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4.兼鉄仙斗

「おつかれー。」

門を出て見えなくなるまでさくらを見送る仙斗は、果たして何を想うのか。

仙斗を包むように囲うつつじだけが、雄弁に赤く咲きほこり白いつつじを駆逐しつつあった。


軽四に乗り込みコンビニで晩御飯を買って帰宅する。

いつも聞く音楽は耳に届かず、昨日買った弁当と同じ弁当を買った事にすら気づいていない。

夕闇の帰宅ラッシュの中、漫然とした運転で事故を起こさなかったのは、単なる幸運でしかなかった。


海沿いの市民会館を出て北へ向かうとJRの駅があり、さらに北上して行く。仙斗の家は山の麓だ。

平地部が少なく山麓部は何かしら海が望める地域ではあるが、林野部分の空き地に海を嫌うかのようにその家は建てられていた。

助手席に弁当を乗せ10分程走らせる。

山道に入りすぐ脇道に逸れるとすぐに家だ。


敷地面積200坪をぐるりと囲む塀は2m以上あり、塀の上には侵入防止の鉄柵が張り巡らされている。

さらには塀の中に埋まるように車庫と玄関が並べて作られている。

大きめの車庫のシャッターに比べ、ずいぶんと控えめな玄関は人の出入りの少なさを推察させる。

だがしかしその威容は所有者の資金力と性格を如実に示していた。


車庫前に着くと車内のセンサーに反応して自動でシャッターが上がっていく。

車を止めシャッターを降ろす。

完全にシャッターが降りようやく開錠される内側のドアを開けると大きい庭の先に家がある。


家を囲むように全面砕石がひかれている。

庭には1本の大きな桜の木が植っており、その横には10坪程の畑のような土のエリアがある。

砕石の海に不似合いなこのエリアは、桂樹が昔の彼女にハーブを栽培したいからとお願いされ、わざわざ深さ1m程土を入れ替え作ったらしい。

その彼女は仙斗が懐く間もなく捨てられた、と同時にそこもそのまま放置されていた。

今では砕石の海に浮かぶ浮島に桜が生えているような感じだ。

もっと細かい砂利で波紋模様でも作れば風情ある枯山水になるだろうに。

建物自体は通常の一軒家の5割増し程度であるが、実は地下にも部屋がある。

車庫から家へとジャリジャリと耳障りな音を立てて歩くと、左右からセンサーライトに照らされる。

位置センサーにより歩いてる場所に向けてカメラも向きを変える。

録画も開始されているであろう。

全力で侵入者を誰何する状況は、例え身内であってもいい気はしない。

仙斗が引き取られて初めてこの家に来た時には、桂樹のこの行き過ぎた防衛意識に違和感を持ったが、違法な貸金業の実態を知るにつれ納得できるようになった。

「ただいま。」

誰もいない玄関の電気をつけながら、独り言のように覇気なくつぶやく。

入って正面に階段があり右手には風呂場とトイレ、左手にはリビングとキッチンがある。

階段を登れば左右に部屋があり右手が仙斗の部屋だ。

左手は桂樹の部屋に見せかけているがこれはダミー。

もちろんベッド等家具類は全て揃っていてそうとは分からない。


階段横に階段下物置にみせた扉がある。そこを開けても何の荷物も入っていない。

ただ奥にある床下収納庫のような床板の引き手を引くと階段が現れる。

それを降りると地下室の鉄扉がある。鉄扉だけでなく床板の扉も内側からも外側からも鍵がかかる。

地下室にはバス、トイレにミニキッチンまである。

独自にガス、水道、電気もある上に全てが断絶しても大陽光に自家発電、雨水再利用システム。

更には1年分の水と乾燥食料完備と桂樹が言うには核爆弾が落ちても1年耐えるシェルターだそうだ。


日頃桂樹はその部屋に住んでいる。

用がある時は階段下の扉を開ければセンサーが反応し、地下室内のカメラに誰が扉を開けたか映るようになっている。


桂樹はこの時間はいない。

違法バカラ店で煙草をふかしているのだろう。

桂樹はギャンブルに興味はない。

