恩人との再会
「まあ……」
ため息を漏らさずにはいられない。
白シャツにロイヤルパープルのタイ、ベストは草花模様を織り出した濃紺。上衣は明るい空色のシルクのブロケードで、ズボンとお揃い。長い脚にはスモークグレーの革のブーツ。サラサラの金髪は、室内でも光り輝いているように見え、その碧い瞳は、元気そうに煌めいている。
「オルセン公爵令嬢、こんにちは。今日はお時間を作ってくださり、ありがとうございます。素敵なお召し物ですね」
「ルシアス様、こんにちは。わざわざご足労いただき、ありがとうございます。……ドレスを褒めていただけて、とても嬉しいです。いつもお会いする度に、私、ドレスがボロボロでしたので……。ルシアス様のお召し物も、大変素敵です」
私の言葉を聞いたルシアスは、なぜか苦しそうな表情になる。どうしたのかと思い、その端正な顔をじっと見てしまうと……。
「オルセン公爵令嬢のドレスがヒドイ状態になったのは、わたしを助けたせいだと思います」
助けた……ということは、ポーションを届けた時のことよね?
あの時の私は、マギアノスに会った直後にルシアスの宿を訪ねている。
マギアノスに辿り着いた時の私は、心身ともに疲弊していた。なにせ三日三晩、歩いたのだから。でも彼女と話し、ポーションを手に入れ、森の外に出ると……。時間は十分程しか経っていなかった。着ていた服も髪も、ボロボロにはなっていない。
「? 私がポーションを届けた時は、服に問題はありませんでしたよ。ルシアス様はあの時、ベッドで眠った状態で、見ていらっしゃらないと思いますが。ですから、私の衣装がボロボロなのは、決してルシアス様のせいではありません。それに先日の誕生舞踏会の時は、警備兵が少し、乱暴だっただけですから」
「オルセン公爵令嬢は、本当は警備兵に、乱暴に扱われずに済んだはずなのです。それを……話したいと思い、本日はお邪魔させていただきました」
一体なんのことかしら? そう思ったものの、エントランスホールで立ち話をするわけにはいかない。応接室へ案内した。
応接室のワイン色の革張りのソファに腰をおろしたルシアスは、それだけでなんだか絵になる。絵画のモチーフにできそうね……と思いながら、メイドが運んでくれたばかりのブラックティーを口に運ぶ。
紅茶を一口飲んだ私を見て、ルシアスは実に慈しみが込められた瞳を私に向け、微笑んだ。
なんて優しい眼差しなの。
彼の父君であるクレメント辺境伯は、もう眼光鋭く、こちらがたじろぐくらいなのに。ルシアスの目は……。
婚約解消したばかりなのに。
異性にドキドキしてしまうのは、ダメよね。
気持ちを誤魔化すように、私はルシアスに、さっきは何を話そうとしていたのかと尋ねる。それに対する彼の答えは、私が想像だにしていないものだった。
「オルセン公爵令嬢が、わたしのために用意してくれた、呪いを解くためのポーション。それは、最果てに住む精霊使いマギアノスから得たものだと、わたしの筆頭護衛騎士からは聞いています。マギアノスから何かを得るためには、対価が求められることも聞きました。……オルセン公爵令嬢、ご自身が何を対価として差し出したのか、覚えていらっしゃいますか?」
ルシアスは真摯な表情で、澄んだ瞳を私に向けた。
「それが……覚えていないのです」「そうでしょうね」
即答するルシアスに驚き、ティーカップを持ち上げた手を、ソーサーの上で止めてしまう。
「オルセン公爵令嬢は、マギアノスにご自身の記憶を差し出したのです」
「記憶……ですか?」
「ええ。しかもそれは、この世界にあなたが誕生し、歩んだ人生の記憶ではありません。オルセン公爵令嬢、あなたは転生者なのです。この世界ではない別の世界で生き、そこで……クルマという、馬車のような乗り物に轢かれそうになった女性を助け、命を落とし、この世界へ転生したのです。こことは全く違う文化、価値観の世界。それはあのマギアノスでも、見たことがない世界でした。ゆえにマギアノスはあなたの求めに応じ、ポーションと記憶の交換を認めたのです」
これにはもう驚き、完全に固まってしまった。
私が転生者? 生まれ変わりや魂の再生などの話は、聞いたことがある。ただ、それは物語や神殿で語られる話であり、どこか遠い場所での出来事だと思っていた。どこか他人事で、自分がその当事者になるとは、考えてもみなかった。
とにかくこの時点でも驚きだったのに! この後、ルシアスが話した内容は、理解するのに大変だ。彼はポーションを飲み、その効果が効くまでの間、夢を見ていた。その夢の中で、私が転生者であることを知り、前世で私がどのような人生を送っていたのかを、垣間見たのだと言う。
夢で見たなら、目の前に景色が広がる。それはとても分かりやすいと思う。視覚情報は重要だ。でも今は、ルシアスが語る言葉頼みの状態。絵がないため、理解するにはかなり苦労した。何せ見知らぬ世界の話なのだから……。
それでもルシアスが語る、聞き慣れない単語に戸惑いながらも、まとめるとこういうことだった。