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婚約者と名前を奪われた私ですが、愛する人と真の名を手に入れました

作者: 満原こもじ

 4/30、いただいた感想で評判のよろしくない部分をバサッと削りました。

 王都下町の露店の賑やかな地区。

 当然ながら人通りの多いところです。

 占い師のお婆さんに会釈し、隣に入れてもらいました。

 売るものがあるからというか、何というか。


「あらあら、可愛い御新規さんだねえ」

「お邪魔します」

「訳ありのようだけれど、アタシの占いによるとアンタは間違いなく幸せになれるよ」

「ありがとうございます」


 きっとこのお婆さんの占いは当たるんでしょうね。

 当たるといいな。


 ん、私ですか?

 私は貴族令嬢だったのですよ。

 名前はもうありません。

 いや、自分で令嬢って言ってしまうのはどうかと思いますけど、一番わかりやすいですから。


「うん? アンタは何を売るつもりなんだい?」

「私をどなたかに買っていただけないかと」

「えっ?」


 これも何かの縁です。

 占い師のお婆さんには話してしまいましょう。

 秘密というわけでもありませんし。


 私は二日前までとある令息の婚約者で。

 まあぶっちゃけ腹違いの妹に寝取られて。

 継母にも疎まれていた上、婚約解消で存在価値のなくなった私は放り出されたのです、と。


「……まさかアンバー・フェイルオハラ侯爵令嬢かね? ウォーレン第一王子殿下に婚約破棄された?」


 あれ、いきなりバレてしまいました。

 さすが占い師ですね。


「名前は……今はないんです。剥奪されてしまいまして」

「家名を、ではなくて?」

「全てです。存在自体が恥だからと」

「聞いたことのない、ひどい話だね」


 まあ。

 しかし私は特に悲観はしていないのです。

 厳しいお妃教育もこなしていましたから。

 実家では価値を認めてもらえなかったですけれど、一般的に見ればそれなりにお買い得なのでは?


 妹デボラはウォーレン殿下に拘っていたけど……割とダメ王子ですからね。

 ふわふわ流されやすくて、視野も狭くて。

 婚約破棄されたこと自体には恨みはありません。


 実家を追い出されたことは予定外ですけど……。

 ……ウォーレン殿下とデボラの責任を追及するわけにいかない理由はわかります。

 バルカ王国が空中分解してしまいますからね。

 私が悪いことにせざるを得なかったのでしょう。


 占い師のお婆さんが言います。 


「アンタみたいにしっかりした令嬢を放り出して、バルカ王国は大丈夫なのかい?」

「どうでしょう? 不敬罪になりそうなので、私の口からは何とも」

「しかし……アンタ、恩恵持ちだろう?」


 声を落としたお婆さん。

 えっ、すごい。

 私が神の恩恵持ちだということまでわかってしまうのですか?

 只者ではないですね。


 恩恵とは、稀に神から授けられることがある異能です。

 もっとも私の恩恵はどういう効果のものか不明なため、評価は低かったですけれども。


「……おわかりですか?」

「わかるから占い師をやっているんだよ」


 本物の占い師なのですねえ。

 偶然でしたが、いい出会いでした。


「アンタ、寄る辺はあるのかい?」

「ないのでどなたかに買っていただこうかと」

「随分落ち着いているのは感心するけど、よろしくないよ。アタシと一緒に行かないかい?」

「行く、とはどういうことでしょう?」


 お婆さんが肩を竦めて言います。


「国を出るんだよ。アンタみたいな子を捨てるんじゃ、バルカ王国の未来は暗いと言わざるを得ないからね」


 何と。

 随分アグレッシブですね。

 それにしてもお婆さん、私の恩恵がどんなものか理解しているみたい?

 宮廷占術士でも解明することができなかったのに。


「御迷惑でなければ御一緒してよろしいでしょうか?」

「迷惑なんかじゃありゃしないよ。アタシもアンタが来てくれりゃありがたいね」


 やはり私の恩恵を知っているようです。

 何者なんでしょうね?

