聖女として逃亡した元公爵令嬢の、少しだけ予定外の後日談
『婚約破棄された令嬢は、聖女として逃亡する』(https://ncode.syosetu.com/n2251kj/)の続編、というか後日談です。
「……どうして、こんなことになったのかしら」
『神王国』ノーヴァの大聖堂の奥。
『聖女』『聖者』しか入れないという部屋の中、元公爵令嬢・シルヴィアは呟いた。
「その『こんなこと』は、アンタにくっついて離れない聖女のこと? それとも、俺と婚約関係になったこと?」
こちらは頭痛をこらえているというのに、なんだか楽しげに訊いてくる神王国の王子、アルカ・ノーヴァに、今はただの平民――のはずだったシルヴィアは溜息を吐く。
「その両方ですわ。私の人生設計は、『只人として悠々自適に暮らす』でしたのに……聖女と聖者にこんなに関わることになるなんて」
「いや、それはアンタが聖女な時点で無理があっただろ。いくらこの国では『聖女』『聖者』自身の意向が優先されるって言ってもさぁ」
「そこをなんとかしてくれると期待して移住しましたのに……」
女尊男卑クソ王国だった生国はともかく、神の実存をよく知っているノーヴァ神王国ならば下手なことにはならないと思っていたシルヴィアは、当てが外れた気分だった。
「神王国だって一枚岩じゃないからなー。アンタが自分の有用性とか見せつけちゃったりしたら、そりゃもうちょっと強固に囲い込んどくかっとかってなるって」
「体のいい楔にされた貴方としてはどうなんですの? ちょっとは抵抗なさいな」
「無茶言うなよ。俺は国がつくる『聖者』なんだから、逆らえるはずないって」
この世界には、この世界を創り上げ、今なお見守る神がいる。
世界の真理の一端に触れるなど、何か神の目に止まるようなことをすると、神に眼差された人間として『聖女』『聖者』となり、神の加護を受けることになる。
それを恣意的におこなうことで代々の『聖者』をつくりあげてきた――神王国のそんな秘密をなんとなく流れで知ることになってしまったシルヴィアは、「前世でアルカが相手役の話まで刊行されていて読んでいたら、もっとうまく立ち回ったのに」と歯噛みする。
そう、シルヴィアは前世の記憶があり、なおかつその前世の記憶の中では、この世界のことは物語で語られていたのだった。
シルヴィアの記憶では、アルカを相手役として展開される物語は、刊行予定を目にしただけで、読んではいなかった。ゆえに、なんかうっかりアルカ・ノーヴァの相手役だと思われる聖女に懐かれたり、彼女が得るはずだっただろう立場――アルカの婚約者という立ち位置を得てしまったりしたのだ。
生国で繰り広げられた『物語』に関しては、前世の記憶を使ってうまく立ち回れただけに、痛恨だった。
シルヴィアは、自分の肩に寄りかかって、すやすやむにゃむにゃと夢の世界に旅立っている聖女――リリカを見る。
(絶対に、リリカさんがアルカさんの相手役だったはずですのに……)
間近で恋愛小説あるあるを見せられたシルヴィアとしては、なぜ自分がアルカと婚約なんてすることになったのか、納得がいかない。――間近で見ているということは、自動的に自分も恋愛小説あるあるに巻き込まれていたのではないかという点については置いておく。
(たぶん、最初にリリカさんを見つけたのが私だったのがよくなかったのでしょうね……)
リリカは異邦人である。……おそらく、シルヴィアの生きた前世とよく似た世界からこの世界に落ちてきた。そこを見つけたのがシルヴィアだ。しかし、本来はアルカが見つけるはずだったに違いないとシルヴィアは睨んでいる。
雛の刷り込みのように懐かれる対象がアルカからシルヴィアに変わってしまった。そこが分岐点だったのだろう。つまり、もしアルカとリリカの『物語』の知識があったとしても、わりと詰んでいた案件である。
(まあ……こうなってしまったものは仕方ありませんわね……)
右も左もわからないでいたリリカを保護したのはシルヴィアだし、彼女が聖女だとわかってからも面倒を見続けた――そこには多分にリリカの意向もあったが――のもシルヴィアだし、リリカとアルカを取り巻くなんだか面倒なことに巻き込まれたときにリリカの縋るような目に負けて同行したのもシルヴィアなので――シルヴィア自身の行いの結果ではあった。
「……本当に、貴方はよろしいんですの? 『聖者』でなくなりたかったのではなくて?」
