「何か、何か新しいもの……!」
一人、また一人と、匂いに誘われるように村人たちが集まってくる。
「うわ、こんなに集まるのか!まるで磁石だな、この匂いは!」
最初は警戒していた大人たちも、その香りに抗うことができないようだった。
彼らの鼻がピクピク動いているのが見える。
「すごいな、この匂いの力……恐るべし [焼きそば] !」
リオンが「さあ、食ってみろ」と促すと、勇敢な一人の子供が恐る恐る近づき、リョウが差し出す [焼きそば] の入った紙皿を受け取った。
「はい、熱いから気をつけてな。フーフーしてね」
子供が一口食べると、その瞳が大きく見開いた。
「お、反応あったぞ!やったぜ!」
そして、満面の笑みを浮かべ、熱い [焼きそば] を夢中で頬張り始めた。
その顔は、まるで人生で最高の味に出会ったかのような表情だ。
「よかった……美味いって思ってくれたみたいだ。第一関門突破!」
その様子を見た他の子供たちや大人たちも、我先にと屋台の周りに集まり始めた。
「なんだ、この匂いは!?」
「うまそう……」
「俺にもくれ!」
「わしにも!」
リョウは慌ただしく [焼きそば] を焼き続けた。
鉄板の上で麺と具材が踊り、ソースの香ばしい匂いが広場全体を包み込む。
村人たちは、生まれて初めて食べる [焼きそば] という異世界の味に、歓喜の声を上げていた。
「こんなに喜んでもらえるなんて……!嬉しいな!」
リョウは、皆が美味しそうに食べる姿を見て、職を転々としてきた自分にも、誰かの役に立てる喜びがあることを噛み締めていた。
この充実感、たまらない!
数日が過ぎると屋台は村の広場で、毎日リョウの [焼きそば] を求める行列ができるようになった。
[焼きそば] は村の人気者となり、リョウ自身も「屋台の兄ちゃん」として村人に親しまれるようになった。
警戒心は解け、リョウは村の一員として完全に受け入れられたのだった。
「俺にも居場所ができた……本当に、このスキルのおかげだ。 [焼きそば] 、ありがとう!」
しかし、好事魔多しというべきか。
三日も経つと、一部の村人たちの間に、ある変化が見られ始めた。
「なあ、リョウ。今日も [焼きそば] か?」
「そろそろ、別のものも食べてみたいなあ」
最初あれほど熱狂していた村人たちが、次第に [焼きそば] に飽き始めているのだ。
これは、まさか……?
「え……飽きられた?もう……?早くないか!?三日坊主ならぬ三日 [焼きそば] !?」
リョウは、彼らの言葉に、背中に冷たい汗が流れるのを感じた。
職を転々としてきた彼にとって、飽きられることは何よりも恐れていたことだった。
(まずい……このままだと、また職を失ってしまう!せっかく居場所ができたのに……!このスキル、まさか [焼きそば] しか出せないのか!?)
リョウは、頭を抱えた。
この異世界で、彼が唯一持っている「スキル」は『屋台』だ。
このスキルを活かせなければ、彼はまた途方に暮れることになる。
「何か、何か新しいもの……!」
「別のもの……」
リョウはそう呟き、頭の中の『屋台』スキルについて考え始めた。
[焼きそば] の屋台を思い出した時、急にスキルが発動した状況を思い出す。
( もしかして、俺が強く願えば、その形を変えられるのか?まるで、召喚するみたいに……いや、もっと直感的に、かな?よし、試してみるか! )
もしかしたら、別の『屋台』を思い描けば、自分の望みに応じて変化するのではないか?
( 何か、皆がまだ食べたことのないもので、気軽に食べられて、しかも美味しいもの…… )
思考を巡らせる。
祭りの屋台で見かける たこ焼き、ラーメン、フランクフルト、大判焼き……どれも魅力的だが、この異世界で材料が手に入るのか、そもそも鉄板だけでどう調理したら良いのか、という問題が頭をよぎる。
「たこ焼きは鉄板の形が違うし、ラーメンは麺が……フランクフルトはソーセージが必要だし。どれも難しいな。うーん、頭がパンクしそうだ!」
もっと手軽で、それでいて皆が驚くようなものはないか。
その時、ひらめいた。
(そうだ、 [鮎の塩焼き] だ!)
