余りに醜いと死の森に捨てられた豚貴族、精霊に愛され万能の力を得る。しかも心が反映された姿に生まれ変わり最強無双の人の上位存在へと至る。えっ?人間達が攻めて来た?やれやれ本当の親であろうとも分からせるか
新作始めました!
『【連載版】聖女さんは追放されたい!~王家を支えていた宮廷聖女、代わりが出来たとクビにされるが、なぜか王家で病が蔓延!えっ、今更戻って来い?一般の大勢の方々の病を治すのが先決なので無理です』
ぜひお読みください。
https://ncode.syosetu.com/n8390hx/
パクパク。
俺の名前はデュクーエル公爵家の嫡子、テランだ。
『クスクス』
今はその公爵家の屋敷で朝食を食べている。
本来なら、公爵家の嫡子ともなれば、相当恵まれた立場だと思われるものだと思う。
でも。
『本当に醜いわねえ。見てるだけで気持ち悪くなるわ』
『まるで豚ね。食べられる料理が可哀そう』
『豚の方がまだ役に立つ。あれはいるだけで罪だ』
『ええ。それに比べて次男のチャールズ様の何と見目麗しいことか。しかも、眉目秀麗だけでなく、武力も優れている』
『まったくです』
『『『『ああ、チャールズ様が嫡子でさえあればなぁ。テラン様さえいなければ……』』』』
「……」
全部聞こえているんだが。
カチャリと、食器を置いた。
「すまない、水をくれないか?」
「(ちっ)ええ、どーぞー、テラン様」
ガン!!!
使用人が乱暴にコップを目の前に置く。
大きな音が鳴ると共に、べちゃり!!!!! と、飛び跳ねた水が僕の顔にかかった。
「うわ!」
「クスクス、あっ、すいませーん。おしぼりはそこにありますから自分で拭いて下さいね。もう子供じゃないんですから、きゃっはっはっは」
「お、おい!」
だが、呼び止める俺の声など、気にも留めず、使用人は元の場所へ戻って行った。そして、
『あっはははははは!』
『あんたやりすぎ~!』
『いいのよ、あんな醜悪令息! 面倒みてやるだけ感謝しろってのよ!!』
『そうだ。旦那様だってアレを居ない物として扱っているではないか!』
あっはははははははははははははははははははははははははははははははははははは!
使用人の陰口は、全て聞こえている。
いや。
陰口ならまだ良い方だ。あれは……。
(聞こえるように言っているんだ!)
ギリギリと僕は見えないように拳をきつく握る。
だがどうしようもない。
今のような光景は日常茶飯事だ。
俺にはこの家で立場などというものはない。
それもこれも、この醜いでっぷりとした体と、醜悪な容姿のせいだ。
また、勉強も武力も、遠く次男には及ばない。社交界からも次男のチャールズの素晴らしい評判に比べられ、失敗作と揶揄されるのが俺なのである。
そういったわけで、この家において俺は、両親と次男のチャールズから、酷い差別を受けていた。
ボロボロの物置のような部屋に住まわされ、食事は最低限のもの、腐った野菜や肉が入っていることも多い。社交界にはこれみよがしに、次男の引き立て役として駆り出され笑いものにされる。ストレス解消にと、チャールズや父から、階段から突き落とされたり、訓練と称して剣でボコボコにされる、真冬に倉庫へ閉じ込められて食事すら与えられず死にかける、なんてことも日常茶飯事であった。
しかも死にかけたのは、俺が自分のミスでそうなった、と罪を押し付けられ、迷惑をかけた罰として家族や使用人の前で土下座をさせられたこともあるのだ。
無論、俺としても出来る限りの努力はした。
人を恨むこともしたくないから、自分の努力が足りないのだと研鑽に研鑽を重ねたのだ。
だが、そうした努力もむなしく、むしろそれだけ努力して成果が出ないことを爆笑される結果になるだけだった。
学力は伸びず、体はなぜかぶよぶよの肥満のまま、剣もろくに触れず、乗馬すれば転げ落ちる。
ますます家族からのあたりはきついものになり、それは今や使用人にまで及んでいた。しかも、使用人からの嫌がらせを奨励している向きさえあるように思われた。
とはいえ、法律において、家督をつぐのは嫡子と決まっていた。
それに向けて、どれだけ馬鹿にされようと、俺は努力する決意をしていたのだった。どれだけ家族から馬鹿にされ、当て馬にされ、使用人から嘲笑されようとも、誇りだけは失いたくないと思っていたのである。
そんな調子で、朝食を終えて自室に戻ろうとしたとき、
「テランさまー、旦那様がお呼びです。さっさと行って下さいますか?」
醜い俺に話しかけるのもイヤだという態度で、使用人の女性が言った。
慣れていると言っても、傷つかないと言えば、嘘になる。
だが、憂鬱な気分を振り払って、了解したと伝える。
使用人はさっさと去って行った。
はぁ……。
俺はため息をつく。
さて、それにしても、朝から一体何の用だろうか?
また何か嫌味を言われるのだろうか? 例えば、昨日夜中にトイレに起きたのだが、その物音がうるさいとか。あるいは、単純に弟に比べてどれだけ俺の出来が悪く、存在価値がないかについて、何時間も説教されるのだろうか?
