救治を求め
私の身代わりとなり、意識が戻らないルシアス。当日中に見舞いに行ったが、その姿はただ眠っているようにしか見えなかった。
地面に倒れたはずだが、その汚れは綺麗に落とされ、肌は透き通るように美しい。ブロンドのサラサラの前髪の下の、閉じられた瞼から伸びる睫毛は長く、高い鼻、形のいい唇と、まるで彫像のようだった。
彫像。
まさにその言葉通り。息はしているが目は開かず、あの凛とした声は、その口から発せられることはない。
彼は、クレメント辺境伯の跡継ぎとして、部下である騎士達から慕われ、父親からも期待され、家族からも愛されていた。そんな将来有望なルシアスが、私のせいで……。
領地であるノースフォークに、ルシアスのことを連れ帰る前に。王都にいるありとあらゆる医者や学者に、彼のことを見てもらうつもりだと、筆頭護衛騎士が教えてくれた。
私も力になりたい。そう思い、オルセン公爵家のお抱え医師や薬師を紹介したが……。
こういった暗殺で使われる毒は、即効性のあるものが多い。こんな風に眠ったようになり、目覚めないことは――珍しい。なんというか、ただの毒ではない気がした。
そこで私は見舞いを終え、屋敷に戻ると、占い師を呼んだ。
占星術やタロットカードなどによる占いは、貴族の間では重宝されていた。恋愛や人に言えない悩みを、占いを通じて解決しようとする――それはそう珍しいことではなかった。
応接室で私は、占い師のミーシャとローテーブルを挟み、向かい合わせで座っていた。
ローテーブルには、紫色の水晶玉が、置かれている。
「なるほど。ルシアスという令息を眠らせているのは、毒ではないと思いますよ、お嬢様」
ソファに浅く座ったミーシャはそう言うと、紫色の水晶玉に、自身の手をかざす。
紫色のフードのついたローブを着て、透けるようなピンク色のベールを顔につけたミーシャは、ただそれだけで、なんだか妖艶。そのミーシャの肉厚な唇が、声を出さずに動き出す。
フードからのぞく漆黒の長い髪が、水晶玉の横にあるロウソクの明かりを受け、揺らめいて見える。
「呪い……呪いがかけられたのだと思います。最近、同じような人物の様子を確認しましたが、同じ呪いでしょう」
「呪い……。呪いを解く方法は、あるのでしょうか?」
「ないわけではないですよ、お嬢様。でもそれは安易なことではないです。お嬢様は知っていますか? 子供の頃に読んだ物語。呪いをかけられたお姫様は、王子様のキスで呪いが解かれる。そんな感じで呪いを解く何かは、必ずあるはずなのです」
そうよ、物語ではいつも呪いが解かれ、みんなハッピーエンドになるわ!
「でもその呪いを解く方法が何であるのか。それはそう簡単には、分かりません。呪いをかけた本人に聞かないと、分からないことがほとんどです。物語のようには、うまくはいきません。よって呪い解くことは……難しいでしょうね」
ミーシャの言葉に、絶望的な気持ちになる。私のせいでルシアスは、呪いをかけられてしまった。そしてこのまま呪いは解かれることなく、眠り続けるしかないの……?
「お嬢様は、聞いたことがありますか。最果てに住む精霊使い。彼女は人智を超えた力で、不可能を可能に変えることができると言われています。彼女なら、呪いを解くためのポーションを、用意できるでしょう」
「ミーシャ。私はその最果てに住む精霊使いについて、何も知らなかったわ。教えてもらえる?」
こうしてミーシャは私に、最果てに住む精霊使いマギアノスについて、教えてくれた。
まず、彼女には必ずしも会えるわけではない。彼女が会うと認めた者としか、会うことができなかった。
さらにマギアノスから何かを得る時、お金や宝石と交換では、ダメだった。彼女が対価として認める、価値あるものを用意できなければ、何も手に入らない。価値ある何かを提供できなければ、呪いを解くためのポーションは、手に入らないのだ。
それを聞いた私は散々考え込み、あることを思いつく。思いついたそれについて話すと、ミーシャは「なるほど。それは確かにユニークで、唯一無二のものです。とはいえ、それを渡すことで、それに関わる何もかもを失いますよ。誰もが持ち得るものではないのに。いいのですか?」と問われた。
その時の私は「それで構わないの」と答えている。
一体、何を対価として私は、マギアノスに差し出したのか。それは覚えていなかった。
ただ、その時の私は、こう思っていた。
その日は迫っている。
だから行くなら、今すぐ行動するしかない。
必ずしも、マギアノスに辿り着けるわけではなかった。
例え無駄足になったとしても。
やらないで後悔するより、やってから後悔した方がいい――そう思っていた。