 すごい人と知り合えたのはツイています。


「アタシゃノストラと言うんだ」

「私は……ノストラさん、私に名前をつけていただけませんか?」

「そうだね……ワラベでどうだい?」


 あっ、私の恩恵の名称まで完全に把握されていますね。

 でも今の私には恩恵が唯一の財産みたいなものです。

 ワラベ、いい名前だと思います。


「はい、ワラベです。よろしくお願いいたします」


          ◇


 ――――――――――元アンバー・フェイルオハラ侯爵令嬢ことワラベ放逐の一ヶ月半後。バルカ王国第一王子ウォーレン視点。


「見つからないだと?」

「は、はい」


 宮廷占術士長を前に、つい大声を上げてしまった。

 何が見つからないって、前の婚約者アンバー・フェイルオハラがだ。

 名前がわかってりゃすぐに占術で居場所を割り出せるんじゃなかったのか?


「既に死んだということか?」

「とは限りませぬ。名を変えている可能性もありますので」

「変名を使っていても、真の名はそうそう変えられないものなのだろう?」

「フェイルオハラ侯爵家に問い合わせたところ、名を取り上げて放り出したとのことでした」

「何だと……いや、まあわかるな」


 フェイルオハラの家名を名乗らせないということか。

 当然ではある。

 誇りある家名を追放女が名乗るのを許すわけがない。


 宮廷占術士もアンバーだけでは、確かに探すのは困難かも知れぬ。


「事情は理解した。時間はかかってもいいから、必ずアンバーを探し出せ」

「はっ」

「下がってよい」


 ツンと澄ました顔が気に食わない元婚約者。

 何故オレがあのアンバーを、今になって探さなければならないか。

 それには忌々しい理由がある。

 アンバーを婚約破棄してから一ヶ月、どういうわけか物事がうまく運ばないのだ。


 天候不順で不作が予想されている。

 盗賊や魔物の出現で流通に障害をきたし始めた。

 物価の上昇は王家への不満に変わりつつある。


 北の大国ユークラッカ帝国との交易交渉も不調に終わりそうだ。

 仕方ないではないか。

 穀物の収穫が不良なのだから。


 オレ個人も身体のダルさが抜けなかったり妙にイライラしたりする。

 何か原因があるのかと宮廷占術士に調べさせたところ、不確かではあるがアンバーの正体不明の恩恵『ザシキワラシ』の影響が失われたからなのではないかとのこと。

 そんな大層な恩恵などという情報はなかったではないか!

 後からでしか状況を推測できないのだったら、宮廷占術士の意味がない!


 優秀かもしれないが可愛げのないアンバーが婚約者なんて、心の底からうんざりしていた。

 心理的な壁を作って立ち入らせない感じなのだ。

 淑女と言えばそうかもしれないが、婚約者だったのだぞ?


 アンバーの妹のデボラは愛嬌があるしオレに懐いてくる。

 同じフェイルオハラ侯爵家の令嬢ならば、オレの後ろ盾としての存在価値は変わらない。

 むしろ先妻の子で疎まれていた気配のあるアンバーよりも、デボラの方がオレの婚約者に相応しいのではないか、という判断はそう間違ったものとは思えなかった。


 しかしアンバーの恩恵が重要なものならば、話が違うではないか。

 形だけでも重んじる姿勢を見せたものを。

 全く宮廷占術士は使えぬ!


 まあいい。

 アンバーを捕捉すれば解決だ。


          ◇


 ――――――――――元アンバーことワラベ視点。


「帝国だったのですね」

「そうさ。ちょっと伝手があるからね」


 ノストラさんとともに北の大国ユークラッカ帝国にやって来ました。

 まあノストラさんはバルカ王国の行く末を不安視していたみたいですから、当然と言えば当然ですね。

 帝国は食料供給にこそ不安がありますが、安定している大国というイメージがあるのです。


「宿探しですか?」

「そうだね。ああ、いや、必要なかった。迎えが来たようだ」

「迎え?」

「アタシゃユークラッカの人間なんだよ」


 そうだったのですか。

 だから伝手が……。

 えっ? 随分と立派な馬車なのですけれども?


 一人の凛々しい青年が軽やかに躍り出てきました。


「ノストラ大叔母上!」

「ああ、クライドかい? 大きくなったね」


 クライド……まさかユークラッカ帝国のクライド第三皇子殿下?

 えっ? じゃあノストラさんって?


