赤色の少年
赤い炎が焼き尽くしていた。熱を伴って。何が起こったのか理解できずに目をぱちぱちさせていると、私の足元に少年が小さな悲鳴を立てて転がされた。
これで全員沈黙。とか冷静に考えている場合では無くて。
サクッと土を踏みしめる音に目を向ける。
「ったく、詰めが甘いんだよ。つうか――さすがに死ぬぞ。バカなのか? お前ら?」
「――ハウエル……てめぇ。色なしの肩を……」
そこには深いルビーのような赤い目と、炎の紅を纏ったような少年が立っていた。エドガー・ハウエル。十三歳。まぁ、私のクラスメイトだ。
ブライトが水なら、エドガーは火だった。空間を指で撫でるとチリチリと燻っていた炎が消えていく。
エドガーは溜息一つ。倒れている男たちを一瞥する。まるで塵を見るかのようにその目は冷たかった。
「あ゛? 色なしでもなんでも。殺人現場なんて止めるだろ。普通。黙って見ているバカどもと同じメンタルしてねえっーの。っうか。お前ら、何時までここにいるの? 俺もレーネっちも手加減してるんだから消えろよ」
殺すぞ?
地鳴りのような低い声――とは言っても少年特有の不安定さだが――に悲鳴を上げなかったのを褒めてあげたい。私。同じ年だよね。この人。なのになんでこんなに迫力があるんだろう。後ろにいる私ですらそうなのだから直接対面している少年たちは――あぁ。可哀相な程顔を青くしている。涙目だし。
ガタガタと震えながらお互い支え合って逃げていく少年達の後ろ姿はいつぞやのおじさんの姿と被ってやっぱりなんだか可哀相に思えた。
「まったく。殺される所だったの分かってる? んな、奴らを可哀相な目で見てるけど」
レーネっち。と呼ばれて私はエドガーに視線を戻した。そう言えばなんでそんな愛称になったんだっけ。ナチュラルに呼んでいるけれど。
いや。そんな事はどうでもいい。そうだ。死ぬところだったことを思い出していた。いや、当たったら確かに死ぬだろうと思うと少しぞっとする。
ちなみに言えば色なしを殺しても大した罪には問われないという地獄だ。実家とブライトがどう出るかは分からないが……。後処理がちょっとだけ恐ろしい。
私はパッと顔を上げる。赤い瞳だ。私のとは違う綺麗な赤――だけれどすぐに逸らされるのは何なんだろう。
「あ、ううん。あの――ありがとう。助けてくれて」
にしても。良い子だな。
いつも思うけれど。誰にでも分け隔てなく。ごく自然に話しているし、私とも蔑むでもなく、ごく普通に話してくれる。友達でもないし、色なしを見捨ててもいいはずなのに助けてくれたのはきっと正義感が強いからなのだろう。
それがとても嬉しかった。だから『ありがとう』は心の底から思ったことだ。それを見たエドガーはパッと頬が朱に染まる。照れたのだろう。整った精悍な顔つきが子供らしいものに変わる。
「な、殴るなら、きちんと沈黙させねぇと。足の踏み込みが足りないからそんな事になんだよ」
エドガーは一言でいうなら脳筋だ。考えるより身体を動かすのが大好き。であるのでこの学校では珍しく、魔法剣士を目指してる少年であったりした。実技は学年トップ。座学は学年最下位とふり幅の大きい人だ。
ちなみに座学は私がトップ争いに食い込んでいるけど、もちろん実技は最下位。うん……人のこと言えなかった。
「足の」
「そうそう。殺すくらいの勢いで」
と言いながら攻撃の型を得意げに見せてくるエドガー。その横顔を身ながら私は首を捻っていいた。出会った時から考えていたんだけど――エドガーってどこかで聞いた気がする。それが思い出せないしそのせいでムズムズするのは何だろう。
何か大切なような気もするのだけれど。
「おーい。聞いてるか?」
不貞腐れた声がして頭を上げ苦笑を浮かべて見せた。そこには『せっかく教えているのに』と言いたげなエドガーの顔がある。
私は苦笑を浮かべて見せる。
「いや、私が殺したらまずいでしょう?」
「そうだね。綺麗なレーネの手を汚させるくらいなら、僕が殺してくるよ」
「……」
本日二度目の悲鳴を抑えた私はやっぱり偉いんではないだろうか。と心の中で呟きながら振り向くと、予想と大差ないブライトが立っていた。
さらさらと風に靡いてる髪は空に溶け込んでいるようだ。にっこりと胡散臭く細められている眼は笑っていない。
奴はやる。やると言ったらやる。なんか確信した。私がポンっと軽く両肩に手を置くとブライトは不思議そうに首を傾げた。
可愛く見せてもダメなものはダメ。
「いや、止めて。殺さないで。犯罪だから」
「そうなの? え――じゃあ。腕を折るくらいは」
まずい。犯罪が響かない……だと。
「ダメだってば」
ああ。年を重ねるに従って何かが壊れていっている気がする。……あの手記に近づいて行っているとでも言ったほうがいいのかも知れない。というかなんであんな事になったんだっけ。
――よく思い出せないんだけど。おかしいな。私が死んでからだっけ。死ぬ前だっけ――あれ。
私っていつ死んだろう。
うーんと考えていると私の横から声が飛ぶ。
「あ――そんな事をしたら嫌われるんじゃね? レーネっちに」
「そうなの?」
「……え? ああ。うん。ソウカモ?」
そうかな。なんかなんだかんだで嫌いにはならないと思うが。合わせろ。と言う視線に思わず答えると『分かった』と力なく声が漏れてくる。
「じゃあ、殺さないし、腕も折らないよ」
いい笑顔ですね。ところで。じゃあってなんですか?
