1.サンドリヨン
海沿いの街にて
同じアルバイトのさくら、葉一、仙斗が繰り広げる物語
シンデレラに出てくる魔法使いがシンデレラのことを大好きな男の子だったら?
その物語はどうなるのでしょうか
「次、上手袖から出てセンター板付」
スポットライトのチーフである四谷葉一は後輩の音切爽太に指示していた。
ほんのりと潮の匂いの漂う市民会館、市民といっても人口40万に近い地方の中堅市であり、その市民会館の大ホールともなれば3階席まであるような大型のものである。
葉一の仕事は舞台照明係の中堅、スポットライトを操る3人の部下に対して、いつ誰にスポットを当てるかを指示していく役割だ。
今日は、地元の演劇団のリハーサルであり照明スタッフとして勤務している。
「昨日のリハでは下手袖から出てセンター板付でしたけど?」
爽太からインカム越しに怪訝そうな声が返ってくる。
「大王だよ。」演劇団の舞台監督のことだ。
「とりあえず板に付いてからセリフだから当てるのは喋り出しでいいよ」
「あー『気まぐれ大王』っスか。この間も下手袖にどっかり居座って舞台横が渋滞してました。」
爽太の愚痴は続く。
「ほんとあの人舞台の中しか考えてないですね。多分自分が下手の袖中に居るから、横を通る役者に俺偉いんだぞアピールしてるんですよ。だいたい監督なら普通は客席から指示するのに、客席から見るの最終リハ手前ぐらいからじゃないですか。」
道具係チーフ兼鉄仙斗の声がインカムに割って入る。
「お前ら道具のインカムスピーカーが下手袖中なの忘れてないか?丸聞こえだぞ。」
脳裏に神経質にひきつった監督の顔が浮かんだ葉一はつぶやいた。
「・・・最悪。」
インカムからは押し殺した笑い声の後、音響の山吹さくらの反論が聞こえた。
「監督はより良い舞台を目指してるだけだから仕方ないわ。」
1時間後、葉一と爽太は直立不動で監督の前に立っていた。
「私は1秒でも舞台や役者が輝くように常に考えより良く変更している。それを何だ君達は。裏方も一体になって良いものを作り出すという義務を理解してないのか。少しはさくら君を見習いたまえ。だいたい…」
監督のマシンガンのような説教をくらい、すっかりげんなりした2人は裏方控室で他のスタッフに大笑いで迎えられていた。
裏方は主に道具・照明・音響の3部門で成り立っている。
正社員であるそれぞれのトップは個別に部屋を持っており、チーフ以下のアルバイトは会議室のような控室にまとめられ、壁際にそれぞれのチーフ用の机がある以外は中央の会議テーブルがその他バイトの共有座席となっている。。
各チーフの下には10人程度の学生バイトがいるが、毎回のシフトでは催し物の規模に応じて1〜3人が部下として勤務する。
基本的には管理業務が多く隙間の時間が多いため合間に勉強する事が許されていた。
それゆえに資格試験の受験生や卒論を抱えた者、とにかく働きたいけど時間が足りない大学生に人気の職種であった。
また、忙しい日は土日祝日であることから大学側にも好印象も持たれているため、大学生協の「おすすめアルバイト」として登録もされている。
葉一は23歳で司法試験受験組だが在学中に予備試験に合格し、一般枠での受験を目指しておりまさにこの仕事はうってつけだった。
2人が控室に入ると皆の大笑いの中、道具係チーフの仙斗がニヤケながら手をあげる。
「お!残業ご苦労様」
葉一は不貞腐れながら照明チーフ用の椅子に腰掛け「巻き添え事故感がすげぇ」と上を見上げた。
「いやいや上司の管理責任もあるっスよ」
爽太が悪びれもせず言い周りは爆笑に包まれる。
「音切君、君は今日の変更事項全部まとめるまで帰れません。」
葉一はガックリと沈む爽太を横目にさくらに話しかけた。
「初めに『気まぐれ大王』って名付けたのさくらだったよな。最後にインカムからこれ見よがしなおべっかが聞こえてきたんだが?」
さくらは少女の悪戯笑いのような笑みを浮かべながら答えた。
「踏み台にさせて頂きました。これでまたお昼休みにご飯ご馳走になれそう。」
音響係チーフの山吹さくらは葉一や仙斗と同い年。
彼女の母親はいわゆる毒親であって親子仲が悪かった。さくらが物心ついたころには既に父親とはおらず母からは離婚した以上のことは教えてもらえなかった。
母親は酒とパチンコに明け暮れ、さくらの高校時代のアルバイト収入のほとんどが学費と生活費に消えていった。
国民健康保険料も滞納されていたことから、さくらは病院に行くにも友達の保険証を借り偽名を使わなければならず、結果初めはいい顔して保険証を貸してくれていた友達にも段々距離をとられてしまい、高校3年になった頃には顔見知り程度の付き合いしかなくなってしまっていた。
