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「これ、本当に俺が出したのか……?」

リョウが「屋台」のスキルを心の中で強く思い描いた、その瞬間だった。

彼の目の前に、淡い光の粒子がフワフワと集まり始めた。

まるで、誰かが魔法の粉をぶちまけたかのようだ。

粒子は徐々に形を成し、数秒後には、木製の簡素な屋台が、音もなく草原に「ドンッ」と出現した。

木製の支柱にビニールがかけられた屋根、提灯がぶら下がり、焼きそばと書かれた暖簾のれんがユラユラ揺れる。

草原の中でものすごく場違いな佇まいだ。


「……まじか、おい」

思わず声が出た。現実離れした光景に、まだ夢を見ているような気分だった。

いや、夢にしては妙に腹が減ってるし、草の露で足が冷たい。

「俺のスキルが屋台?しかも、本当に現れた……?てか、これどうやって運ぶんだ?キャスター付いてんのか?」

屋台は、祭りなどでよく見かける屋台そのもので、焼きそばを焼くためのピカピカの鉄板がすでに備え付けられている。

見るからに、やる気満々だ。


「これ、本当に俺が出したのか……?」

戸惑いながらも、頭の中に流れ込んできた謎の情報(スキルマニュアル?)に従い、屋台の前に立つ。

鉄板を温めるためつまみを捻ると、カチリと軽い音と共に、青い火が「ボッ」と勢いよく燃え上がった。

「おぉ、ちゃんと火がつくのか!」

「えっと……まずは、食材、だよな?どうやって出すんだ……?」

頭の中の指示通り、屋台の引き出しに手を伸ばした。


ガラガラ、と木が擦れる音がして引き出しを開けると、そこには整然とパック詰めされた麺、薄切りの豚バラ肉、丸ごとのキャベツ、そしてシャキシャキとしたもやしがピシッと並んでいる。

さらに下の段を開けると、「焼きそばソース」と書かれた黒い液体が入ったボトルや、油のボトルまで。

「うわ、調味料までしっかり揃ってる!しかも、なんかボトルがお洒落だぞ!」

別の引き出しには、鮮やかな紅生姜、風味豊かな青のりといった薬味まで、小分けにされて整然と並べられていた。

「すげぇ……こんなに全部入ってるのかよ!まさに移動式コンビニじゃないか!しかも品揃え完璧!店長、俺かよ!」

まるでコンビニの棚から取り出すかのように、必要な材料を取り出す。


まずは薄切りの豚バラ肉をまな板に乗せ、包丁で食べやすい大きさにサクサクと切っていく。

次に、丸ごとのキャベツを豪快に手に取り、これもざく切りにして適当な大きさに揃える。もやしは袋から出すだけだ。

温まった鉄板に油をひき、切った豚バラ肉をトングで掴み、ジュウッ!と音を立てながら広げる。

白い脂が溶け出し、香ばしい匂いが立ち込め始めた。

そこに、ざく切りにしたキャベツとシャキシャキのもやしをドサッと投入!

ジュウジュウジュウ!という食欲をそそる音が、静かな草原にけたたましく響き渡った。


「うわ、いい匂い……腹の虫が鳴りっぱなしだ。もうヤバい」

続いて、蒸し麺を鉄板の空いたスペースに置き、麺がほぐれるように少量の水を回しかける。

チリチリと音がしながら、菜箸で麺をほぐしていく。

麺が温まったところで、野菜と豚肉と混ぜ合わせ、いよいよメインの焼きそばソースを回しかける。

ジューワー!と香ばしい匂いが立ち込め、リョウの食欲をさらに刺激する。


以前、ファミレスのバイトで経験した調理とは多少違うながらもスキルの補助なのか、手が自然と動き、手際よくヘラを操り、具材と麺、そしてソースを均一に混ぜ合わせていった。

