表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/25

「え、あの、君は……?」

目の前で起こった信じられない光景に、リョウはただ呆然と立ち尽くすしかなかった。

巨大なトラが、一瞬で人間に変わったのだ。

まるでアニメのワンシーンか、はたまた大がかりなマジックショーか。

「え、人間に……?まさか、これもあのスキルの影響なのか?俺のスキルじゃない、あいつの……?」

頭にはトラの耳、お尻に尻尾が残っているものの、まるで人間と見紛うばかりの精悍な男性が、感極まった様子で焼きそばの皿を手にしている。

その手つきは、まるで宝物でも抱えているかのようだ。


( 本当に、一体何なんだ、この世界は……俺の常識、崩壊寸前なんですけど!? )

「え、あの、君は……?」

リョウが恐る恐る尋ねると、男性はハッとしたように顔を上げた。

「すまない、驚かせたな。俺はリオン。この辺りの森に住む、獣人だ」

リオンと名乗った男性は、人懐っこい笑顔を見せた。

その笑顔は、先ほどの巨大なトラの姿からは想像もつかないほど温和だった。

むしろ、大型犬みたいだ。

「獣人......?やっぱり、ここは俺のいた世界じゃないんだな……。マジかよ、異世界転移ってやつ!?」


その瞬間、リョウの頭の中に、今までどこか曖昧だった疑問が明確な形となって浮上した。

( ……あれ? 言葉、通じてる……? )

( これって、異世界転移の定番で、言葉が自動翻訳されてるってやつか? それとも、俺のスキル『屋台』に、そういう付随能力があるのか……? いや、どっちでもいいか!とにかく、言葉が通じてよかったぁ〜! )

安堵と、この世界に来たことへの不安を抱えながらも、リョウは目の前の男性、リオンに曖昧な笑顔を向けた。

リョウは、目の前の現実をようやく受け入れ始めた。

いや、受け入れるしかなかった。

リオンはそんなリョウの様子を見て、少し心配そうな表情を浮かべた。


「お前こそ、一体どうやってこんな場所に?見慣れない服を着ているし、こんな珍妙な……いや、素晴らしいものを売っている屋台も見たことがない」

リオンはちらりと焼きそばの屋台を見やり、そして熱い視線をリョウに向けた。

リョウの部屋着ジャージ姿は、この世界では相当珍しいらしい。

( 俺の服装、やっぱりおかしいよな……もしかして、珍獣扱いされてないか? )


「俺は田中良だ。リョウでいい。えっと、実は……部屋で寝ていたら、知らない間にここにいて。この屋台も、目が覚めたら急に使えるようになったんだ」

リョウは、金色の光のことや、思い描いていたら屋台が出てきたことなど、異世界転移の経緯を掻い摘んで話した。

リオンは真剣な表情で耳を傾け、時折大きく目を見開いたり、唸り声を上げたりした。

その反応は、まるで子供が初めて物語を聞くかのようだ。


「まさか、こんな話、信じてくれるのか?普通なら頭おかしいって思われるよな……」

「なるほど……。リョウが話したその金色の輝きと、そこから得たという『スキル』……。確証はないが、それはもしかしたら、伝承に語られる『スキルの種』というものかもしれんな」

リオンの話を聞いて、リョウは青ざめた。

スキルの種?なんか、とんでもないものを拾っちゃった気がする。

「スキルの種……?そんな大層なものなのか、あの光は……?」


「それに、こんな場所で、こんな美味そうな匂いをさせていたら危ない。魔物だって引き寄せられるだろうに、よく無事に一人でこんな場所に立っていたな。今のままでは危ないから俺の村に来ないか?人里離れてはいるが、安全だ。それに、お前が作る美味いものを食べる機会は、村の者たちもきっと喜ぶだろう」

リオンの言葉に、リョウは背筋が凍る思いだった。

「魔物……!やっぱりいるのか、そういうのが。この焼きそばの匂いが、そいつらを引き寄せちゃうってことか?俺、とんでもないもの(凶器?)を手に入れちゃったな……!」

焼きそばの匂いが魔物を引き寄せる、と聞いて、リョウは屋台のスキルが持つ影響の大きさを初めて実感した。


リオンは、焼きそばの皿を大切そうに抱えながら、真剣な眼差しでリョウを誘った。

その表情は、まるで「この美味いものを独り占めするなんて勿体ない!」と言っているかのようだ。

( 村……安全な場所か。このまま一人でいるよりは、はるかにマシだよな。寝床を提供してくれるだけでもありがたいし、俺の作った飯で喜んでくれるなら……。よし、行くしかない! )

