プロローグ
あらすじ
広大な異世界に召喚された29歳の田中良は、自身の人生は職を転々とし、人の良さから疲弊する日々。満たされない心で自問自答する中、「スキルの種」という金色の輝きが現れ、彼を選んだ。不思議なスキル「屋台」を手に入れた彼の料理は言葉や文化を超え、獣人たちとの出会いを導き、食が人と人を繋ぐ魔法だと実感する。しかし、その種は、迷い、傷つき、満たされない心を抱えた者にこそ姿を現すという。なぜ自分が選ばれたのか、彼の深い願いとは何だったのか。「屋台」のスキルが、彼の人生と異世界をどう変えるのか、物語は彼の転機から始まる。
広大な草原の真ん中、日が傾き始め、空が藍色に染まる頃。
一本の奇妙な屋台が、ぽつんとたたずんでいた。
煙を上げ、香ばしい匂いを辺りに漂わせるその屋台の横には、一人の男と、二頭の巨大な獣人が寄り添うように座っている。
男は田中良。疲労の滲む顔にも、どこか満足げな笑みが浮かんでいた。
彼らは旅の途中だ。
異世界に召喚されて数日、リョウは「屋台」という不思議なスキルを手に入れ、獣人たちと道中で出会い、共に歩んでいる。
彼のスキルは、時に焼きそばを、時に鮎の塩焼きを、またある時はお好み焼きを──望むままに屋台は形を変え、異世界の住人たちを魅了してきた。
文化が違っても、笑顔は伝わるし美味しいという感情は共通だ。食は、人と人を繋ぐ、最も原始的で、最も力強い魔法なのだと、この異世界で彼は肌で感じていた。
しかし、なぜ、自分がこの世界にいるのか。なぜ、この「スキルの種」なるものが、彼を選んだのか。
リョウ、29歳。彼の人生は、まるで漂流する小舟のようだった。
職を転々とすること数知れず。どの職場でも、彼の「人が良すぎる」性格は、時に周りに利用され、時に彼自身を疲弊させた。悪意があるわけではない。
ただ、目の前の困っている人を見過ごせない、頼まれ事を断れない。
その優しさが、結果として彼を不安定な状況へと追いやったのだ。
自分には何ができるのか。本当にやりたいことは何なのか。
心の中には、常に満たされない、漠然とした不安が渦巻いていた。
夜中に一人、部屋の天井を見上げ、このままでいいのだろうか、と自問自答を繰り返す日々。
そんな彼の心に、そっと寄り添うように現れたのが、あの金色の輝きだった。
「スキルの種」
それは、選ばれし者の心に寄り添い、その最も深い「願い」に応じて、秘めたる力を芽吹かせると言われている。
誰が、なぜ選ばれるのか、その真意は定かではない。
ただ一つ確かなのは、その種が、時に迷い、時に傷つき、満たされない心を抱えた者にこそ、その姿を現すということだ。
リョウの深い願いとは何だったのか? そして、この「屋台」のスキルが、彼の人生を、そしてこの異世界をどう変えていくのか。
物語は、彼の人生が大きく動き出す、あの夜から始まる。