異世界美少女エリス<笑いの種の魔法>
山田隆史は平凡な男だった。都内の営業会社で働き、生活は可もなく不可もない。だが、ひとつだけ問題があった。社内の人間関係だ。
同期の村田という男は、口がうまく、上司に気に入られていた。その一方で、隆史を影で笑いものにしていた。あるとき、村田が言い放った一言が忘れられなかった。
「山田ってさ、面白くないよな。いる意味ある?」
それからというもの、隆史は自分の存在価値に疑問を感じるようになった。鬱々とした気持ちを抱えていた彼は、ある晩、ふらりと立ち寄った公園で不思議な光景を目にした。
ベンチに腰かける謎の美少女。淡い銀髪に深い碧眼、どこか異世界じみた雰囲気を漂わせている。その少女――エリスは、隆史を見るなり、微笑みかけた。
「ねえ、笑われるのと笑わせるの、どちらが好き?」
突拍子もない質問に戸惑いながらも、隆史は言葉を返した。
「そりゃあ、笑わせるほうがいいよ。人にバカにされるのはもううんざりだ」
エリスは満足そうに頷くと、小さな種のようなものを差し出した。
「これが『笑いの種』よ。使い方は簡単。この種を飲み込めば、何を言っても、相手を笑わせられるようになるわ」
最初は、エリスの話を半信半疑で聞いていた隆史だったが、言われた通り種を飲み込んでみた。その瞬間、何かが体の中で弾けるような感覚がした。
翌日、試しに会社で村田に軽いジョークを言ってみた。
「村田、最近営業資料を集めるのが早いけど、まさか資料にも営業してるのか?」
普通なら微妙に滑りそうな冗談だったが、村田は突然吹き出し、大声で笑い始めた。ほかの同僚たちもつられて笑い出す。
「なんだよそれ! 山田、お前、そんな面白いやつだったのか?」
隆史は驚いたが、同時に胸が高鳴った。「笑いの種」は本物だったのだ。それから、彼の職場での立場は一変した。人々は隆史の周りに集まり、彼の話に耳を傾けた。
しばらくは楽しい日々だった。しかし、隆史の中に次第に別の感情が芽生え始めた。
「あいつをただ笑わせるだけじゃ、足りない。もっと…もっと俺の痛みをわからせたい」
その思いは村田への仕返しに向かった。ある日、社内の飲み会で、隆史は村田の秘密を暴露する冗談を口にした。
「村田、お前、実は毎朝鏡の前で上司に褒められる練習してるんだろ?」
笑い声が広がる中、村田の顔は真っ赤になった。周りの人々は彼をからかい始めた。それを見た隆史は、自分の中に湧き上がる快感を感じた。
だが、隆史は「笑いの種」の力を使いすぎた。冗談がエスカレートし、次第に職場の人間関係は壊れていった。村田は退職に追い込まれ、ほかの同僚たちも隆史を避けるようになった。
そして、ある日、隆史自身が上司から呼び出された。
「山田、お前のせいでチームの雰囲気が悪くなってる。責任を取れ」
その場で解雇を言い渡された隆史は、すべてを失った。
失意の中、公園に戻ると、エリスが待っていた。彼女は隆史を見て、微笑みを浮かべた。
「どうだった? 楽しかった?」
「…お前、なんでこんなことをしたんだ?」
隆史が詰め寄ると、エリスは肩をすくめた。
「笑いって、人を幸せにすることもあれば、壊すこともある。あなたにどちらの使い方をするか、選ばせただけよ」
エリスが指を鳴らすと、隆史の体から何かが抜け落ちるような感覚がした。同時に、周囲の空気が変わった。
「もう一度やり直すチャンスをあげる。でも、次に間違ったら、本当にすべてを失うわ」
気づけば、隆史は自宅のベッドに横たわっていた。職場も、村田も、すべて元通りになっていた。「笑いの種」の力は消えたが、彼はそれを失ってほっとしている自分に気づいた。
それ以来、隆史は控えめに笑いを取るようになった。必要以上に人を傷つけることはせず、笑いの持つ力を慎重に扱うよう心がけた。
人生には、笑いだけでは解決できない問題もある。だが、心からの笑いは、人と人とをつなぐ力を持っている。
そう、彼は学んだのだ。