そんな生活にほとほと嫌気がさしたさくらは、卒業間近の在学中に18歳になったことをいいことにひそかに同意書を偽造しアパートを借り母親と偽って保証人確認の電話を受け、高校卒業の日に家を飛び出しそのまま連絡を断った。
女優の夢を持つさくらにとって裏方の仕事は一石何鳥もの仕事だった。
片付け後の舞台で発声練習するも歌い踊るのも自由。
たまにチェック中の照明チームにスポットを当ててもらうと、それだけで女優になったような高揚感があった。
「あんなヤツにメシ奢ってもらうまでして節約する意味が分からんよ。」仙斗は呆れて言った。
仙斗は12歳の時に両親を事故で亡くした後、貸金業を営む亡父の唯一の弟である兼鉄桂樹に引き取られた。
金の亡者とも言える桂樹の信念は『金が無いのは首が無いのも同じ』といったもので、とても正規な金貸しとはいえない苛烈な取り立ては幼い仙斗に嫌悪感を抱かせた。
その上保護者としてなし崩しに両親の財産も全て桂樹にごまかされて取り込まれた。
結果、仙斗の信念は『金で買えないものこそ素晴らしい』となり当然に桂樹との仲は悪くなった。
だが「てめぇを法学部出るまで金出して養ってきたのは俺の役に立てるためだ。何するにせよ育ててもらった年数の恩義は返すべきだよな。」という桂樹の説教も一理あると考え貸金業法や民法・商法だけは学んだ。その他はかろうじてといったレベルだったが。
葉一と仙斗は大学時代からの付き合いだが金の世界から縁遠そうなバイトを見つけた葉一に仙斗が便乗した形だ。
といっても何かとお金が必要な演劇の世界を見てそれなりに嫌な部分もあったが、これといって打ち込む事の見つけられない仙斗にとっては、気持ちのいいぬるま湯のような日々であった。
「女の子はね。お金がかかるものなのよ。服もメイクもレッスンもタダじゃないんだから。」
新しいピンマイクの包装をときながらさくらは言う。
「どっかに『お金なんて要らないわ』って娘落ちてないかなー。」
仙斗の呟きに爽太も乗っかる。
「良いっスねー。貴方だけ居ればってね。」
「いいよなー。」
さくらは包装をとく手も止めず答える。
「髪ボサボサ肌も荒れてて服も残念。そんな子に魅力があるとでも?シャンプーも化粧水もいいやつは高いのよ。」
他の女子バイトもそーだそーだと味方する。
押され気味の仙斗達の姿を見てフフンとドヤ顔をするさくら。
葉一はそんなさくらに青年としては少し幼い恋心を抱えていたが、それを抑えて試験勉強に向かう自分に誇りのような、一方さくらに立ち向かえない逃げのような矛盾した思いを感じていた。
「そういえば・・・」さくらに味方をしてた音響係の後輩金田マリが言った。
「さくらさんシンデレラに憧れてるんですよね。そうとは思えない毒の吐きっぷりなんですが」と笑う。
「私の憧れは『シンデレラ』ではなくて『サンドリヨン』よ」手も止めずに言う。
葉一は不思議そうに頭を傾ける。
「違うの?ただのフランス語読みでは?チョコレートとショコラみたいな?」
仙斗が「おおなるほど。」と同意する。
手を止め振り返ったさくらが少し真面目そうに語り出した。
「確かに『シンデレラ』はフランスでは『サンドリヨン』っていうの。
『シンデレラ』では偶然靴が脱げる。
けれど『サンドリヨン』では王子が階段にとりもちを仕掛けて靴が脱げてしまう。
私は偶然なんかあてにしない。必然的な流れで当たり前に辿りつく『サンドリヨン』に憧れてるの。
でも私だったら先に両足脱いで帰るわ。」と笑う。
「先輩怖いです。」と引くマリをさくらはヘッドロックし「だまれ小娘!」とこめかみをグリグリしていた。
ボーッとさくらを眺めている仙斗に葉一は気がついた。
「どした?」
仙斗はボールペンを器用に回しながら答えた。
「魔女さんはさ。舞踏会に行きたい素直な娘を不憫に思って魔法をかけてやったんだろ?つまりはちょっと息抜きに楽しんでおいでって感じじゃん。
それを全力で王子様捕まえに行ってる姿ってどう映るんだろ?
魔女だから良かったものの若い魔法使いだったら?
いじらしいサンドリヨンに恋して願いを叶えてあげたいと思ったなら?」
葉一は応じた。
「『ありがとう魔法使いさん。とっても楽しかったわ。』って自分の元に帰ってきてほっぺにチューでもされたいよな。」
仙斗は続ける。
「自分の魔法によって自分の手の遠く離れた所に喜んで走っていく姿を見てもやはり嬉しいんだろうか?」
「器の小さい男達ね。」さくらはげんなりしながらまた包装を解きだす。
「かけた魔法与えたチャンスの責任は取って微笑んで見送るべきだわ。」
葉一と仙斗は顔を見合わせてうーんと腕組みする。
爽太とマリは「深いねー」とテーブルの真ん中に置いたお菓子を分け合っている。
この時が彼らの一番幸せな時期だったかも知れない。
初めて書いてみた作品です。
ご興味が湧きましたらよろしくお付き合い願います。
なるべくサクサク更新したいと考えてます。