み取れない彼女の内のナニカを...刺激していた。
「ああ...お人好しも善人なんて言われるのはイラつくが...死にたくない。それが今の俺の"原動力"だ」
『だろうな。うっし、ならこっからは魔法使いとして話すぜ?』
サングラスを付け直す。
『お嬢、人間の辞め方って知ってるか?』