「うあ。――その話はなかったことにしてくれな、って言ったろ」
「今だから、聞くのですわ。神の眼差しが私たちの身に残っている、今だから」
恋愛小説あるあるに巻き込まれる中で、アルカがそっと零したその願いは、どれだけの重さだっただろう。
恣意的に、人為的につくられた『聖者』として生きる、彼にとって。
神の眼差しを一度受ければ『聖女』『聖者』となる。それだけ希少なことに、二度目が;起きた。
シルヴィア、アルカ、リリカとも、神に拝謁することとなった――未だ神の眼差しの残滓が残るシルヴィアたちを持て余した神王国が、こうして大聖堂に三人を留めている。
それゆえに、他の誰の邪魔も入らない。だから、シルヴィアはアルカに問うたのだった。
アルカはなおもはぐらかそうとしたけれど、シルヴィアの真剣な眼差しに両手をあげて降参し、口を開いた。
「……言ったろ? 俺が『聖者』じゃなくなっても、この国はどうせまた新たな『聖者』をつくりあげるだけだ。それに、神に二度眼差されたアンタとリリカ嬢を放ってはおけない。……この国が、アンタが期待してたような清廉潔白なモンじゃないって、アンタももうわかったろ」
「国に暗部はつきものですから、清廉潔白を期待はしていませんでしたわ。ただ、それに自分が関わることになるとは考えてなかっただけで」
「そっか。――俺は、アンタとリリカ嬢を守りたい。そのためには、俺が『聖者』のままの方が都合がいい。だから、気にしなくていい」
アルカの返答に、シルヴィアは眉根を寄せた。
「そういうの、よくないと思うんですの」
「……?」
「そういう、自己犠牲的なお気持ち、向けられた側は重くて仕方ありませんわよ」
「――、」
「勘違いなさらないで。否定しているわけではありませんわ。ただ――『聖者』のままでいるのであれば、私たち三人、力を合わせた方が効率的だと思いますの」
そうシルヴィアが言うと、アルカはぽかんとして――「効率、的……」と呟いた。
「ええ。神の眼差し、『聖女』や『聖者』といった立場は、この国が執着するもの――つまり、うまく使えば交渉の材料になるでしょう? 三人もいれば大抵のことは通せるのではなくて? たとえば――国のつくりあげる『聖者』の廃止とか」
「……!」
「神は寛容でいらっしゃるとわかりましたから、多少の方便を使ったところでお怒りにはならないでしょう。神に謁見した三人が、口を揃えて証言すれば――」
「――『神王国』だからこそ、無視はできないってわけか。……神の言葉を騙る、か……。考えたこともなかったな」
「神に拝謁したからこそ、その選択肢がとれると判断したのですわ。神の威を借るなら、今でしょう?」
「……ハハッ、確かにな」
アルカの瞳に複雑な思いが揺れ動くのを見てとりながら、シルヴィアは続ける。
「そのためには、リリカさんのご協力も必要になりますけれど――」
「はいっ! シルヴィアさんのお願いならよろこんで!」
しゃっきりとした返事が返ってきたので横を見れば、リリカが元気よく挙手をしている。
「……あら、もしかして、寝たふりをなさっていたの?」
「だって、真剣なお話をされていて……起きるタイミングが……」
「ふふ、責めてはいませんわ。ご協力いただけるのなら、それに越したことはありませんし」
「シルヴィアさんにもアルカさんにもお世話になりましたから、わたしにできることならなんだってやりますよ!」
「まあ、心強いこと。――聞きまして? こんなに頼りになる同士がいるのですから、ひとりで背負い込む必要はありませんのよ」
アルカに水を向ければ、アルカは「参った参った」と両手をあげて降参の姿勢をとる。
「――ホントに、心強い味方なことで。……アンタたちに会えて、よかったよ」
その言葉に、シルヴィアとリリカは、目を合わせてくすりと笑う。
「こうなったら一蓮托生ですね! それぞれが住みやすい国に変えていっちゃいましょう!」
「あら、壮大。でも、そうね。こうなったら、権力を握って周りを変えた方が楽かもしれませんわね」
「いやホント、心強いよ、いろんな意味で」
そうして、『神に二度眼差された』聖女と聖者による、神王国ひっそり大改革が始まるのだった。
――どの歴史書にも残らない、三人の物語が。
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