どちらにしても、屈辱的な内容だろう。
だが、俺が思っていたよりももっと決定的に最悪なことが起こることを、さすがの俺もこの時予想だにしていなかったのだった。
人の悪意がそこまでのものだと、お人よし過ぎた俺には想像することは不可能だったから……。
「父上、テラン参りました」
そう言って父ゾックの書斎のドアを叩くと、
「遅いぞ! まったくこのノロマめ!」
「ははは、まぁまぁ父さん。しょせんは豚のすることですよ。豚に怒鳴っても仕方ありません」
「ふむ、確かにそうだ。では豚よ、入って来るがいい」
いきなりとんでもない罵声を浴びせかけられる。
だが、これが俺の日常だ。
もちろん悔しくて激しく唇を噛む。
しかし、ここで反論や逆らいでもすれば、ただでは済まない。弟のチャールズや使用人たちが喜々として俺を縛り上げ、寒空の下に何日も放置するか、あるいは何日も水も食事も与えず地下牢に閉じ込められるかもしれない。
だからいかにこうして血が出る程拳を握りしめて、耐えるしかないのだ。
それにしても、どうやら弟のチャールズもいるのはなぜだろうか?
いつもなら同じ空気を吸うだけでも嫌だと、顔をしかめるか、嘲笑う奴だというのに……。
「早くせんか!!!!」
「は、はい!!」
俺は何だか嫌な予感がしたのだが、拒否することなど出来ずに書斎へと入ったのだった。
だが、これまで悪意にさらされてきた俺の敏感な嗅覚を、俺は信じるべきだったのである。
「まったく、僕を待たすなんて、どういうつもりなんんだい。豚兄さん!」
部屋に入って開口一番、そう言い放ったのは、金髪碧眼で長い髪を垂らした、まさに貴公子とも言うべき男性であった。
これが弟のチャールズであり、容姿だけでなく剣の腕も一流であった。
社交界では弟こそが跡継ぎに相応しい、だとか、兄は何かの間違いだと散々比べられてきた。
そして、同時に、弟自身も俺の存在を豚呼ばわりし、様々な侮辱的な言葉を毎日のように浴びせ、そしてその圧倒的な剣の腕前によって、肉体的にも痛めつけてきたのである。
「まったくだ。チャールズにはまだ予定がたくさんあるのだぞ? 無能で醜い、出来損ないなお前と違ってな!」
父も吐き捨てるように言った。
弟が俺を見下し、虫けらのように見るようになったのは、この父の影響が大きかった。
母は既に他界している。
その意味において、この屋敷の家族からも使用人からも、俺は豚……いや、それ以下の扱いを受け続けてきたのだった。
「申し訳ありませんでした……」
俺は何も悪いことなどしていないし、使用人から声がかかってから出来るだけ急いで来た。
だから待たせてなどいない。
だが、反論すればどういった目に遭わせられるか分からない。
だから口を紡ぎ、許しを請うしかない。唇をぎりぎりと嚙みながら。
「それで、どういったご用件でしょうか」
俺はおずおずと切り出す。
「ふむ、そうだな」
父は顎をさすりながら、少し考えたそぶりを見せた。そして、
「少しお前に見せたいものがある。お前の意見も聞いておきたいのでな。こっちへ来て見てもらえるか?」
「えっ?」
それはとても珍しいことだった。父が俺に意見を聞いてくれるなんて。
基本的に無視されるか、虫けらのように扱われるかのどちらかな俺に、ちゃんと言葉をかけてくれることさえ珍しいのだ。
だから、だろう。
弟の視線がいつものように、ただ見下すものとは違う不穏なものであることを見逃してしまったのは。
「ほら、これだ」
「え?」
俺は目をこすった。
机の上には『豚を屠殺する方法』と書かれた紙面が一枚置かれていたのである。
と、その瞬間である!
ドゴォ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
「ぐえ!???!??!?!」
その瞬間は何が起こったのか分からなかった。
だが、気づけば俺の体は地面に沈み、胃液と涙がダラダラとあふれていた。
「おいおいチャールズ、書斎を汚さないようにと頼んだろうに」
「すみません、父さん。まさか最後までこれほど無様な姿をさらすとは思ってもみなかったものですから」
「ふ、まぁな。しょせんは豚だ。まったくこいつのせいで公爵家がどれほど恥をかいたことか。だが」
その言葉は俺の頭上から降って来る。
何とか目線だけは、上に向けることが出来た。
父と弟は、地面に沈んだ俺を嘲笑しながら、唾を吐きかけ、その上頭を足で踏みつけて来た。
「ぐえええええええ」
「あっはっはっは! 本当に絞め殺される豚みだいじゃないですか、豚兄さん!!」
「それはそうだ。何せ本当にこれで最後だからな」
「さ、最後……。それは、一体、どういう。げふ!」
「おい、豚がしゃべるなよ」
「ははは。まぁいいではないかチャールズ。これでこの出来損ないと話すのも最後なのだから」
「そうですね」
また『最後』だ。それは一体……。
俺が理解できない様子でいると、チャールズが美しい顔を嘲笑に歪めながら、俺を見下ろし嗤いながら言った。
「本当に察しが悪いですね、この豚は。あなたはこれから死ぬんですよ。そして、この公爵家の家督は有能で美しい僕が継ぐことになる」
「なっ!? そ、それは違法で」
「だーかーらー。豚兄さんに死ね、と言っているんですよ。ただ、僕らが直接殺せばさすがにまずい。誰かを雇っても足がつくかもしれない。そこで、これから豚兄さんには同類のいる森に独りで狩りに行ってもらうとします」
「まさか、死の森へ!?」
「さよう」
父が肯定する。
「死の森は一度入れば決して出てこれぬ人外の地だ。チャールズならばともかく、お前のような出来損ないが生き延びることは万が一にも不可能」
「死の森へ単身で行くような無謀なことを俺がするなんて、絶対に誰かが違和感を覚えるはずです!」
「ははは! そのあたりの根回しもぬかりないよ! 王家にも話は通してある! 要は建前さえ守られていれば問題ない」
そう言って、俺の横腹を思いっきりけり上げる。
「ぐああああ」
俺は痛みと共に精神にもショックを受ける。涙がこぼれ始めた。
俺は俺なりにしっかりとこの公爵家を継ぎ、領民を守りたいと努力してきたつもりだ。
もちろん、弟のチャールズに劣っていることは自覚してきた。
だが、何も罪など犯していないし、王家の安寧のために尽くしてきたのだ。
それなのに、王家は、家族は、俺のことなど虫以下の存在として、その尊厳も命もまさに今踏みにじろうとしているのだ。
死の森へ放置するという、最も残酷な方法で!!
