誕生舞踏会
ミーシャと話した翌日、私は父親に「気分転換をしたいので、王都のはずれにある別荘に行ってきます。数日滞在し、戻ろうと思いますが、いいでしょうか」と尋ね、遠出の許可をもらった。
ミーシャに書いてもらった地図を頼りに、馬車で行けるところまで行き、そこからは徒歩で、森の中を進んだ。そして遂に、マギアノスに辿り着く。さらに私は何かの対価をマギアノスに渡し、その対価で呪いを解くポーションを手に入れた。
マギアノスのところへ辿り着くのは、あんなに大変だったのに。帰りはまるで追い出されるように、十分も歩くと森の外へ出ていた。そこには私が乗って来た馬車が、まだそこにいる。驚いて御者に尋ねると「お嬢様が森へ入って、十分も経っていませんよ」と言われた。
これも……マギアノスの力なのかしら。
ともかくポーションを手に入れた私は、大急ぎで王都へ戻った。既に夜になっていたが、ルシアスが滞在している宿へ向かい、ポーションを飲ませた。
効果はすぐには出ないと言われている。呪いが解け、元気になったルシアスの姿を見ることができたらいいのに。でも私には時間がない。その日が迫っているから――何か焦燥感を覚えていた。
ともかくマギアノスは、私の対価がとても気に入ったのか、ポーションを二つくれていた。一つはルシアスに使い、もう一つはミーシャに渡している。というのもミーシャの知る人物に、ルシアスと同じ呪いがかけられていると、聞いていたからだ。同じ呪いなら、このポーションで解けるはずだと信じて。
これだけやると、やり切ったという気持ちになっている。
そしてその日は、すぐにやってきた。
婚約者であるロッドの誕生舞踏会だ。
シーズンに突入していたが、宮殿の舞踏会の回数は、例年より少なく、その規模も縮小されている。その理由は明かされていないが、父親から事情を聞いた私は理解している。公にはされていないが、王太子の具合が悪い。だから国王陛下が宮殿の舞踏会の回数を減らし、スケールダウンさせているのだと。
だがロッドの誕生舞踏会は……その流れに反するかのように、絢爛に飾り立てられたホールで行われた。
そのホールは天井が鏡になっており、それだけで異空間だった。そこに東方からこの日のために連れてきたという、エレファントや踊り子を登場させたのだ。もはやこれは舞踏会なのかという様相を呈している。
招かれた貴族達は驚き、でも大量に振る舞われるお酒に酔い、この奇抜な空間の中で、夢見心地になっているように見えた。
一方の私は、不思議なほど神経が研ぎ澄まされ、何かの時を待っている。
何を待っているのかは分からないが、何かを待っていた。
「オルセン公爵令嬢、何を浮かない顔をされているのですか? 今日は殿下の十九歳のお誕生日なのですよ! 笑顔で祝って差し上げないと、ダメですわ」
カナリア色のドレスを着たサラミスが、取り巻きの令嬢と共に、私のところへやって来た。首元と耳には、大ぶりのダイヤモンドのネックレスとイヤリング。それを見た私は、心臓がビクッと反応してしまう。
サラミスが身につけている宝石は、王族の宝物庫に飾られているはずの、宝飾品だ。特別な儀式や公務で、王族の女性だけが、身に着けることを許されている――はずなのに。それを王族の一員でもないサラミスが、つけている。これをつけることを、ロッドが許したというの?
私は、ロッドとは十二歳で婚約している。そこから王太子妃教育を受けながら、王室の行事にも、何度も参加していた。将来に備え、彼の婚約者という立場で。その時、彼は私にこう言った。
「まだユリアナは、正式な王族の一員ではない。だから宝物庫の宝石をつけるのは、ダメだよ」
特につけたいと尋ねたわけではない。それなのにそれを聞かされた時は、なんだか寂しく感じた記憶がある。そこで今さら気づくことになる。ロッドは、私との婚約を心から喜んでいなかったのでは?――と。だからこそこうもあっさり、心変わりをしたのではないかと。
「ねえ、乾杯しましょうよ、オルセン公爵令嬢!」
気分が沈む私に反し、ご機嫌のサラミスは、給仕をしている男性に声をかけた。すると眼鏡をかけた黒髪の男性が、すぐにやってくる。赤ワインと白ワイン、それぞれ一つずつがのせられたトレンチを、差し出す。