全ての事柄には意味がある
「つまりオルセン公爵令嬢は、自分が生き残ることより、呪いを解き、わたしが生きることを決断してくださったのです。その決断により、王太子であるハロルド殿下も、助かることになりました。あなたの決断で、二つの命が救われることになったのです」
そこでルシアスはその碧い瞳を潤ませ、私を真っすぐに見る。
「この決断に対する感謝の気持ちは……いくら言葉を重ねても、足りないと思います。わたしは自分のこれからの人生の中で、何度もオルセン公爵令嬢、あなたに伝えるでしょう。わたしを助ける決断をしてくれて、ありがとうございます――と」
その決断をした時の私は間違いない。心からルシアスを助けることしか考えていなかった。自分のために、彼を犠牲にさせるわけにはいかないと。彼は未来の辺境伯。彼の家族、親友、仲間、領民――多くの人が、彼の帰りを待っていると思ったのだ。
「ルシアス様こそ、ありがとうございます。結局、私は二度もルシアス様に命を救われたのです。あの狩猟会と誕生舞踏会と。何より、狩猟会の時は、ルシアス様が狙われたわけではないのです。私のせいで呪いをかけられ、目覚めることがないなんて……あってはいけないと思ったのです。私としては、ただ人として正しいことをしたのだと思っています」
この言葉を聞いたルシアスは、ふわりと優しい笑顔になり、意外なことを教えてくれた。
「最果てに住む精霊使いのマギアノスは、対価として自身の記憶をオルセン公爵令嬢が差し出すとなった時、確認をしたのです。果たしてどんな記憶を持っているのかと。その際、最新の記憶としてマギアノスが見たもの、それは……前世のあなたが、元の世界から消える瞬間でした」
そこでルシアスが悲しそうな顔をするので、私も胸が苦しくなる。彼は大きく息をはき、それから話を再開させた。
「先程話した、クルマという乗り物に轢かれそうになる女性を助けた時。その女性のお腹には、新しい命が宿っていたそうです。前世のオルセン公爵令嬢の決断で、今回と同じです。二つの命が救われました」
そうだったのね……!
前世の最期の瞬間の記憶を、私は持ち合わせていない。
でもこうやって聞かされた話に、胸が熱くなる。
前世の私、よくやった!と思ってしまう。
「これを見た瞬間、マギアノスは、見知らぬ世界の文化や文明を見ることよりも。オルセン公爵令嬢の人柄に惹かれ、ポーションとの交換に応じたのです。二人の命を救ったオルセン公爵令嬢へのご褒美で、二本のポーションを渡してくれたのかもしれません。それにマギアノスのことです。もしかするとハロルド殿下の呪いのことも、既に気づいたのかもしれませんね。いずれにせよ、すべては前世でのオルセン公爵令嬢の善行により、今があるのだと、わたしは思っています」
ルシアスの瞳がうるうるしており、それを見た私も胸がジーンとして、鼻の奥がツンと熱くなる。誕生を祝う舞踏会の場で追い詰められ、警備兵に囲まれた時。もうお終いだと思ったのに。前世の自分の善行で、ハロルド殿下とルシアス、そして自分のことも救えたのだなぁと思う。
前世で助けた女性は、無事子供を出産できただろうか。
幸せになってくれていると、いいな。
「しかもマギアノスは、二本のポーションを渡しただけではありません。わたしにオルセン公爵令嬢の、その前世の記憶を見せてくれたのです。なぜわたしにあなたの前世の記憶を見せたのか。それをわたしは、こう理解しました。オルセン公爵令嬢により、わたしが救われる。でも代わりにあなたが命を落とす――そんなことはさせないと、マギアノスが大サービスしてくれたのだと。前世でも他者を救ったオルセン公爵令嬢が、この世界でも再び誰かのために犠牲になる……そうはさせないと、マギアノスは思ってくれたのではないでしょうか」
マギアノスはなんていい人なのかしら!
ポーションを二本くれた上に、私が救われる算段まで考えてくれたなんて、あの時はまったく気が付かなかった。それにしてもルシアスに私の前世の記憶を見せるなんて、大胆不敵だわ。
そう心から感動する一方で、疑問も湧き上がる。
私を助ける気持ちがあるなら「これは、前世での善行に対するご褒美だよ」と言って、ポーションを二本くれるだけでも、良かったのでは……? 私から記憶を受け取らず、断罪を回避する行動は、私にとらせても良かったと思う。わざわざルシアスを巻き込む必要が、あったのかしら?
私のこの疑問に、ルシアスは持論を展開してくれた。