恐らく、魔物につかまり、拷問の末に死ぬか、あるいは、生きたまま喰われるかのどちらかだろう。
「お、お前たちは家族じゃないか! どうしてそんなひどいことが出来るんだ!! 家督がそれほど欲しいなら、俺を廃嫡することだって出来なくは」
「分かってないですね! この豚は! ははは!」
弟は普段の社交界で女性たちに見せる柔和な顔からは想像できないほど、サディスティックな表情で俺を何度も足蹴にしながら言った。
「あなたの存在自体に虫唾が走るんですよ! それに誰が」
弟は言った。
「家族なもんですか!!」
ピシリと俺の心にひびが入ったような気がした。
「その通りだ」
父が弟の言葉を肯定する。
「お前を家族などと思ったことはない。我がデュクエール公爵家にお前など最初からいなかったのだ」
その言葉で俺の心は完全に殺されてしまう。
そして、
「さあ、チャールズ。では手はず通り『死の森』へその豚を運搬しておくれ」
「ええ、父さん。まったく、最後まで世話のかかる豚だ」
ガン!!!
最後の一撃とばかりに、弟の打撃が俺の意識を刈り取った。
こうして俺は家族に殺されるため、死の森へと運ばれたのだった。
豚だって、きっともっとマシな扱いを受けるだろうと、夢の中で思いながら。
ドサリ!!!!!
秘密裡に死の森へと運ばれた俺は、乱暴に地面に下ろされる。同時に目を覚ます。
「うぐ! むぐぐ!!」
「あーっはっはっはっは!! なんて無様なんだこの豚兄さんは!! ああ、いや……」
弟のチャールズはニチャリとその美貌を歪めるように醜悪に嗤い、猿轡をはめられ、無様な様子で地面に転がる俺に向けて言った。
「屠殺されるのだから、もはやただの豚か!!! ぎゃーっはっはっはっはっはっは!!!!」
社交界では絶対に見せないであろう酷薄さをさらけ出し、実の兄に対しても容赦のない罵詈雑言を浴びせる。
「くひひひひ。とはいえこれで最期。命乞いの言葉でも聞くかぁ!」
チャールズはそう言うと、俺の猿轡を緩める。
「ど、どうしてこんなことをする! 俺がお前に何をしたって言うんだ! チャールズ!!」
「……つまらないですねえ」
「何?」
チャールズはそう言いながら、俺の腹を蹴り上げる。
「そういうところがまた虫唾が廃止るっていうんですよ! これから殺されるってのに! 泣いて許しを請おうともしない!!」
「ぐあ!げふ! ぐわああああああ!!!」
容赦なのない殴打に、俺の体はボロボロにされ、泥まみれにされながら地面を転がる。
「まったく、幾ら僕たちのような選ばれた人間が、お前の立場をわからせようとしてやってるのに! いつも弱音を吐かずに努力する姿。何があっても前を向いて努力する姿勢、くじけない姿。そういうのを全部ひっくるめて、見るにたえないんですよ! この醜悪な豚のくせに! 人間の真似ごとをしやがって!!」
「ぐわああああああああああああああああああ!!!!」
最後にベシャリ!と後頭部を踏みつけるようにする。
俺の体は血まみれだ。
そしてとうとう剣で切られるかと思ったが、
「ですが、殺すのは魔物の役目だ。国に根回し済みとはいえ、万が一足がつくと面倒ですからねえ。なにより僕の大切な剣が穢れてしまう! あーはっはっは!」
「お……俺の命より剣のほうが大事なのか」
「当たり前でしょう? ふん、この豚が、おらぁっ!」
「げほ!?!?!?!?」
最後の一撃で更に吹っ飛ばされる。
出血するほどの酷い殴打を受けたのだ。すぐに血の匂いに敏感な魔物や肉食獣が寄ってくるだろう。
「ではさようなら。おっと豚に挨拶は不要でしたね」
あーっはっはっはっは!
