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07

 薄暗い部屋の中、月音はサモエドの柔らかい毛を撫でながら、疲れた顔でぼんやりしていた。


「もう、どうなっちゃうんだろ、これから……」


 ため息混じりの呟きがこぼれる。

 罪食みの少女、罪を持つ人間が動物になる世界、胡散臭い男エルスト、同じ転生者らしいハルキ。昨日までただ会社で仕事をこなしていた月音には縁のない、あまりにもファンタジー世界すぎる。

 せめてこのサモエドだけは癒しだった。

 しかし、このサモエドはなぜ私の部屋に来たがったんだろう。メスなのだろうか。

 そんなことを考えながら月音の指が耳を撫でると、サモエドが気持ちよさそうに目を細める。この犬も元人間……と思うと、もしオスだったら、なんかイヤだな。


「はあ、そんなこと考えてる場合かもわかんないけど……」


 月音の考えを知ってか知らずか、「ばうっ!」とサモエドが小さく吠えた。部屋の中は穏やかだった。


 だが、その平穏は一瞬で破られる。


「……何?」


 窓の外に奇妙な動きがあった。月音が目を凝らすと、黒い影がスッと横切るのが見えた。それは人間のような形をしているが、異様にぼんやりと輪郭が滲んでいた。


 その影が、一瞬のうちに窓を破り、部屋の中へ侵入してきた。

 バリン、と窓ガラスが大きな音を立てて割れ、室内にガラス片が散らばる。


「ちょ、何!? なんなの!?」


 月音は驚いて後ずさる。影は揺れるように形を変えながら、真っ直ぐに月音へと迫ってきた。


「バウッ!ウウウウ……!!」


 サモエドが月音の前に立ちはだかり、低く唸り声を上げる。

 その瞬間、影が一気に動き、サモエドに向かって腕のようなものを伸ばした。サモエドが鋭い動きでそれをかわしながら、影の腕に噛みついたかと思うと――


「あっ!」


 叫ぶ間もなく、影はサモエドを力強く抱え込み、そのまま窓の外へと飛び去った。

 影が一気に窓から飛び去るとき、サモエドの悲痛な遠吠えが夜空に響いた。

 月音は窓際に駆け寄るが、影の姿は既に夜空に溶けていた。


「犬……!」


 月音は窓枠にしがみつくように手を伸ばしたが、影はすでに夜闇に溶け込んでいた。声を震わせながら、力なく窓枠を叩くしかできなかった。

 その時、部屋の扉が勢いよく開け放たれた。


「月音、大丈夫か!」ハルキが駆け込む。

「何があったんだ?」エルストも冷静な声で問いかけてくる。


 月音は振り返り、震える声で説明した。


「あの、サモエドが……あの黒い影に……」


 エルストが窓際に歩み寄り、外をじっと見つめた。その目はいつも通り冷静だったが、どこか険しさが感じられる。


「……厄介な連中だ」


「厄介な連中?」


 月音が問い詰めるが、エルストは答えず、窓の外へと身を乗り出す。


「僕がサモエドを助けてくる。君たちはここで待機していてくれ。」


 そう言って飛び出そうとするエルストを、ハルキが慌てて引き止めた。


「おいおい、勝手に一人で行くつもりかよ! 俺も行く!」


「僕一人で十分だ。これは――」


 エルストが言いかけた瞬間、月音も勢いよく声を上げた。


「待って、私も行く!こんなところで、知らない世界で一人で待ってるより、一緒に行かせて」


「いや、君たちは戦えないだろう。危険な――」


「だからこそ行くのよ!」


 月音がエルストの言葉を遮る。


「また何か変なのが襲ってきたらどうするのよ!?!?」


 エルストは一瞬困惑したように口を閉じたが、すぐに溜め息をついて折れた。


「分かった。だが僕の指示に従ってくれ。

 ……君たちが危険に晒されることだけは避けたい」


「了解! よし、行こう!」


 ハルキが笑顔で拳を握る。

 月音も決意に満ちた顔で頷く。エルストが窓の外を見据えながら小さく呟いた。


「……面倒なことにならなければいいが」


 そうつぶやいたときにエルストの表情が、やけに苦々しげだった。

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