……何か他の方法を考えそうなんですが。それは。頑張れと心の中であの四人衆に声援を送ってからこの思考を諦めた。
「そう言えば――この人は? ……友達?」
「う、うん」
友達でいいのかな。特に仲がいいわけでも無いけれど。迷惑ではないかなと顔を盗み見ればそんな事もないらしい。
そう言えば誰とでも仲良くなるタイプの人間だった……それがきっと色なし(わたし)でも気にしないのだろう。世間からどう見られようと。思われようと。
きっと人間と言うものが好きなのかも知れない。なんとなくそう思った。
ちなみに私はと言うと友達って何だっけと言うほどいない。当然と言えば当然なのかも知れないけれど。彼ら、彼女らに取って私は人間以下の存在なのだから。
……。
まぁ。入学からここ迄いろいろあったなぁ……。結果として違いに無視で落ち着いたけど。
思い出して、ほっこりした気分から憂鬱に変わる。
「えと、あんた、ブライトール・エネスだろ? 二年の? 俺はエドガー・ハウエル。レーネっちのクラスメイドだ。宜しくな」
ブライトはにこりと綺麗な笑みを浮かべて見せた。余所行きの笑顔である。何人この笑顔に騙されただろうか。男女関係なく。
多分本人は何とも思っていないだろう。正直私に関しても実際何を思っているかは分からない。
それでも。大切な幼馴染で、大好きな友達なんだけど。
少しだけ。少しだけだけど。感情が乏しいブライトを可哀相に思った。
「知っててくれて嬉しいなぁ」
「そりゃあ。有名だから。文武両道でその顔だろ? しかも――色なしの女の子を連れてきたとなればな」
どこか棘のある言い方にブライトは少し困ったように軽く肩を竦めた。
ブライトは幼馴染である私を無理やりこの学校に連れ込んだというのは有名な話である。それが何のために――と言うのは所説あるそうだけど。私が聞いたのは『道具』として扱うためと聞いた。
そんな訳、ないのにね。
――というか。怒ってくれてるの?
赤い目は真っ直ぐにブライトを見つめている。それはどこか非難しているようにも見えた。私は慌てて口を開く。
「あの。ここに来たのは私が頼んだからで、ブライトはほとんど関わってないんだよ」
それどころか逆に反対していたくらいだ。珍しく感情を露にして。そこまで反対しなくてもと思ったがくらいには。
結局一緒に登校したい。と言い切れば折れた。ちょろい。なぜか私の事となると頭のねじが飛ぶんだよね。双子もそんな感じだからまぁ気にしたことは無い。双子に似たのだろう。きっと。そう言う部分では仲がいい。
おかしい。
「けど……レーネっちがここを選ぶことは無かったろ? もっと他に――」
他に。はない。ブライトが居なければ意味は無いと両親も思っているし、実際の所ブライトが居なければ来たいとは思わない。
それを感じたのかエドガーは口元を軽く噤んでから、申し訳なさそうに眉尻を下げた。
本当に良い人だ。何も考えていない、脳筋と思っていてごめんなさい。
「そか。ごめんな。悪かったよ――ええと。あんたも」
ブライトはにっこりと笑う。天使か何かのような笑顔で。まぁ。案の定何にも思っていないのだろうけれど。
「慣れてるから大丈夫。ああ。でも。良かったね。レーネ。友達。出来て。僕はこの通りすぐ来ることできないし。レーネを助けてくれてありがとう」
「ん」
ブライトも友達少なかったよな。と握手をしている二人を見ながら考える。普段老若男女問わず囲まれているブライトだけど親しい人は見たこともなかった。
お年頃なのだから、恋人が居てもでもいいのに。ブライトは普通――性格はあれだけど――なのだから私に合わせることは無いと思う。
子供時代は大切だってお父様が言ってた。
「……あ」
そう言えば。手記にあった『親友で最愛』の人の名前――。私その人に会うためにここにいるんだという事を思い出していた。間抜けな声に二人が不思議そうに私を見ている。
ああ。そうだ。
確か、『エドガー・ハウエル』だった。私はエドガーの容姿を盗み見る。手記と合っているような違っているような。でも本人を表すなら『赤』って書いてあったので間違いは無いだう。
多分。
うん。第一目標達成。だろうか。
問題はどう二人を仲良くするか。だ。手記通りに行けばいずれ仲良くなるのだろうけれど。『ここか』らで無くては、私が切々と訴えられない。どうしてもあの道に進んで貰いたくない。だから絶対に歯止めが必要なのだと思う。
ブライトにとって何よりも大切なものが。手記のエドガーが歯止めになるにはきっとなにもかも遅すぎたのだ。