嗤いながらチャールズはすぐに姿を消した。
「う……うう……」
俺の目から初めて涙がこぼれた。
今まで心のどこかで微かに信じていた家族への最後の信頼までも完全に裏切られ、とうとう絶望が俺を襲ったのだ。
一方で、憎悪の気持ちが起こることはなかった。
ただ容姿が醜いと言うだけで、俺を差別することしかできなかった、家族や使用人、そして、そのことで俺を暗殺する計画を了解したこの国家という、人類全体が、どこか哀れで可哀そうだと。むしろ憐憫の情をもよおしたのだった。
この涙はそうした人間たちに対するものだったのかもしれない。
俺は出来るだけの努力をしてきたし、誰にも迷惑をかけずコツコツと励んできた。貴族だからといって偉ぶることもなかった。そうした生き方を今でも誇らしく思う。俺はこれから魔物に喰われて終わるかもしれないが、だからといって、憎悪に身を焦がしながら死ぬようなことはなさそうであった。
それはある意味、彼らには理解できないことだろうと、むしろ彼らを軽蔑する気持ちすら起こる。
と、そんな風に考えて、最期の時を待っていた時……。
「美しい。美しい人間がおるな。どうしてお前のような美しい者がここにおる?」
「……え?」
それは澄み渡るような女性の声だった。
だが、その言葉が俺に向けられているとは最初理解できなかった。
なぜなら、俺は醜い豚であるはずだったからだ。
しかし、
「いや、無視しないで欲しいのだが? 精霊神たる儂が表に出て来ることなど、ついぞこの1万年なかったことだからして……多少は感動してもらっても良い場面なのじゃがなぁ」
1万年?
精霊神?
神話では聞いたことがある。
神の中でも最高位に位置するのが精霊の女神、精霊神であり、全ての精霊の上位の存在であると。だが、その姿を見た者は誰もおらず、見ることが出来るのは、美しき者だけだと…‥‥確か過去に数千冊読んだ書物のどこかには書かれていたはずだ。
「俺は豚だ。美しくなんかない」
「豚? これだけ多種族がいる中で美醜なぞ何の基準もない。儂が言っているのは魂や心の美しさじゃ」
「た、魂? 心?」
「そうじゃ」
俺はびっくりして、何とか少し首をもたげるようにして上を見た。
するとそこには、まさに女神ともいうべき女性が浮いていたのである。
美しいルビーのような瞳と、空のように青みがかった長い髪。整い過ぎた容姿には神秘性が宿るということを、俺は初めて知ったのである。
「き、奇麗だな。ははは……」
俺は思わず笑う。
「人生の最後にこんな奇麗な女性を見ながら死ねるなんて、俺は幸運だな」
そう言って、目を閉じようとする。俺はその時、それが幻か何かだと半分思っていたのと、チャールズの殴打によってそもそも死にかけていたのである。
しかし、
「き、奇麗じゃと!? わ、儂が!?」
素っ頓狂な声が聞こえて来た。
あれ?
俺は幻だと思っていた相手が慌てだしたので、意識を少し覚醒させて、もう一度なんとか前を見た。
すると、その女神ははモジモジとしながら、チラチラと赤面をしながらこちらを見る。
指をイジイジしながら。
「い、いきなり何じゃ、そなたは。ぷ、ぷろぽーず、というヤツか!?」
「は? い、いやいやいや! そんなわけっ・・・げほ!」
死にかけていたことを忘れていた。急にしゃべったから血が……。
うーん、こんなことで死ぬとは……。
「お、おい! しっかりせんか! プロポーズしておいて死ぬ奴がおるか! 我が夫よ! ええい、エクスヒール!!」
「へ?」
エクスヒール。
それは今となっては伝説とうたわれる回復魔法だ。
少なくとも最高魔法クラスが所属する宮廷魔術師団ですら、使える者はいない。
それを使用したのだ。
あっさりと傷がふさがるのが分かる。
い、いやそれよりも。
「えーっと、夫って……」
「うむ、いきなりだったから驚いたが……、そなたの心の美しさは儂にはわかる。ゆ、ゆえに! こ、こちらこそよろしく頼むぞ! つ、付き合うのも、け、結婚も初めてであるからな!! 大事にするのだぞ!! 浮気は許さんからな!!!」
い、いやいやいや!
だが、プロポーズという事実を否定する前に、どんどん話をすすめていく。
この精霊神、話を聞かない!
「あと、豚? であったか? うーん、まぁ、儂は気にせぬが、確かに個々の種族ごとに美醜というのもあるのであろうな。であれば、平等に、その心の美しさにあった姿に変えようではないか。というか、儂の夫になる時点でその精神が容姿に反映されるのでな」
「え?」
「ほれ、自分の姿を見てみるが良い」
鏡を渡されて、自分の姿を見た俺は驚く。
俺の姿は、漆黒の髪の毛と黒い瞳を持つ、精悍な姿に変わっていたからだ。そして、まるで今までの努力を反映するかのような恵まれた肉体に変化していた。
「とうことで、旦那様。これからよろしくたのむぞ」
「いや、えっと、その ええええええええええええ!?」
「ちなみにだが、我が夫なのだになったことで、そなたは精霊の王となった。精霊の力は精神の力を糧とするが、まぁ、旦那様であれば、これまでの様々な努力をしてきたことや、人を憎まぬ美しい心を持っているようじゃから、想像以上に凄まじい力が使用できるようになっておるであろう。だが、心根が正しいゆえに、その強大な力を正しく使うこともできるから、まぁ大丈夫であろうて」
急展開すぎて、俺の驚きはとどまることを知らないのだった。
どうやら容姿だけなく、尋常でない力さえも手に入れてしまったようだ。あと、勘違いだが、美しい嫁もか……?
……とはいえ、これまでの努力のおかげだろう。俺にはその力や容姿に、奢るような気持ちにはならないのだった。
そもそも俺としては美しい容姿などいらないし、力も特にいらないのだが……。
まぁ、もしも、彼ら家族や人間たちが理不尽な理由で攻めて来たりするならば、しつけに力を使うくらいしか特段使い道はないだろう。
ともかく、こうして俺は、偶然にも俺を追放した家族や人間たちを、軽々としのぐ容姿と力を手に入れてしまったのである。
改めて見ると、目の前の女神は美しかった。
見た目の年齢はやや下、16歳くらいだろうか?