「アタシゃユークラッカ今上帝の叔母に当たるのさ」

「存じませんでした。失礼で申し訳ありません」

「いやいや、アタシゃ庶子だからね。偉くはないのさ」

「何を言っているんだ。大叔母上の力は頼りにされているんだから」


 やはりノストラさんもまた恩恵持ちのようです。

 おそらく見抜く系の力だと思われます。


「どこへフラッと出かけていたんだ?」

「バルカだよ」

「いや、バルカだと聞いてはいたけど」

「バルカの王都さ。こっちにも情報が入ってるんじゃないかい? ウォーレン第一王子が侯爵令嬢を婚約破棄したという」

「聞いた。アンバー・フェイルオハラ侯爵令嬢だったか? アンバー嬢の悪評が出ているようだが、実際は王子が妹に乗り換えてアンバー嬢に責任を擦りつけているだけなんだろう?」

「よく調べているね。この娘が件のアンバー嬢さ」

「え?」


 驚いたような顔をするクライド殿下。

 ああ、品のあるお顔ですこと。


「これは失礼。てっきり大叔母上の弟子かと」

「いえ、お気になさらず。フェイルオハラ侯爵家からも縁を切られておりますし」

「アンタの嫁にちょうどいいと思って連れてきたんだよ」

「「えっ?」」


 ノストラさんにはそんな思惑が?

 今の私は平民に過ぎないのですけれども。

 クライド殿下がまじまじと見てきますよ。

 恥ずかしいですね。


「……美しい」

「あ、ありがとうございます」

「今は名を剥奪されているんだ。ワラベと名乗っている」

「ワラベか。変わった名だな」

「アタシがつけたんだよ。ちょっとこんなところでは話せない理由があるんだ。皇宮に案内しな」


          ◇


 ――――――――――ユークラッカ帝国皇宮にて。ワラベ視点。


 私は帝国のクライド第三皇子殿下の婚約者となりました。

 公爵となる予定のクライド様を狙っていた令嬢は、とても多かったらしいです。

 当たり前ですよね?

 爽やかで格好いい皇子様ですもの。


 それを素性を明らかにできない、イコールどこの馬の骨とも知れない私がかっさらったということで、随分白い目で見られました。

 どこの国でも嫉妬の視線は一緒でありますこと。


『クライドの嫁はワラベがベストだよ。アタシが言うんだから間違いない』

『アンバー・フェイルオハラ侯爵令嬢が優秀で欠けるところのない淑女だということは調べがついてるじゃないか。何の不満がある?』


 ノストラさんとクライド様のすごいプッシュでした。

 結局上級貴族の当主には、口外厳禁の上で私の素性と『ザシキワラシ』の恩恵について伝えられたそうです。

 人を納得させるって大変。


 ノストラさんは『見者』という恩恵持ちだそうで。

 簡単に言うと、恩恵持ちを判別し、その恩恵の効果がわかるというものなんですって。

 正体不明の恩恵『ザシキワラシ』の正体が判明しました。


『……いるだけで広範囲に幸運をもたらすだって? 大変な恩恵ではないか』

『そうさ。ワラベのいなくなったバルカの現状を見てごらんよ。効果のほどを理解できるだろう?』


 何と故国バルカでは内戦が勃発してしまいました。

 天候不順については聞いていましたが、どうしてそんなにすぐに内戦なんて事態になったのでしょう?

 しかも王家側が劣勢で、様子見姿勢の貴族も多いらしいのです。

 ほんの数ヶ月のことですのに、私がバルカにいた頃より王家の支配力が随分落ちているようです。


 また周辺諸国が牽制し合った結果、バルカ内戦に対する不干渉が定められました。

 要するに内戦で疲弊したバルカを各国協調の上打ち倒し、領地を分割しようという取り決めです。

 バルカ分割を前提とした非情さではありますが、多くの国を巻き込んだより大きな戦を起こさないためには必要な措置かと思われます。

 抜け駆けすると各国を敵に回した上取り分を減らされるので、いかにバルカが窮状を訴えようと、どの国も動かないでしょう。


 ……内戦は間違いなく長引きます。

 ただでさえ天候不順で農産物収穫量の減少が予想されるバルカは、餓死者が出るほど悲惨なことになるでしょう。

 痛ましいことです。

 