熱くなって全財産突っ込んだヤツに貸し付けているのだ。


次はこれが鉄板だから間違いないと借りにくる。

勝てば喜んで返しにくる。この場合無利子だ。

だが勝つと調子に乗ってそのまま続けるもんだから、結果大半がすっからかんになって帰ることになる。


翌日に返済するならば1割増しだ。

カラス金と言うらしい。

カラスがカァと鳴けば1割追加、翌々日なら2割増しということが語源。と桂樹は笑っていた。


バカラ店のオーナーに出資する際にこれを条件にしたのだが、バカラ店自体が金を貸すと客を嵌め込んでいるように見られるのでウィンウィンの関係であった。

そこそこ裕福な客も多く家まで取りに帰ってまでという客にはもってこいのシステムだ。


桂樹にとってはパチンコ屋の前でカラス貸しをするより、格段に利益は上がるようになった。

最近では桂樹が電話でバカラ屋に「立て替えて」お金を渡してもらうことで必ずしも店にいる必要はなく、近所の飲み屋街で飲み歩くこともよくあった。


仙斗は桂樹の酔ってクドくてダルい説教をくらう前に、いつでも寝たフリできるよう色々済ませなければと部屋で服を脱ぎながら窓の外を見る。

その目に大きな桜が目に入る。

「桜…さくら…。」

さくらを支えたいと同時にさくらという存在の一部になりたい。仙斗の想いは強くなっていく。


ふと見ると机の上に置き手紙があった。

"誕生日おめでとう。帰ったら話がある。11時頃帰る。"

仙斗はげんなりしてリビングでコンビニ弁当を広げ、桂樹の帰りを待つことにした。


桂樹は時間通りに帰ってきた。

コーヒーを飲みながらテレビを見ている仙斗を横目に冷蔵庫から氷と炭酸を出しソファに座る。

そしてソファ横のボトル置きからデュワーズの12年物を取り出してテーブルに置く。


さらにグラスを探しながら仙斗を振り向く。

「お前も飲むか?」

仙斗は持っているコーヒーカップを10cm程引き上げ、これでいいとアピールする。

桂樹はグラスを一つ出しハイボールを作り出した。

バカラグラスに氷が当たる澄んだ音が響く。

「話って何?」

仙斗はテレビを消して切り出した。


マドラーでハイボールをひと回ししながら、桂樹は言った。

「もうそろそろいいんじゃないか?」

仙斗は薄々感づいていた。

そもそも桂樹は貸金業の補佐をさせるために、仙斗を大学の法学部に行かせたのだ。

卒業と同時に手伝わせたかったが、仙斗が卒業後すぐなんて右も左も分からないし迷惑をかける。せめて社会に出て一般社会常識を身につけてからにしたいと抵抗したので、それも一理あると好きなようにさせていたのだ。

「ああ分かってる。」

仙斗にはそれ以外に応えようがない。

これまで育ててもらってる恩もある上に、桂樹が酔っ払う度に遠回しに早く手伝って欲しいと言ってたのだから。


桂樹は仙斗が乗り気でないのを見て、ハイボールを一気に半分飲み一息ついて続ける。

「道具係のチーフやってんならそれなりに一般社会常識も身についたろう。なにも今日明日に辞めろというわけじゃない。この1年以内で部下に引き継いで綺麗に引退なら問題ないだろう?」

仙斗は桂樹からこれ以上の譲歩は引き出せないと理解した。

「分かったよ。そうする。」


2杯目を作っている桂樹にそれ以上言わせずソファを立ち背を向けたまま聞く。

「1年以内ならタイミングは俺次第でいいんだな?」

「ああ。好きにしろ。」

桂樹の返事とリビングのドアが静かに閉まるのはほぼ同時であった。

仙斗は部屋に戻りベッドに寝転がった。

「1年かぁ。」

いつかこの日が来るとは思っていたし、ぬるま湯的な生活は気に入りつつも、その日までのお遊び感覚だったのでいつ辞めても良かった。


生誕祝いまでは。


さくらと離れ離れになる。その現実がさくらへの想いに焦燥感という名の燃料を投下するのだった。


さくらが過ぎるとつつじの時期ですね。

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