美しい空のようなブルーの長い髪は幻想的であり、それと対をなすような赤い宝玉のような瞳は生き物すべてを魅了するかのような魔力を帯びているようにすら思った。ただ若干幼さも残した不思議な美貌だった。
よく見ると耳が少しとがっている。実際に見たことはないが、書物で描かれるエルフのような印象を持つ。
衣服はその容貌によく似合う、青と白を基調としたもので、身体のラインが出てはいるが、美しい髪の毛と羽織るように着ているマントによって、神秘的で上品であった。
ともかく、一言でいえば、
「世の中にこれほど美しい女性がいるんだなぁ」
としか言いようがないのであった。いや、実際にそう口から漏れていた。本当のことなので仕方ない。
しかし、
「ぐは!」
「ど、どうした!?」
いきなり目の前の女神が吐血した。まさかさっきの回復魔法が負担で……。などと思ったが、
「だ、旦那様がいきなり儂のことを美しくてキュートですぐに抱きしめたいだなんて言うから、鼻血が出てしもうた。儂も初めてなんじゃから、配慮しておくれ! このままでは心臓バクバクで死んでしまう! 神殺しの罪を被ることになるぞ!!」
「そこまでは言ってないが……。まぁともかく嫌なら言うのはやめよう」
神殺しにはなりたくない。
「やめろとは言っておらんのじゃ! 嬉しいに決まっておるじゃろうが! 大好きな大好きな大好きな大好きな旦那様から言われておるのじゃからあ!!!」
「お、お前も十分ストレートだな……」
そんなに大好きって何回も言わなくても……。
そんなことを言っていたら、
「お前ではないのじゃ」
プーと目の前の女神は頬を膨らませた。
え?
どうやら拗ねている模様。
俺が首をかしげると、
「儂の名は、リリアーナじゃ」
そうだったのか。確かに女神に対して、お前は失礼だったな。
「俺の名前はテランだ。これからよろしくリリアーナ様……」
「ちーがーうー!!」
「おわあ!?」
いきなり涙目になり、抗議してきた。ど、どうしたんだ?
「愛する旦那様がそんな他人行儀にしてくれるでない。そこは、あれじゃろ? ほれ、愛する妻に対しては、な? 例えばリリとか。ハニーとかじゃな……」
「ハ、ハニーはちょっと……」
「そうか? 儂はダーリンと呼ぶか真剣に吟味しておるのじゃが」
「だ、旦那様でいいから!」
「そうか?」
非常に残念そうな顔をする。だが、さすがにダーリンは恥ずかしい。
この話はさっさと決着をつけたほうがよさそうだ。心臓的に!
「お、俺もあなた……じゃない。お前のことはリリと呼ばせてもらうから」
「う、うむ! いや、実際に言われると嬉しくてむずがゆいのじゃ。にゃはははは」
顔を真っ赤にしながら、しかし嬉しそうにリリが笑った。
どうやら、本当に俺のことが心の底から好きらしい。
魂の美しさが分かると言っていた。それでだということなのだろうが……、
「俺の魂がそれほど美しいとは到底思えないんだがなぁ」
正直半信半疑である。
「いやいや、儂にはむしろ魂の質しか見えておらぬ! そ、そして儂は旦那様を初めて見て、そ、その。一目惚れしたのじゃ!!!!」
「そ、そうなのか」
「うむ! どんな環境にあっても前を向く信念。奢らぬ心。誠実さ。そういった人にしておくには惜しいほどの魂の質を旦那様は持っておる! ゆ、ゆえにだ」
彼女は赤面し、
「女神たる儂の夫に相応しい。プ、プロポーズもされたし。にゃはは」
そ、それは誤解なんだが。
だが、ちょっと言い出しづらいな。
これだけ惚れたと言われ続ければ、俺としても嬉しい。
「尽くすタイプじゃから! 浮気はダメじゃぞ!? 儂一人にしておくのじゃぞ!?」
まぁそれは大丈夫だろう。
「俺はモテたりはしないからそこは安心しろ」
「いやいやいや! 自覚しとらんのじゃ! 絶対もてるから! 浮気はだめじゃからな!?」
はははは、と俺は笑って受け流す。
俺がモテるような未来はあるわけない。
だから真に受けるような間抜けな真似はしない。
それよりも、だ。
「お礼がまだだったな、リリ。命を救ってくれてありがとう。お前が来てくれなかったら弟……。いや、人間たちに殺されていたよ」
俺は深々と頭を下げて礼を言う。
「うむ! たまたま通りかかってよかったのじゃ。我が運命の最愛の人を失ってしまうところであった! ということでな」
ということで?
何かあるのだろうか?