途方に暮れていた状況で、安全な寝床の提供は、まさに渡りに船だった。

それに、人の良すぎるリョウは、リオンの純粋な好意を無下にはできなかった。


「……分かった。お世話になるよ、リオン。本当に助かる」

リョウが頷くと、リオンはにやりと口角を上げた。

その顔には、再びトラのような獰猛な、しかしどこか愉快そうな笑みが浮かんでいた。

「よし!それでは、村へ案内しよう。その屋台も、俺が運んでやる」

リオンはそう言うと、再び体が光に包まれ、巨大なトラの姿に戻った。

( またトラに……!本当に何でもありだな、この世界は……!変身する特撮ヒーローみたいだ! )

そして、その大きな口で、屋台の片隅を咥えようとした。


「あっ、ちょっと待って!屋台は……!」

リョウが慌てて声をかけると、屋台はまるで彼の意思を汲み取ったかのように、光の粒子となってフワリと宙に浮かび上がった。

そして、リョウの傍らで小さくまとまり、彼に「連れて行って」と促すように、リヤカーの屋台に変形し、車輪が現れた。

「うわ、すげぇ!屋台が変形した!?俺の意思で……ってことか?このスキル、本当に何なんだ……まるで意思があるみたいだ!」

「……なるほど、そういうことか」

リオンは感心したように唸ると、巨大な体を少しだけかがめ、リョウに視線を合わせた。


「さあ、リョウ。村へ行こう」

リオンは変形したリヤカーのを咥えると、リョウは冷たい草の感触に耐えかねていた裸足のまま、屋台の荷台部分によじ登り椅子の部分に座った。

「ああ、助かる……足が冷え切ってたんだ。この屋台、座り心地も意外と悪くないな。いい感じだ」

リヤカーとなった屋台は、リョウを乗せてもびくともしない。

リオンは広い草原を、慣れた足取りで進み始めた。

リオンが引く屋台の揺れは思いのほか少なく、乗り心地は悪くない。

しかし、リョウはまだ不安が拭えなかった。


( このまま、本当に安全な場所へ連れて行ってくれるのか?信用していいのか?でも、他に選択肢もないしな……腹も満たされたし、今は信じるしかない! )

「あの、リオン。村って、どれくらい遠いんだ?」

リョウが尋ねると、リオンは進みながら、低く響く声で答えた。

「そうだな……このペースで、日が昇り切るまでには着くだろう。遠くはない」

( 日が昇り切るまで……か。今が何時かもわかんねえし、どのくらい時間がかかるんだろ?日の出が何時かもわからんし、この世界の時間の流れってどうなってるんだ? )

日が昇り切るまで、と聞いても、今が一体何時なのかも分からないリョウには、それがどの程度の距離なのか全く想像がつかない。


「そうか……。あの、リオン。この世界って、どんな感じなんだ?獣人って、リオンみたいなのが他にもいるのか?」

リョウが質問を続けると、リオンは少しだけ顔を傾けた。

「ああ、もちろん。この世界には人族もいれば、俺たち獣人もいる。他にも様々な種族が暮らしているぞ。魔物もいるから、気をつけねばならない」

魔物、という言葉にリョウは改めて身が引き締まる思いだった。

( やっぱり魔物、いるんだよな……。気をつけないと、食われる……。せっかくチートスキルを手に入れたのに、食われたら意味ないぞ! )

やはり危険な世界なのだと再認識する。


「そうなんだ……。俺、何も知らなくて……本当に、どうしたらいいか……」

「心配するな、リョウ。俺がいる。それに、お前が作るその美味い飯があれば、村の者たちもすぐに受け入れてくれるはずだ」

リオンはそう言って、安心させるようにリョウの方へちらりと視線を送った。

「リオン……」

頼もしい言葉と、先ほどの立ち上る焼きそばの残り香が、リョウの心を少しだけ温めた。

( この屋台がある限りは、なんとかなる……のか?俺のスキル、本当にすごいな……。まずは生き延びるのが最優先だ! )

まずは彼らの目的地……リオンの引く屋台に乗ったリョウが、新たな世界の情報をリオンに聞きながら向かうのは、広大な草原のどこかにあるリオンが住む獣人の村だった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