しっぽを9本返したら、美形な青年狐に襲われました?
あの夢を見たのは、これで9回目だった。
一抱えもある、純白の毛皮を両手で持ち、跪く相手に渡す。
相手は恭しく毛皮を受け取り……、けれど決して顔を上げない。
がっしりとした体格、広い肩幅から、男性であることは間違いない。
何度か渡すうち、それがしっぽだと気づいた。
だって毛皮を受け取る相手の背中に、1本ずつしっぽが増えていったから。
よくよく見ると、彼の頭部にはモフモフの三角耳がある。
(狐では……?!)
渡すたびに、私は別人になっていた。
ある時は麗しい姫君。
ある時は妖艶な踊り子。
ある時は元気な幼女。
ある時は華奢な少年。
とにかく毎回、違う姿をしている。
そして今朝の夢では。
平凡な村の薬師。
今の自分の姿、そのままだった。
(今回はなにか、いつもと違ったわね)
そう。しっぽを渡し終えた後、彼が顔を上げた──気がした。
簡素な寝床から身体を起こす。
甕の水をすくって、口を漱ぎ、顔を洗った。
ささやかな食事を終えると、道具と籠を取る。
「さあ、今日も頑張りますか」
気合いを入れて、小屋の外に出た。
冬が来る前に、薬草をありったけ集めておかないと。
(けど、この道っ、枝と草でいつも通りにくいのよね……!)
山の中で難航している時だった。
「公主様ぁぁ!」
底抜けに明るい声と聞き慣れない呼び名の直後、ポンと背中に何かが飛び乗ってきた!
「きゃあああっ」
慌てて振り返ると、
「驚かせちゃいました? すみません。嬉しくて」
恐縮した体で、軽やかに狐が背から降りる。
「き、狐! しゃ、喋った!」
大きな金色の瞳に、艶の良い真っ白な毛並み。
(この子、この目、夢で見た)
「夢の中の美青年んんんん?」
「あ、はい、そうです。こちらの姿のほうが、良かったですか?」
さくっと"美青年"を肯定して、狐が人型に姿を変えた。
「えええええ?!」
「それにしても狐とは酷いですね。九尾という名があるのですが」
拗ねたように、青年が眉根を寄せる。
「あっ、でも公主様にはご記憶がないんですよね。いつもいつも転生のたび、僕のことを忘れてらしてて。寂しいな」
うるっ、と目を潤ませてくるけど。
待って待って待って。
「いま転生って言った?」
「言いました。公主様には九回目のご転生、おめでとうございます──! そして僕には、九本のしっぽ返還おめでとぉぉぉ──」
(あああ、どうしよう。美形狐の興奮ぶりについてけない。ついでに話も全然見えない。あと顔に似合わず態度が軽い!)
「ごめんなさい。いまあなたが言った通り、私は何も覚えてなくて。あなたと私の関係含めて、説明して貰えると嬉しいんだけど……」
「あっ、はい。実は僕、昔暴れまわっていたら、公主様にすっごい叱られて。力の源であるしっぽを奪われ、封印されてたんです。"良い行いをしたら返してあげる"って言われて。公主様が転生なさるたび、許されること9回。ようやく今朝、最後の一本が揃いました」
機嫌良さそうに相手は笑ってるけど。
全身の血が、足まで落ちた気がした。
(この人を封じた相手が、過去の私? やばくない? つまり、封印してた相手の力が、完全に戻ったという意味なのでは?)
"暴れまわっていた"と言っていた。
すなわち、危険。
私はしがない村の薬師で、何の力もない。
彼のいう"公主様"がどんな力を持っていたのかわからないけれど、もし妖狐が復讐を考えてたら、抵抗も出来ないまま、やられちゃう。
「そう、なのね…?」
自然、身体が逃げるように一歩下がった。
そんな私に、九尾はにこやかなまま、一歩詰め寄る。
「何なさってたんですか?」
「薬草を、集めてました」
反射的に、ぎこちなく返事をすると。
「なぜ敬語なんです?」
クスクスと笑いながら青年、九尾が片手を上げた。
(ひゃあっ)
ザアアアアッ!
背後で大きな風が舞い、振り向いた時には。
各種薬草が、山のように積みあがっていた。
「こういうの、集めてたんですよね?」
「えっ、あ、そうですけど、え、なんで?」
薬草と九尾を交互に見比べる。
「良いことをしたら、人間に喜ばれてるって学んだんです。特に公主様の笑顔が見れた日には、僕も幸せですから」
彼はそう言うと、続けざまに両手を広げ、呪文らしきものを唱える。
「この辺り、危険な獣も出るようですね? 公主様には近づけないようにしておきました」
彼を信じていいのかわからない。
だけど手伝って貰ったなら、まずはお礼?