そう疑問を浮かべていると、
「我が最愛の旦那様を殺そうとしたその弟とやらに報復に行くとするか。さてどのように縊り殺してくれよう」
精霊神は初恋ということもあって、相当恨み深いようであった。
「もういいさ。俺は精霊の王なんだろう? なら格下の相手に憤る必要はない」
「旦那様は優しすぎるのじゃ! そこは怒って良い所じゃろ!!」
「優しいか。そんなことはないさ。ただ、まぁそうだな」
俺は腕組みをしながら言った。
「いきなり気絶させられて、この森に捨てられたからな。大事なものを屋敷に置きっぱなしなんだ。それを取りに行くとしよう」
そして、その際、
「乱暴するつもりはないけども。だがまぁ、一度は俺を殺そうとしてきた相手だからな。もし向こうがまた攻撃してくるようなら、格下相手とはいえ、しつけも必要だろうな。余り気は進まないが。まぁ、その時は少し分からせる必要が出てくるかもしれない。あと、少し思っているのは、彼らの領地は、彼らの能力からすると少し広すぎる気もする。俺に一部割譲させて、俺が統治する方がいいかもしれないな」
面倒だが、能力を超えた統治は民に不幸をもたらす。
それを未然に防いでやることも、彼らに対する優しさであろう。
「やはり旦那様は優しいのじゃ! さすが我が最愛の人なのじゃ!」
「まぁ、貴族だから民の幸せを願うのは当然の事さ」
その答えに満足したかのように、リリはこくんと頷くと、頬を赤らめて腕を組んできたのだった。
俺も照れ臭く思いながらも、彼女と腕を組みつつ、死の森の外へと歩き始めたのである。
俺の残した物を取りに屋敷へと戻るために。
さて、俺は精霊神の女神リリと公爵家まで帰ってきた。
いや。
「『帰ってきた』というのはおかしいか。ここはもう俺の家ではない。他人の家だからな。単に残して来た私物を取りに来ただけだし」
「そうじゃぞ? 旦那様は儂の旦那様なんじゃからな! そこんところ宜しくなのじゃ!」
「あ、案外独占欲が強いんだな……」
「初恋なのじゃ! って、何を言わすのじゃ!!」
リリは顔を真っ赤にして怒る。
とはいえ、女神が怒っている姿と言うのは、それだけでも絵になるものだなぁ、と一方の俺はのんきに思うだけなのだが。
と、その時である。
「何者だ!!」
そう言って、10人程度の門番たちに囲まれて、槍をつきつけられる。
「俺だ。テランだ。まぁ、少し姿が変わっているから、分からないかもしれんが……」
「はぁ!? あの豚だと!? 嘘を言うな! お前のような整った精悍な顔立ち、恵まれた体を持つ奴ではなかった!」
「そうだ!! 雲泥の差だ!! お前のような上位騎士のごとき男ではなかった!! さぁ、何をしに来た! そして誰なのか答えてもらおうか!!」
ふむ。
「俺の魂が反映された姿になっただけで、本質は変わっていないのだがな」
「表面しか見れぬ者ばかりということじゃ。旦那様の真の素晴らしさに、その本質に、今やっと気づいたということじゃな」
俺の魂や心が今まで正当に評価されて来なかったということか。
今までの努力や研鑽が、本来の姿や力を与えたといっていい。
その意味でこれが本来の俺の姿なのというわけだ。
もし、公爵家に俺をこれまでに、外面だけでなく、内面、つまり本質を見ているような者がいれば、俺の見た目などというどうでもいい事に惑わされず、俺をテランだと分かっただろう。
しかし、残念ながらそういった物事を本質的に見れる人間は、残念ながらいなかったというわけだ。
もし分かる人間がいたとしたら、残念ながらそれは、俺自身のみがそうだったのだろう。
その意味において、俺は彼らのことを残念な者たちだと哀れに思うのだった。
「可哀そうなやつらだ。まぁいい。俺は私物を取りに来ただけだ。通してもらうぞ」
「ま、待て! ええい、殺してしまえ! これだけの人数がいれば、いかにこの騎士のような男とて、ひとたまりもあるまい」
そう言って、一斉に攻撃をしかけてくる。
しかし、
「止まって見えるぞ」
「なぁ!? や、槍が!?」「いつのまに!?」「まったく見えなかった」「何者なんだ!?」
次の瞬間には、衛兵たちから驚愕の声が上がっていた。
俺は武装もなにもしていないが、手刀をつくり、突き刺してきた槍の穂先を、一瞬にして全て切り落としたのである。
「これまでの研鑽の成果か」
俺は今まで血のにじむような努力を積み重ねて来た。その成果が出たということだ。
「その通りじゃ。旦那様がもし努力してこなかった、怠け者であったなら、このレベルには至らぬ。これまでの凄まじい努力があったこからこそ、神のような力を得たのじゃ。さすが儂の旦那様なのじゃ!!」
「そうか。努力が報われただけとはいえ、研鑽が実ったと思うと嬉しいな」
俺は微笑むと、一歩踏み出す。
「ひぃ、命だけは」
衛兵たちは俺の実力を知り、土下座をする。俺は呆れて、
「だから私物を取りに来ただけだ」
「さすが旦那様は寛容なのじゃ」
「弱者に優しくするのは貴族の基本だ」
「さすが。旦那様こそが、真の貴族の鏡なのじゃ」
俺とリリは、俺に圧倒されて腰を抜かしている衛兵たちを尻目に、屋敷の中へと入っていくのだった。
「広い屋敷じゃのう」
公爵家の屋敷を歩きながら、リリが言った。
「無駄な税金を徴収して使用した結果だ。本当ならもっと小さくて質素な屋敷で十分だ。民のことを考えるならな」
実際、俺は狭くて汚い部屋に押し込められていたが、そのこと自体に不満はなかった。
民の中にはもっと困窮している者もいる。
そのことを思えば、狭い部屋で暮らすことなど苦痛でも何でもなかったのである。
それが辛いと思ったのは、そんなことが俺への嫌がらせになると誤解した、浅はかな思考しかできない、家族や使用人たちに対してだった。
「旦那様は本当に魂が美しい。宝石にも勝る美しさじゃ。その姿や能力になったのも頷ける。わ、儂が惚れるのもむべなるかな、じゃ!」
女神リリが赤面しながら言った。相変わらず、この奇麗な少女が照れる顔というのは可愛らしい。
と、そんなところへ、
「お前が狼藉者か!」
そう言って現れたのは、俺を死の森へと運び、殺そうとした弟のチャールズと、
「何者か知らんが、このチャールズの前では手も足も出まい! これだけのことをしたのだ、殺すだけでは飽き足らん! 拷問をしたうえで、市中でなぶり殺しにしてやる!! 最大の恥辱をも与えて殺してくれよう!!」
