エピローグ
マギアノスはなぜ対価を求め、ルシアスを巻き込んだのか。
その理由をルシアスはこう語った。
「もし対価を求めなければ、マギアノスになんでもかんでも叶えてもらおうと、人が押し寄せてしまうでしょう。最果てに住むのも、なかなかたどり着けないようにしているのも、対価を求めるのも。すべては人間の底なしの欲望を、抑えるためなのだと思います。よってオルセン公爵令嬢が、対価として申し出た記憶。マギアノスはきっちり、受け取ったのだと思いますよ」
このルシアスの考えには「なるほど!」と納得することになる。一定の距離をとりつつ、本当に助けが必要な人に、手を差し伸べる――それがマギアノスなのだろう。何よりもマギアノスの真意に気が付けたルシアスは……さすがだった。ノースフォークの地は、彼がいれば安泰ね。
「……ちなみにマギアノスは、かなり太っ腹なようで、ハロルド殿下には、あなたが見聞したロッド殿下の悪事を、夢として見せていたのです。ポーションを飲み、その効果が出るまでの夢の中で」
そうだったのね……! これを聞いて、私の中のマギアノスの評価は、ぐんぐん上がっている。なんてイイ人なのかしら、と。
「目覚めたハロルド殿下から連絡をもらい、そしてわたしと彼は、共に行動することになったのです。少し登場が遅れたのは、目覚めたばかりのハロルド殿下が、ロッド殿下について、国王陛下夫妻に根回しをしていたためです」
ルシアスによると、ハロルドが目覚めたのは、あの誕生舞踏会の朝だった。そこからルシアスとハロルドは、まさにその時に向けて、駆け抜けることになる。
「あの時は警備兵に囲まれ、怖かったでしょう。そばにいたのに、すぐに動けず、申し訳ありませんでした。わたしもあの時は、ハロルド殿下の登場を待っている状態でした」
「駆け付けていただけただけでも、光栄なこと。しかも私を助けるために、王太子様と、未来の辺境伯であるルシアス様が、動いてくださったのです。私には恐れ多いことですし、タイミングについて、とやかく言うつもりはありません」
ルシアスは瞳を細め「オルセン公爵令嬢は謙虚な方ですね。それに本当にお優しいです」と微笑む。日なたのような優しい微笑に、自然と心がほぐされ、私の頬も緩んでいく。
彼の笑顔の先にいられる女性は……とても幸せだろうな。
そんなことをふと思ってしまい、慌てて言葉を絞り出す。
「結局、私はそのゲームにおける悪役令嬢でしたが、断罪を受けることなく終りました。これからは……どうなるのでしょうか?」
「悪役令嬢としての役目は、終わったと思います。ロッド殿下も、ジョーンズ男爵令嬢も、残念な未来が、間もなく確定しますよね。こうなったらオルセン公爵令嬢は、自由だと思います」
そこでルシアスはなぜか視線を伏せ、その頬をぽわっと紅色に染める。上目遣いで碧眼の瞳を震わせながら私を見ると、こんなことを問いかける。
「……せっかく自由の身になられるのです。よかったら北部の地を見に来ませんか。これからは冬になりますが、わたしがいるノースフォークという場所は、冬こそ、美しい場所なのです」
思いがけない提案に「まあ、そうなのですね」と、恐らく私の目は輝いたと思う。私の反応を見たルシアスは、嬉しそうな笑顔になり、言葉を紡ぐ。
「冬のノースフォークでは、雪の華が咲き誇り、巨大な湖はスケートリンクになります。ソリも楽しめ、寒い夜がワクワクするような、ナイトマーケットもあります。夜空は澄み渡り、星は美しく。オーロラも見ることができるのです。真っ白なキツネやクマ、可愛らしい雪ウサギもいます。それに……」
ルシアスは驚くぐらい熱心に、将来彼が跡を継ぐであろうノースフォークの地について、語っている。その姿はまるで少年のようで、なんだかキュンとなってしまう。
婚約は解消され、悪役令嬢という役目からも、解放された。
今の私は、自由の身だった。
それならば少しの間、王都をあけてもいいわよね。父親も許してくれていると思った。
「ルシアス様」
「は、はいっ」
少し慌ててノースフォークについて語るのを止めたルシアスは、先ほど以上に顔を赤くし、私を見る。見ているのだけど、私を直視できないようで、その碧眼の瞳は……。ローテーブルに置かれたクッキーに、向けられていた。
なんだか可愛らしい!
私が「ノースフォークをぜひ案内して欲しい」と答えたら、ルシアスはどんな表情をしてくれるのかしら。
ドキドキしながら私は、口を開いた。
~ fin. ~
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