「どうした、ワラベ」

「クライド様」

「バルカのことでも考えていたか?」

「はい」


 ユークラッカ帝国がいかに大国でバルカ内戦を終息させる力を持っていようとも、何もしないでしょう。

 メリットがないからです。


「僕の新公爵領は、どうやら内戦終了後我が国に編入される旧バルカ領に置かれるらしい」

「まあ、大変ですね」

「領地がほんの少しの、名前だけの公爵になるかもしれなかったんだ。やりがいがあるよ」

「微力ながらお手伝いいたします」

「いや、ワラベの力が最大限に見積もられていると思うんだ」


 バルカ王国が存在する限りは、私の身分を明らかにすることはできないと思われます。

 バルカで私はほぼ犯罪者扱いでしょうから。

 国際関係には配慮も必要ですのでね。


 しかし滅びたならば話は別です。

 過去のものとなるバルカにも、私の支持者がいないことはないでしょう。

 北の国ユークラッカにとって新領の農業生産力は、大変期待されているに違いありません。

 私も微力ながら働かなくては。


「ちょっと面白いことに、バルカ内戦で反王家派は、アンバー・フェイルオハラ侯爵令嬢が王家の悪政の被害者だという糾弾をしているんだ」

「そうなのですか?」

「ああ。少なくともバルカの半分で、君の名誉は急速に回復されつつある」


 だったら私の名で有力者を集めることができるかもしれないですね。

 『ザシキワラシ』の恩恵もあります。

 私は力になれる!


「そして重大な発表がある」

「何でしょう?」

「ウォーレン第一王子殿下が戦死した」


 何となくそんな気がしていました。

 どことなくクライド様の表情が硬かったですから。

 これで王家側の敗退は決定ですか。

 実家フェイルオハラ侯爵家もこれでは……いえ、考えますまい。


「退却する反王家軍に釣り出されて突出し、伏兵との挟み撃ちに遭ったそうだ」

「御立派な最期でございましたね」

「立派? 匹夫の勇だぞ?」

「いえ、自らの死をもって内戦の終わりを早めたことが。苦しむ者が減りましょう」


 目を見張るクライド様。


「……君は思ったよりシビアだな」

「こういう私はお嫌いですか?」

「いや、好きだ。頼りになる」


 笑顔を見せるクライド様。

 ああ、魅力的ですね。


「反王家軍の貴族達はバルカ分割に合意しているんだ。旧領安堵、場合によって若干加増の条件でな。中立の貴族どもがどう動くかわからんが……」

「帝国領に編入される旧バルカ領の中立貴族の説得には、私が使者となりましょう」

「うむ、その言や善し。頼むぞ」

「お任せを」


 内戦が終わったのにゴタゴタが残るとよろしくないですからね。

 苦しむのは民なのです。

 バルカに思い入れを持つ貴族も多いでしょうが、言い聞かせないと。


「ワラベ」

「あ……」


 クライド様に抱きしめられます。

 強く、それでいて優しい力です。


「僕は君が愛おしい。君を追い出したバルカを許せそうにないのだ」

「クライド様……」

「バルカ旧領では、君はアンバー・フェイルオハラを名乗ることになるのだろう?」

「はい。少しでも影響力を発揮しませんと、クライド様のお手伝いができませんので」

「君を苦しめたその名はいらない」

「クライド様……」


 私のことを思ってくださいます。

 クライド様はお優しい。

 ですが……。


「……統治者として民を安んじることを見失ってはいけませんよ」

「わかっている。しかし僕には君のことをずっとワラベと呼ぶことを許してくれ」

「……はい」


 ワラベ。

 ノストラさんがおそらく私の恩恵の名称『ザシキワラシ』をもじってつけた名前。

 たかだか数ヶ月呼ばれているだけのその名は、不思議と我が身に馴染んでいます。


 将来再び世人が私のことをアンバーと呼ぼうとも。

 クライド様がワラベと呼んでくださる。

 私の真の名は、あなたのものであればいいのです。

「邪魔するよ」 

「ノストラ大叔母上。今回はどこに行っていたんだ? 海の方としか聞いてなかったが」

「フラル自治共和国だよ。残念ながら特に収穫はなかったが」


 ノストラさんは単なる旅好きです。

 バルカでワラベを見出したのは偶然。


 最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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主人公とノストラおばさんは良いけど、クライドはなんかあんまり好きになれないなー ウォーレン(と言うかバルカでの関係者全員)は問題外だがw
ふるねーむはノストラ・ダムスだったりするのだろうか
座敷童子が家に付いているんじゃなくて、恩恵の名前で本人なのが新鮮でした。 しかし、「ワラベ」と「ワラシ」と出て来たせいで、主人公のイメージが黒髪おかっぱになってしまいました。 名前の持つイメージってす…
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