騙される
絶望で胸が押しつぶされそうになったその時。
「茶番はそこまでだ、ロッド!」
ホールを震撼させるぐらいの大声が、響き渡る。
この声は……まさか………!
警備兵に囲まれた私は、ホールに入って来た人物の姿が見えない。
「わたしが目覚めないと踏んで、好き放題やってくれたようだが、それもこれまでだ。よくもわたしに呪いをかけてくれたな。王位を狙い、王太子であるわたしに呪いをかけるなど、言語道断。近衛騎士に命じる。極悪人のロッド・ブレッド・ダグラス第二王子を捕らえ、連行せよ」
この声はハロルド王太子!
でも呪い? 体調が悪いと聞いていたけど、まさかハロルドも呪いにかかっていたの……?
しかも、ロッドが王太子に呪いをかけていた!?
実の兄になんて恐ろしいことをと思うものの、邪魔な私を暗殺しようとしたぐらいだ。もはやロッドが何をしていようと、驚く必要はないのかもしれない。
「ハロルド王太子殿下、次はわたしがよろしいでしょうか?」
……! この声は……!
心臓が急激に高鳴る。
「無論だ。この茶番の幕引きは任せたぞ」
「ありがとうございます、ハロルド王太子殿下。そこにいる警備兵に、ハロルド王太子殿下の代わりに命じる。今すぐ、そこで猿芝居をしている男爵令嬢と、彼女を取り囲む令嬢達を捕らえ、連行せよ」
凛とした声に、取り巻き令嬢達から悲鳴が上がり、私の周囲の警備兵の体がビクッと震える。すぐに私のそばから、サラミス達の方へと警備兵が移動していく。ようやく視界が解放され、そこに見えたのは……。
え……?
ハロルドに代わり、サラミスと取り巻き令嬢達の連行を命じた男性。
それは私とサラミスに、ワインを運んだ給仕の男性だった。
声を聞いた時からバクバクしていた鼓動が、落ち着いて行く。
黒のテールコートを着て、黒髪に眼鏡をかけた碧眼の……。
待って、この碧眼は!
そう思った瞬間。
彼は被っていた黒髪のかつらをはずし、そして眼鏡をとった。
ブロンドのサラサラの前髪、空を写し取ったかのような碧い瞳、高い鼻、血色のいい唇と頬。彫像のように、微動だにしなかった顔に、凛々しい表情が浮かんでいる。
今度こそ間違いない。
ルシアス・クレメント。辺境伯の令息だ!
「ルシアス様、お目覚めになったのですね!」
「ええ、オルセン公爵令嬢のおかげで、ハロルド王太子殿下共々、呪いが解け、目覚めることができました」
ハロルドと共に、ロッドから呪いをかけられていたが、それは解け目覚めた。
二人の呪いを解いたのは、間違いなくマギアノスのポーション。
ということは、ミーシャが言っていた、ルシアスと同じ呪いにかかっていた人物は、王太子のことだったのね……!
周囲を輝かせるような笑顔のルシアスが、私の前とやってきた。そしてあの時のように、手を差し出す。デジャヴを覚え、肩に矢がないか、思わず確認してしまう。
「不思議なことに、いただいたポーションを飲んだところ、肩の傷も癒えていました。もうどこも、何ともありません。むしろ、以前より元気になったぐらいです」
安堵し、ルシアスの手を取ると、背中を支えられ、立ち上がることができた。
その手に力強さを感じ、彼が言う通り、すっかり元気になっていることを実感する。
良かった。
マギアノスのポーションが効いてくれて!
胸が熱くなったまさにその時、すぐそばで金切り声をあげるサラミスがいて、驚いてしまう。
さっきまでグッタリしていたのに、これはどういうことかしら……?
その答えは、ルシアスが教えてくれる。
「皆さん、ご覧の通りです。ジョーンズ男爵令嬢は、ロッド第二王子と共謀し、オルセン公爵令嬢を貶める計画を立てました。ワインに少量の毒を、仕込むことにしたのです。そしてオルセン公爵令嬢が毒を仕込んだと思わせるため、ジョーンズ男爵令嬢は、自作自演で毒入りワインを煽ることにしました。勿論、解毒薬は用意済みです」
これを聞いた貴族達は、衝撃で言葉が出ない。
私だって驚きだ。
いくら解毒薬を用意しているからといって、自ら毒を煽るなんて……!
「ですが、それを事前に察知した私は、二人に協力する給仕の男を捕らえ、この通り。わたし、クレメント辺境伯の嫡子であるルシアスが、その給仕になりすましました。そしてジョーンズ男爵令嬢が口にした赤ワインにも、オルセン公爵令嬢が持っていた白ワインにも、毒は入っていません」
これを聞いた貴族達からは、ざわめきが起きる。
目の前で見たサラミスが苦しみ、倒れる様子。
サラミスのあれは真に迫っていた。まさか演技だったなんて……。
私も含め、この場にいる招待客達が、完全に騙されていた。
「ルシアス、目覚めたようだな。心配をかけさせおって。ほれ、手土産だ!」
ドスの利いた声に驚いて振り向くと、ホールの入口には、ルシアスに、ダンディさとワイルドさを加え、さらにぐっと逞しくしたような男性がいる。金髪に碧眼、豪快な顎髭。シルバーの軍服に濃紺の毛皮のマントを身に着けているこの方は……クレメント辺境伯では!? その彼の後ろに続く騎士達も皆、立派な体躯で、見るからに歴戦の猛者。これは間違いなく、クレメント辺境伯だと確信できた。
そのクレメント辺境伯が、つまむようにしてホールの絨毯に転がしたのは……。
黒いローブを着た、ひょろっとした男性。顔面蒼白で、完全に怯えている。これはもしかすると、呪いをかけた、魔術師では!?
「これがうちのせがれだ。お前のせいで大迷惑をこうむった。詫びてもらおうか」
「申し訳ございませんでした!」
魔術師がルシアスに対してひれ伏した。
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本日、お昼に『悪役令嬢完璧回避プランのはずが色々設定が違ってきています』の大晦日新話更新を行います!
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お楽しみに☆彡