「ありがとう……ございます……?」
「どういたしまして。でも公主様が他人行儀なの、すごく切ないです」
九尾が目を伏せて呟いた。
「あんなに深い仲だったのに」
「えっ」
「公主様が五度目の転生の時におっしゃったんですよ? 次に女性として生まれたら、僕のこと伴侶にしてくれるって」
「えええっ」
し、知らない。全然覚えてない。
「でも公主様ときたら、いつも何も覚えてなくて」
(ですよね?)
「僕は毎回、遣る瀬なさでいっぱいでした」
くぅ──ん、と悲しい鳴き声が聞こえて来そうなほど九尾が肩を落とすと、彼の後ろで9本のしっぽが項垂れた。
ああっ、耳が。三角のお耳まで、力なく伏せているっ。
「す、すみません……」
過去の私、なんて約束をしたの!
記憶がないのは仕方ないことだとはいえ、罪悪感がザクザクと良心を刺す。
(……伴侶……)
急に目の前の逞しい青年を、意識した。
衣からのぞく、熱い胸板、太く力強い腕。しなやかな筋肉と、男らしく浮き出た筋が、凛々しくて……。
トクトクと心臓が騒ぎ出す。
(や、ダメよ。妖狐の口車かもしんない。私を油断させて、近づいて、それで──)
「今日の作業は終りですよね? なら、僕を公主様のうちに招いてください」
「!?」
(まさかそれが目的で、薬草集めを手伝ったの?)
「昔ばなしをしましょう、公主様。まずは僕たちの馴初めから……」
じっと見つめられた。
形の良い目の、熱を持った眼差し。
(くっ、この人、顔が良すぎる)
しかも精悍で、好みど真ん中だ。
(しっかり私。見知らぬ男性を家に入れるなんて、とんでもないわ)
「ええとね? うちと言っても、粗末な小屋なの。案内出来るような場所じゃないから、その、ご遠慮いただいて、また後日……。いいえ、今世もこのまま別れて……」
「あっ、お部屋が狭いのですか? 承知しました! 小屋は豪邸に改築させていただきます」
「?! 改築不要よ?? それにそもそも何で、私のことを"公主様"って呼んでるの?」
「ええぇ。"公主様"は"公主様"なのに。じゃあそこもお話しますね。その前に、現在のお名前を教えてください。僕は名乗ったし」
「ええっ? わ、私は……」
こうして。
狐の青年に押しかけられた私が、日々熱烈なアピールを浴びて、遠い過去世を思い出したことも。
その上さらに、彼との距離が近づいていったことなんかも。
機会があれば語りたいと思う。
けど。
(絆されて押し倒されたなんて恥ずかしいし、流れで夫婦になっちゃったことなんて、照れくさいよ~~。旦那の柔らかな毛皮を毎日吸ってるなんて、到底言えないわ)
うん。やっぱり永久に、語れないかもしれないから。
私たちはその後幸せに暮らしたとだけ、伝えて。
「めでたし、めでたし」で、閉じさせて貰っちゃうけど、許してね?
おしまい。
お読みいただき、有難うございました!
こちら「ひだまり童話館」参加作品なのですが、童話っぽくなくてすみません!
さらに別サイトの書き出し固定というお題にも参加していて、兼用お許しくださいーっ。
「ひだまり童話館」様が10周年という特別記念で、1か月間開催されていたのですが、気がつけば締切りまであと数日。
とにかく何か参加したい一心で、こんなカタチを取らせていただきました。
九尾の狐は別のお話でも書いたけど、好きなんです。9と言えば狐というくらい(笑)
慌てて書いたお話ですが、楽しんでいただけましたら幸いです♪ヾ(*´∀`*)ノ
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なお、九尾は幼い頃、天界の公主に拾われた妖狐で、姫の護衛として尽くしてたんだけど、有事の際、彼女を守り切ることが出来ず。消滅する姫に、命として9本の尾を自ら捧げた設定です。彼が言う「暴れてた」「奪われた」という話は、正直な過去を姫に言えなかったみたいで。
なぜなら姫は消滅を免れたものの天界人としての力を失い、人界に転生。九尾はすごく自分を責め、地上に彼女を追いかけます。
でも人間になった姫が転生のたび、あたたかな感謝と共に1尾ずつ九尾に尾を返した結果、深い後悔にとらわれていた九尾も、ついに自分自身を許せるようになりまして。
積もりに積もりった一途な想いを爆発させた──のが、今回の大胆行動でした。数回の転生で、姫には軽いノリで近づいた方が相手が気負わないと学んだようです。が、攻める時には真面目に口説き落としてきそうなので、手強そう!
裏設定、失礼しました(∀`*ゞ)テヘッ
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改めまして「ひだまり童話館」様、10周年おめでとうございます。10年て凄すぎる。
今後もますますのご発展、応援しております!! ずっと続きますように♪