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「……腹、減ったな」

真夜中。

田中良タナカリョウ、日中の仕事で疲れ果て、深い眠りの中にいた。

意識は沈んでいたはずなのに、ふと、誰かに名を呼ばれたような気がした。


「……リョウ」

微かに、でも、確かに。その声は、彼の名を呼んでいる。

「ん……?」

夢か現か判別がつかないまま、リョウはゆっくりと目を開けた。


そこは、いつもの見慣れた自室の天井。

月明かりがカーテンの隙間から差し込み、部屋を淡く照らしている。

(「誰かいるのか?」)

口に出そうとして、やめた。


気のせいか、と思いつつも、耳の奥で、もう一度、彼の名を呼ぶ声が響いた。

「リョウ……こちらへ」

まるで誘うかのように、声は窓の方から聞こえる。

(「なんだ?一体誰が……?」)

好奇心に導かれるように、彼はベッドから降り、静かにフローリングの床を踏みしめた。


窓へ向かう足取りは、夢の中のようにどこか浮ついていた。

スウェット生地の上下ジャージという部屋着姿に裸足で窓辺に近づくと、その声が指し示すかのように、きらきらと輝く金色の何かが宙に浮いているのが見えた。

月光を反射して、まるで小さな星屑が舞っているかのようだ。


「何だ、これ……?まさか、妖精とかか?」

リョウは思わずつぶやいた。

「俺を呼んだのは、君かい?」

自然と声が出た。

恐る恐る、その金色の輝きに手を伸ばす。


すると、手のひらが触れる寸前、それはスッとリョウの手の中に収まった。

触れた感触は、驚くほどに薄く、そして軽い。

「コイン?いや、違うな……こんな触り心地、初めてだ」

手のひらに乗ったそれは、まるで金色の鱗のようにも見えた。

キラキラと光を放つそれを、リョウは月明かりにかざして見つめた。


その時、一瞬、強烈な光が彼の目を貫いた。

「っ!」

痛みよりも、突然の出来事への驚きで、彼はぎゅっと目を閉じた。

視界が真っ白になり、何も見えなくなる。

「うわっ、何だよこれ!?」

しかし、数秒経っても何も起こらない。


恐る恐る目を開けると、先ほどまで手に持っていた金色の輝きは、跡形もなく消えていた。

「……あれ?消えた?」

あたりは月夜の静寂に包まれている。

何もかもが、夢だったかのように現実感を伴わない。

「気のせいだったのか……?でも、確かに触った気が……」

ただ、掌に残る微かな熱と、目の奥に残る残像だけが、それが現実だったと告げていた。



目が覚めると、景色は一変していた。

あの後いつの間にかうつ伏せに倒れていたらしい。

ゆっくりと身を起こすと、目の前に広がるのは見渡す限りの大草原。

青々とした草がどこまでも続き、風に揺れている。

振り返ると、そこには鬱蒼と茂る森が、まるで黒い壁のようにそびえ立っていた。

空は、まだ星が瞬く夜明け前のような、薄い藍色をしている。

見上げると、満天の星空の中に、見慣れない月が二つ、仲良く並んで輝いていた。


「……は?ここ、どこだ?」

リョウは呆然とした。

ついさっきまで、彼は自分の部屋にいたはずだ。

月明かりの差し込む窓辺で、金色の何かを手にしていたはずだ。

それが、なぜこんな場所に?


部屋着姿のまま、裸足で立つ足元は、冷たい草の露に濡れて、ひやりとした。

身につけているのは、スウェット生地の上下ジャージにTシャツとパンツだけ。

ポケットの中身は空っぽで、財布も、スマホも、当然どこにもない。

周囲を見渡しても、見慣れた家屋はもちろんのこと、街の灯りも、人の気配も、本当に何もない。


「なんでこんなところに……?誰かのいたずら?いや、スケールがデカすぎるだろ……」

ただただ広がる緑に、ふと足元を見ると、見たこともない花が可憐に咲いている。

そして、どこからか聞こえる風の音だけが、彼の混乱を助長する。

「まさか、夢遊病……?いや、そんなはずない。こんな場所に来るわけがない。ていうか、ここ、月が2つあるなんて日本じゃないだろ……一体、どうなってるんだよ……!」

途方に暮れる。


理解が追いつかない状況の中、思考が停止しそうになったその時、彼の腹がグゥ、と情けない音を立てた。

「……腹、減ったな」

空腹だ。

確かに、昨日の夕食は簡単なものだったし、もう朝だろうか。

いや、空の様子からすると、まだ夜明け前か、あるいは真夜中なのかも判別がつかない。

見慣れない世界で、彼は自分が置かれた状況を理解できないでいた。


そんな時、ふと、昨夜の記憶が蘇る。

残業で遅くなり、帰り道で見かけた屋台。湯気を上げる焼きそばの匂いが、たまらなく美味しそうだった。

(あー、昨日のあの焼きそば、結局食べそびれたんだよな……。あの匂い、思い出すだけで腹減ってくる……なんで今、こんなこと考えてんだ俺は……。こんな状況で、食い物のこと考えるなんて……)



その瞬間、彼の頭に一つの言葉が、まるで閃光のように浮かんだ。

( 屋台 )

唐突に、しかし鮮明に、その言葉が脳裏にこだました。

同時に、熱を帯びた何かが、彼の体の中を駆け巡る感覚があった。


直感的に、これはあの金色の何かがもたらした「スキル」なのだと理解した。

「スキル……?まさか、あの光が……?」

そして、同時に、スキルの使い方も頭の中に流れ込んでくる。

まるで、最初から知っていたかのように。

「……スキル!?」

(やっぱりここは日本じゃないのか?)


混乱しつつも、もしかして……と頭に浮かんだ。

彼が一番欲しているもの。

昨夜、食べ損ねて、今、この空っぽの腹に一番満たしたいもの。

( ……焼きそば…… )

リョウは、ソースの匂いと青のりや紅生姜が絡んだ焼きそばの味を心の中で強く思い出す。

すると……。

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