暗殺
地方領の男爵家のサラミスが王都へやってきたのは、つい半年前だった。宮殿で開催される舞踏会へ顔を出したサラミスは、どう見たって垢ぬけていない。着ているドレスの色もデザインも流行遅れ。
それは流行に敏感な王都のマダムと令嬢の、嘲笑の対象となった。
由緒正しき公爵家の令嬢として。この国の第二王子の婚約者として。その様子を見かねた私は、サラミスに声をかけた。社交界で、私を敵に回したいと思う者は、少ない。それは公爵家ということもあるが、王族の婚約者だからだ。ゆえに私が声をかけることで、サラミスは地方貴族の垢ぬけない令嬢というレッテルを、貼られずに済んだ。
見るに見かねて助けたものの、この後、社交界でどう生き抜いていくかは、サラミス次第だと思っていた。一度は助けたが、二度も助けるつもりはない。それに慣れあうつもりはなかった。だが、サラミスは私になつき、舞踏会は勿論、いずれかの貴族の屋敷で行われた晩餐会、オペラの観劇、演奏会などに姿を現しては、私に絡んできた。
その私のそばには、婚約者であるこの国の第二王子ロッドが、常にいる。婚約者なのだ。公の場や外出先で、彼が私といるのは、当然だった。そしてやたらと私に絡むサラミスのことを、ロッドは最初、珍しい動物を見るようにしていたが……。
気づけばロッドとサラミスは、恋仲になっていた。
この件でロッドと私は、何度となく喧嘩になる。ロッドは私との婚約を破棄したいと思うようになっていたが、そうはいかない。この婚約は王家とオルセン公爵家との間で結ばれたものであり、婚約を破棄するには明確な理由が必要。しかもそれは、相当な非があることではないと、認められない。
父親であるオルセン公爵は、清廉潔白に生きていた。賄賂が蔓延る貴族社会で、それを一切拒み続けたことで、王家からは一目置かれている。その結果、私も第二王子の婚約者に選ばれたぐらいだった。
ゆえにそう簡単に、婚約破棄となる理由が見つからない。
その結果、ロッドとサラミスは、とんでもないことを仕掛けてきたのだ。
それは……私の暗殺。
丁度、秋の狩猟シーズンだった。
スポーツの一環として、鹿狩りが行われることになった。毎年恒例の秋の狩猟会。ロッドも狩りを好んだ。よってそこには私も、同行することになった。彼の婚約者として。
グリーンのセットアップを着たロッドは、自身の栗毛の馬に、自分は乗らない。代わりにオレンジ色のドレスを着たサラミスのことを乗せ、自身は馬を引いていた。婚約者である私がいるというのに。
私は自分の愛馬である青毛に乗り、少し離れ、二人の後を追う形になった。馬には横乗りしているので、馬丁に引いてもらいながら。
ロッドは第二王子なので、護衛の騎士も連れているし、そのそばには貴族の令息も沢山いた。
「よし、あちらの方角に獲物を追い詰めたので、狩りに行きましょう」
ロッドの声を合図に、狩りをする者は皆、馬から降りた。そして弓を手に、犬を連れ、森の中へと入っていく。残されたのは、この場を警備する騎士や、サラミスや私のようなギャラリーだ。
この頃はもう、サラミスがロッドの寵愛を受けていることが、あからさまになっていた。でも貴族達は、見て見ぬふりだ。
オルセン公爵家は貴族として確固たる地位にあるものの、賄賂を好まないことで、周囲からは浮いている存在でもあった。毛嫌いする貴族もいる。ゆえに婚約者である私が、ロッドからないがしろにされているのを知ると……。人の不幸は蜜の味とばかりに、影で噂し、笑うばかり。
ロッドの婚約者として、私が彼から恭しく扱われていた時は、媚びていた貴族達。その多くが、今やその寵愛がサラミスに移ったと知ると、手の平を返したわけだ。いつ私とロッドの婚約が解消されるのか、それをワクワクと心待ちにしていた。
その結果、森の中で、サラミスの周りに令嬢やマダムが集まり、私のそばにはほとんど誰もいない。
父親に、オルセン公爵に泣きつくことも、一つの手だったとは思う。でもそれは、最後の最後だと思っていた。賄賂を拒んで生きてきたのだ。相当、叩かれたと思う。でも父親はそれに耐え、自身の地位を切り拓いてきたのだ。私もしっかり自分の力で、この状況を切り抜けなければならない。自分で何とかしなければならない。
なぜだか誰かに頼るのではなく、自分で対処しなければならないと思っていた。
そして事件は起きる。