まるで、身体が勝手に

「最高の焼きそばを作るぞ!」

と命令されているようだ。

「これ、俺がやってるのか?体が勝手に動く……いや、でもちゃんと意識はあるぞ?まるでゲームのチュートリアルみたいだ!」

あっという間に、湯気を上げる熱々の焼きそばが完成した。

リョウは、屋台に備え付けられていた紙皿に焼きそばを盛り付け、鮮やかな紅しょうがと、磯の香りがする青のりをパラパラ。


「よし、完成だ!」

一口食べてみる。

「うっっっま!」

思わず叫んだ。熱々の麺とシャキシャキの野菜、そして濃厚なソースの味が、冷えた体に染み渡る。

「なんだこれ、信じられない美味さだ!こんな美味い焼きそば、今まで食べたことない!」

空腹が極限だったこともあり、その美味しさは感動的だった。

まるで、最高の料理人が作ったかのような完璧な味だ。

異世界転移の混乱も忘れ、彼は夢中になって焼きそばを頬張った。

「ああ、生きててよかった……この焼きそばがあるなら、俺、生きていけるかもしれない……!」



リョウが二皿目の焼きそばを作り終え、それを食べようとしたその時だった。

ガサガサ、と草が擦れる音がした。

「ん?なんだ?」

森の方向からだ。

リョウは警戒しながら音のする方に目を向けた。

何かが近づいてくる。

( まさか、魔物でもいるのか?いきなり? )

そう思った次の瞬間、森の木々の間から、一匹の大きなトラが現れた。


体毛は黄金色に輝き、鋭い眼光を放っている。

しかし、その体躯は普通のトラよりもはるかに大きく、知性を感じさせる瞳だった。

「……え?トラ?」

リョウは固まった。

まさか、猛獣が出てくるとは……。

( うそだろ?こんなところにトラ?しかも、デカすぎないか?こいつが、魔物なのか……? )

しかし、いきなりトラとは。

身構えようにも、手には焼きそばの皿が握られている。


( どうしよう……逃げても間に合わないだろ…… )

トラは、リョウの屋台から立ち上る焼きそばの匂いに誘われるように、ゆっくりと、しかし確実に近づいてくる。

リョウは、そのトラの動きに、どこか人間のような慎重さを感じた。

( あれ?なんか、ただの猛獣って感じじゃないぞ……?もしかして、この匂いに釣られてるのか? )

そして、トラはリョウの目の前、数メートルほどの距離で立ち止まった。

じっとリョウを見つめるその瞳は、獲物を狙うそれとは違う、好奇心と、そして……どこか戸惑いのような色を帯びていた。


「……もしかして、君、この焼きそばの匂いに釣られて出てきたのか?」

リョウが恐る恐る尋ねると、トラは小さく鼻を鳴らした。

その仕草に、リョウは少しだけ安心した。

「よかった、襲いかかってくるわけじゃないのか……?」

「腹、減ってるのか?よかったら、食べるか?」

リョウはそう言って、自分の皿に盛られた焼きそばを差し出した。


「まあ、どうせ食べられないだろうけど……でも、試す価値はあるよな?」

トラはリョウの差し出す皿をじっと見つめ、そして、その大きな鼻をひくひくさせた。

やがて、その巨大な口を開き、皿から焼きそばを一口、ゆっくりと食べた。

「……!」

次の瞬間、トラの瞳が驚きに見開かれた。


「え、食べた!?しかも、何かリアクションしてる!?」

そして、驚くべきことに、その巨躯が光に包まれ、みるみるうちに縮んでいく。

光が収まった時、そこに立っていたのは、リョウの背丈を少し超えるほどの、精悍な顔立ちの男性だった。

「な、人間になった!?えええええええ!?」

顔にはトラの耳と尻尾が残っているものの、まるで人間と見紛うばかりの姿だ。

金色の毛皮を模したような、上質な革の装束を身につけている。

男性は、手にした皿の焼きそばを呆然と見つめていたが、やがて顔を上げ、リョウをじっと見つめた。


「……これは、なんというものだ?こんな美味いものを、初めて食べた……!」

興奮したような、それでいて深い感動を覚えたような声だった。

「え、本当に美味しいって言ってくれてるのか……?人間になったことも驚きなのに……」

リョウは、目の前で起こった信じられない光景に、ただ呆然と立ち尽くすしかなかった。

「……え、あの、君は……?」

トラの獣人、リオンとの出会いは、まさにこの異世界でのリョウの新たな人生の旅の始まりだった。

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