「ええ、父さん。楽しみですねえ!!」
そう言って、チャールズはスラリと剣を抜いて構えた。
王国騎士団の騎士団長にすら推薦の噂のあるチャールズであるから、その姿は自信に満ちたものだ。
俺をすぐにでも父の書斎でやったように、ボコボコにし、打ちのめし、捕縛出来ることに、なんら疑いのない自信に満ちた様子で唇をニヤリと歪めている。
それどころか、弱者をいたぶろうとする、軽薄な笑みさえ浮かべていた。
しかし、
「やれやれ、俺が誰かすら分からんのか? チャールズ、それに父ゾックよ」
俺は彼らにチャンスを。試す機会を与えてやる。
俺よりも下の存在とはいえ、長年一緒に暮らした家族であることには間違いない。
だから、姿かたちが変わっても、俺がテランであることに気づけるか、試す機会を与えてやったのだ。
しかし、
「はぁ? 僕はお前なぞ知らんなぁ。これから死にゆく男の名前なぞなぁ」
チャールズがにやけながら答えるとともに、
「その通りよ。まぁ、命乞いさえすれば、軽い拷問にしてやってもよいぞ? くくく、まぁ、死罪はまぬがれんがな。そして、一族郎党も処刑することにも変わりはないが」
やれやれ。
「旦那様、人間と言うのは、姿が変わるだけで、これほど気づかぬものなのかの?」
「いや、それだけ、俺の内面に目が向いていなかった、ということだろうな。本来の俺の姿になったとたん、誰か分からなくなるのだから。本当の姿と力を前にしても、目の曇った者には、何も見えないということだ」
「儂は旦那様の素晴らしさが一目で分かったからの!? そこんところよろしくじゃぞ?」
「わかった、わかった」
俺たちがそう会話していると、チャールズが怪訝な表情をした。
「さっきから何を言っているんですか? そろそろ殺して差し上げましょう。僕の手にかかって、死をまぬがれたものはいない……」
俺はその言葉に思わず笑ってしまう。
「はははは! とんだ間抜けだな、チャールズは。……はぁ」
俺は同時に嘆息する。
この程度の男が公爵領の家督を継ぐことになる、という事実を思うと、民が哀れだと思ったからだ。
「な、なんだと! 貴様、言うにことかいて!!!」
「だって、そうだろう? なぜなら、お前の手にかかって生還した証拠が、目の前にいるというのに」
俺はそう言いながら、手に剣を生み出す。無から魔力により、剣を錬成したのだ。
「ま、魔法剣だとぉ!? しかもそれほどの威力の!? 馬鹿な!? 何かのペテンか!? な、何者なんだ!? 貴様は!?」
「さっきから言っているだろうに。やれやれ。お前が暗殺に失敗した相手だと言っているんだ」
その言葉に、チャールズは狂乱したように叫ぶ。
「ば、馬鹿な!? 豚のテランだと!? そんなわけがない!? お前のような精悍な男ではない! そ、それに、それほど強大な力を行使するなんて!? 僕に出来ないことが、豚ごときに出来るはずないんだ!!」
「事実を目の前にして取り乱すな。いつもいっていることだろう?」
「ぐぎぎ!? なんだと!? テ、テランであるというなら、なんと生意気な口をきいてっ……」
「黙れ! 口を慎め、この下郎ごときが!!」
「「なっ!?!?」」
俺が一喝すると、チャールズもゾックも驚いて腰を抜かしそうになる。
それほどの威厳が俺の発する言葉にはあったのだ。
なぜなら、
「精霊王としての言葉となった今、お前たちは俺に従うべき存在となった。抗弁などいつ許した?」
俺の圧力に、チャールズは怯えながら口を開く。
「お、王だと!? 何という暴言! 我らが王は、ミクストリア王で」
「それは人間の王だな」
「なっ!?!??」
「ちゃんと人の話を聞け。これも俺がお前たちに散々言い聞かせた言葉だろう? 何度言えば分かる? 俺は精霊の王となった。精霊神の女神リリアーナと付き合うことになったのでな」
「結婚じゃ!!」
「う、うむ。ま、まぁ、ともかく。俺はお前たちを治める立場になった。軽々しく口をきくことは、かつて家族であったこと鑑みて特別に許そう。だが、この土地の統治については、俺の意見が優先する」
「は、はぁ!?」
「当然だろう? 上位種にとして命令をするだけだ。何もおかしくはない。で、とりあえずだが」
俺は驚愕の表情を浮かべているチャールズとゾックとは対照的に、当たり前のように淡々と命令した。
「デュクーエル公爵領の割譲を命じる」
「なあ!?!??」
更に二人は口を大きく開き、打ち上げられた魚のようにパクパクとする。
「と言っても、死の森と、その周辺だけで良い。あそこを精霊王として召し上げて、俺が精霊国を建国する領土にすることとしよう」
「それは良い案なのじゃ!」
「お前たちは重税を課すことしか出来ない無能な貴族だからな。広大な領土は手に余ると思っての親心のようなものだ。感謝するといい」
俺はそう言って微笑む。
「言いに来たのはそれだけだ。ああ、それと私物があるので取りに来たんだった。さ、そこを通してくれ」
俺はそう言って、用は済んだとばかりに、二人を無視して通り過ぎようとうする。
実際、もうこの二人への用件は済んだ。
確かに、この二人には様々な嫌がらせを受けたが、俺は恨んだり憎しみを募らせたりはしていない。
ただ、そういったことでしか、人と関われない二人を哀れに思うだけだ。
だが、
「待て! お前があの豚だというのなら、ここを通すわけにはますますいかん!!!」
「そうだ! 公爵家!! ひいては王家に矢を引く不届き者め!! 今すぐここで殺してやる!! いけ、チャールズ。お前の剣技ならば、豚のテランに負けるはずなどないのだからな!!」
「ははははははは!! その通りですよ!!! 父さん!!! さあ、すぐにこの豚を切り刻んでさしあげましょう!!!!!」
チャールズはそう言って、見事な剣技で突っ込んでくる。
それは確かに人間としては素晴らしいレベルなのかもしれなかった。
しかし、
「やれやれ」
俺は嘆息しながら、魔剣を消す。
「あきらめたか! この豚がっ…‥‥!!」
チャールズがいやらしく唇を歪める。が、
「馬鹿だな」
俺はやはり再度嘆息する。
「魔剣など不要だということだと、なぜ分からない? 豚を差別するつもりはないが、もし愚者を指すというのなら……」
ガギン!!!!