日本の夏の風物詩。
香ばしい匂いと、淡泊ながらも奥深い魚の旨味。
これなら、この世界の住民にも受け入れられるはずだ。
「魚なら、この世界にもいるだろうし。シンプルな塩味なら、どんな文化圏の人にも受け入れられやすいはずだ!よし、これしかない!」
それに、川魚ならこの世界にもいるかもしれない。
リョウは脳裏に鮎が踊り串に刺され、炭火でじっくり焼かれているイメージを鮮明に描き、心の中で強く願った。
( 屋台、 [鮎の塩焼き] ! )
すると、再び屋台が淡い光の粒子に包まれ、その形を変え始めた。
[焼きそば] の鉄板が沈み込み、代わりに炭火を熾すための炉と、魚を焼くための串が並んだ台がせり上がってきた。
[焼きそば] の暖簾は消え、代わりに [鮎の塩焼き] と書かれた(リョウにはそう見える)提灯が揺れている。
「おお、本当に変わった!俺のイメージ通りだ!このスキル、本当に優秀だな!」
同時に、引き出しを開けると、すでに下処理された新鮮な鮎、そしてサラサラの塩が完璧に揃っていた。
「新鮮な魚も出てくるのか!これはすごい……!まるでド◎えもんのポケットじゃないか!」
「……できた! [鮎の塩焼き] 屋台だ!」
リョウは興奮して声を上げた。
リオンが、物珍しそうに新しい屋台を覗き込んでいる。
「これはまた……妙な形をしているな。これは炭か?一体、これで何を作るんだ?何か焼くのか?」
「最高のものができるさ!ちょっと見ててくれ!驚くなよ!」
リョウは自信満々に答えた。
炉に炭をくべ、火を熾す。
真っ赤に燃える炭の上で、リョウはスキルで現れた専用の串を手に取った。
まず、新鮮な鮎のエラから口へと串を通し、そのまま尾びれに向かって、鮎の身がS字にカーブするように串を刺していく。
まるで鮎が川を泳いでいるかのような、生きたままの躍動感あふれる「踊り串」の形だ。
「よし、次に塩だ!」
リョウは、塩を指に取り、鮎の背びれ、尾びれ、腹びれに丁寧にたっぷりと化粧塩を施し、指先でピンと立たせた。
そして、鮎の全体にも軽く塩を振る。
この化粧塩は、見た目の美しさだけでなく、焼いた時の焦げ付きを防ぎ、塩味を均一にする効果もある。
そして、その踊り串に刺した鮎を、熱く熾された炭火の上に並べていく。
ジュー、という魚の脂が炭に落ちる音と、香ばしい匂いが辺りに広がり始めた。
「うわ、いい匂い!これぞ日本の夏って感じだな!食欲がそそられる~!」
焦げ付かないよう、くるくると串を移動したり回しながら、鮎の表面がパリッと、中はふっくらと焼き上がるよう丁寧に火を通していく。
まもなく、黄金色に焼き上がった [鮎の塩焼き] が完成した。
香ばしい匂いに、昨日まで [焼きそば] に飽きていたはずの村人たちが、再びワラワラと集まってくる。
「お、匂いに釣られてきたぞ!やっぱり匂いは最強の集客ツールだな!」
彼らは好奇心と食欲の混じった表情で、リョウの手元を凝視していた。
特に、串に刺された鮎の生き生きとした姿に、獣人たちは目を奪われていた。
「な、なんだあれは!」
「魚が、まるで泳いでいるかのような形に焼かれているぞ!」
「あんな焼き方、見たことがない!」
「さあ、できたぞ!」
リョウは焼き上がった鮎を、熱々のまま村人たちに差し出した。
湯気を立てる [鮎の塩焼き] は、見慣れない形状と相まって、村人たちの興味を強く引いた。
リオンが真っ先に [鮎の塩焼き] を手に取り、熱いまま恐る恐る口に運んだ。
パリッと焼かれた皮の香ばしさと、ふっくらとした身の旨味が口いっぱいに広がる。淡泊ながらも奥深い味わいに、リオンの瞳が大きく見開かれた。
「う、美味い!これはまた、 [焼きそば] とは違う美味さだ!いつもの焼き魚よりこの皮の香ばしさ、身の甘みがたまらない!骨から身がスルリと外れる……無限に食べられるぞ!」
リオンの言葉に、他の村人たちも我先にと [鮎の塩焼き] を求め始めた。
「よし、いけるぞ!これは大成功だ!」
パリッとした皮、骨からスルリと外れる柔らかな身、そして塩加減が絶妙な味わいに、村人たちは舌鼓を打った。
「なんだこの美味さは!」
「骨までしゃぶりたい!」
村人たちは、目を輝かせながら [鮎の塩焼き] を頬張った。
[焼きそば] の時以上の熱狂ぶりだ。
リョウは、彼らの満面の笑みを見て、安堵の息を漏らした。
( よかった……本当に、よかった……!飽きられずに済んだ! )
このスキルがあれば、この世界でもやっていけるかもしれない。
そう確信した瞬間だった。
[鮎の塩焼き] は村で大ヒットし、数日どころか、連日行列が途切れることはなかった。リョウは、村人たちとの間に、より強い信頼関係を築くことができた。
彼らはリョウの屋台が持つ「不思議な力」と、そこから生まれる「奇妙で美味い飯」に魅了されていた。
「俺にも、こんなに喜んでくれる人たちがいるんだな……最高だ!」