対価の代償
私の前世は、ニホン人であり、そこにはこの世界にはない、沢山の技術が存在していた。精霊使いのような存在はないが、彼らが成し遂げそうなことを、人の手で実現していた。それは多くの発明や技術により、実現させていたのだという。とても高度な文明社会のようだ。
その文明が生み出したゲームは、私が知るトランプやチェスとは全く違う。ロマンス小説の物語が、すべて絵となっており、その絵は動く。動く人物と会話を楽しみ、恋愛気分を味わうのだという。
そのゲームの世界には、主人公がいて、主人公の恋路を邪魔する悪役の令嬢……通称“悪役令嬢”がいた。さらに主人公が恋に落ちる相手として、五人の男性がいる。さらに驚くことに、このゲームの登場人物は、私が今いるこの世界の人々と、一致していた。つまりこの世界は、そのゲームの物語そのものだというのだ。
主人公はサラミス。ロッドやハロルド王太子は、主人公の恋のお相手候補だった。そして私は、サラミスの恋を邪魔する“悪役令嬢”なのだという。
悪役令嬢というのは、物語を盛り上げるためのヴィランであり、主人公の敵として登場する。そして最後は、悪役令嬢であることがバレ、恐ろしい罰――断罪を受けるのだ。それは爵位剥奪、国外追放、修道院送りに加え、死刑もあった。つまりは断頭台送り!
ゲームなのに、死刑が設定されているなんて、とても恐ろしいと思った。しかもそのゲームの世界に、自分が転生しているというだから……。それも悪役令嬢として!
悪役令嬢。
自分が悪役令嬢である実感は、全くない。だが、サラミスとロッドと敵対する状況になったのは、まさに私が悪役令嬢だからだと、ルシアスは言うのだ。
主人公であるサラミスとロッドが惹かれ合うのは必然であり、悪役令嬢である私が二人の愛のために、退場<断罪>を余儀なくされることも。
「まさに運命ですよね。このように生きる――ということが、この世界では定められているのです。それをオルセン公爵令嬢の前世の世界では、ストーリーの強制力、見えざる抑止力というようですが……。ただ、転生者であるオルセン公爵令嬢は、この理から逸脱して動くことも、できるようなのです。それは必ずしもうまくいくとは、限らないようですが」
転生者であり、悪役令嬢である私は、このゲームの世界で、逸脱した動きができる。
それはどういうことなのか。ルシアスは説明を続ける。
「オルセン公爵令嬢は、前世において、我々がいるこの世界を舞台にしたゲーム、それはオトメゲームというそうですが、このオトメゲーム『ラブ・プリンセス~今夜は君がヒロイン!』を、プレイしていました。それはつまり、今いるこの世界で起きる出来事を、知っているということになります」
つまりゲームの物語がどう進行するのか、前世でそのゲームをしていた私は知っていた。それは、私が現在生きる世界が、これからどう動いていくのかが分かる――ということでもある。
よって例え私が悪役令嬢だったとしても、その恐ろしい運命を、変えることができた。ロッドの誕生を祝う舞踏会も、ゲームの中で、イベントとして登場している。そこで毒殺未遂事件が起き、悪役令嬢は婚約破棄の上に、断頭台送りになるはずだった。このことを事前に知っているのだから、そうならないようにすることができた――阻止できたと、ルシアスは指摘する。
それこそルシアスがしてくれたように、毒入りワインがあの場に、運ばれないようにすればよかったわけだ。
とはいえ私は、この世界で、かなりイレギュラーな行動をしている。ルシアスが見たゲームの物語では、私が……悪役令嬢ユリアナが、ルシアスを助けるため、マギアノスに会いに行くこともなかった。
さらにマギアノスに会うことで、私は前世に関わる記憶を一切失っている。その記憶はマギアノスに、ポーションと引き換えで、差し出してしまったからだ。
一瞬、未知の言葉が浮かぶようなことや、何とも言えない焦燥感を覚えたこともあった。それは前世の記憶の名残というか、誤差の範囲というか、そのようなものではないかとルシアスは推測する。
そんな些末な前世の記憶の断片が、私の中に残っていたとしても……。大切な記憶は、すべて失っている。もはや婚約破棄の上に、断頭台送りになる未来からは、逃れられない――そういう事態になりかけていた。