「なっ!?」
驚愕の声がチャールズより上がった。その顔はみるみる青くなっていく。
それはそうだろう。
まさか、
「豚はお前、ということだ」
指一本で自慢の、王国でも随一とうたわれた剣技が止められるとは思っていなかっただろうからな。
「う、嘘だ! こんなことが!?」
「これがお前の全力なのか? チャールズ?」
「ぐ!? な、慣れ慣れしく僕の名を呼ぶな、この」
やれやれ。
俺は単純に拳に力を加える。
愚者、という意味でその言葉を使おうというのなら、
「豚はお前だと言っただろう、ほれ」
俺は軽く裏拳のような形で、チャールズの頬を打つ。
その瞬間、
「んぎいえええええええええええええええええええええええ!??!?!?!」
チャールズの美貌が歪むほどにたわみ、そして、吹き飛んでいった。
空中を数十メートルは吹き飛ぶと、今度は廊下をゴロゴロところがり、最後は、
『ドッゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン……パラパラ……パラ……』
と壁に激突しめり込み、気を失ったのだった。
「手加減したつもりだったんだが……」
「旦那様は数万分の一の力も出してないのじゃ。単に旦那様が強すぎるだけなのじゃ」
「うーん、そうなのか。手加減が一番難しいな」
上位存在、優れた存在になるというのも、これはこれで苦労があるのだな、と困惑する。
まぁ、それは仕方ない。
ゆっくりと自分の強さや才能に慣れていくしかないだろう。
それが選ばれた者の宿命というものだ。
それはともかくとして。
「ひ、ひいいいいいいいいいいいいいいい!? よ、寄るな! 寄るなぁああ!!!!!」
壁に張り付いて、逃げようとするが、腰が抜けて動けない哀れなゾックがそこにいた。
「お前は貴族の風上にも置けないな。自分の城さえ守ろうとできないとは。今後、お前は公爵を名乗ることは許さん」
「そっ、そんな勝手なっ……!?」
「分かったかと聞いているんだ!」
「ひ、ひい! わ、わかり……ました……」
「それでいい。今後研鑽に励み、またその資格が出来たら、公爵と名乗ることを許そう。それまでよく努力しろ、分かったな?」
「ぐ、ぐぎぎ、は、はい……」
やれやれ。
これで少しは領民の生活もよくなるかな?
「旦那様はまず民のことを考えていて素晴らしいのじゃ!」
「貴族としては当然のことだと思うがな?」
「その当たり前が出来る人間がおらんのではないか?」
確かにそうだな。
当たり前のように努力でき、研鑽をつみ、勤勉であること。
そうしたことが当然のように俺には出来る。だが、彼らには難しいことなのかだろう。
まぁいいさ。
それはともかくとして、本来の目的である私物を取りに行こう。
「私物と言うのは、実は早くに亡くなった母の遺品のネックレスでな。これだけは持って行きたかったんだ」
「ほう、母君の……」
「母上だけは俺に優しかったからな。残念ながら早くに亡くなってしまったんだが」
俺は自室から、そのネックレスを一つ見つけて、ポケットにいれ、公爵家をあとにすることにしたのであった。
こうして、俺は精霊国を建国することにしたのである。
もちろん、既存の全ての国を精霊国の領土としてしまうことも俺には出来たが、俺は人間が国を存続することを許容することにしたのである。
人間の国にも良い統治をしている国もある。
それを俺は横目で楽しみながら、自分の国を運営しようと思ったからである。
こうして精霊王テランの無双の、その序章は幕を開けたのだ。
新作始めました!
『【連載版】聖女さんは追放されたい!~王家を支えていた宮廷聖女、代わりが出来たとクビにされるが、なぜか王家で病が蔓延!えっ、今更戻って来い?一般の大勢の方々の病を治すのが先決なので無理です』
ぜひお読みください。
https://ncode.syosetu.com/n8390hx/