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水色の少年

 ブライトール・エネス。


 空を映したような青い髪と、海を凝縮させた青い目を持つ――人形のように美しい少年だった。


 出会ったのは五歳の頃だったか。いつものように私は部屋から抜け出して、邸の庭を走り回っていた時にぶつかってしまって泣いてしまったことを覚えている。


 ブライトの両親は私にさぞ驚いたようだったが心が広く、口が堅く。それ以降も私を消す目のように可愛がってくれて、ブライトとは幼馴染でも兄妹のように育ったと言うのが正しい。どっちが上なのかは議論の余地がある。しかしながら誕生日が一か月早い私が勝ちだろう。


 長い指で空間を軽く撫でるとさあっと霧散する様に霧は晴れて消えていく。まるで水を操っている用だ――では無くブライトは確実に意志を持って操っている。


 青い色を持つものは呼吸をする様に水の魔法を使うことが出来るのだ。昔は暴走して大変だったけれど、人は成長するものだと思う。


 ブライトは胡散臭い――本人はそう思っていない――空気の読めない笑顔で男を見ると男は軽く、嘲るようにして鼻を鳴らした。


「魔法使いか。――は。てぇと、これはてめぇの実験体か? ガキの癖に随分高価なものを持ってるんだな」


 人権は無いくせに希少なので高価である。楽しくない。故に居場所は結構限られてくるのが現実だった。


 例えば特権階級や大金持ち。――あとは。魔法使いだろうか。


 魔力があっても魔法が使えないこの世界の中で、魔法使いも希少である。特にブライトのように一言で魔力(いろ)を特定出来るのはさらに珍しい。そんな人間はどんな境遇であれ、国からの支援を惜しみなく得られるのである。もちろんお金も、だ。


 いや。でもブライトはそんなもの必要ないけど……すべてを持っている子供だから。


 ブライトは肩を竦めて見せた。


「違うよ。僕のでも、おじさんのでもないよ。それでね」


 すっと、男の手に水がまきつく。それを見ながらブライトは笑みを深めていた。十三歳。一体どこから人生経験を得たのか、酷く陰鬱な笑みに見えたのは気のせいだろうか。


 気のせいだと、思いたい。と小さく喉を鳴らす。


「離れてくれないかな?」


「は? え――?」


 じゅつと嫌な音が響いて、男の手首から煙が立ち上った。みるみるうち赤黒くなっていく手首はまるで――そう。火傷をしているみたいだ。


 あ。離れたな。


 そんな冷静な判断の前に男の悲鳴が耳を劈いた。


「ああああああああああ」


「――痛い?」


 笑みは変わらない。何も思っていないようで――何も思っていないのだろう。基本的にブライトは共感力が足りないのだ。無いとは言っていない。圧倒的に足りていない。これでも昔よりは数倍にマシになっていて、昔は本当に人形がただ喋っているのかと本気で疑ったほどだ。


 ともかく、本人としては多分気づかれていないと思っているが、気づくだろう。普通。何年幼馴染をしてきていると思っているんだ。


 お陰で猫かぶりに付き合わされている私の身にもなって欲しい。


 というか。いい加減に見ているだけでも痛くて、私は訴えかけるようにブライトの顔を見る。このままでは骨まで溶かしそうな勢いだ。


 ……別に私はおじさんに大した恨みを持っているわけではないし。頭とお尻と腕と足が痛むだけだし。連れていかれなかったのだし。


 怖かったけど。


「水をね。こう圧縮させて熱を」


 いや、違う。そう言うことではない。


「あの、ね。ブライト」


「てめぇ――っ。あああああああ。これを」


「何もしない?」


「なっ、何もしねぇよ――だ、つだから」


 お願いします。


 ヘラリと、たかが子供に媚を売る男の目は痛みと恐怖で歪んでいる。一方で、そんなことどうでもよさそうに、顔色一つ変えずにそうなんだ。と存外素直にブライトは水を消し去った。『ちくしょう――ちくしょう。なんなんだよっ』おじさんは呟きながら奥に走り抜けていく。その背中は先ほどよりも幾分小さく見えた。なんとなく可哀相だ。


「冷やさないと、いけないのに」


 ぽつりと少しだけ困ったようにブライトが呟いていた。


「ブライトの冷やすは加減が無いから止めて」


 下手をしたら手首から無くなりそうである。『そうかな』とブライトは小首を傾げていた。か、何かに気づいたようにはたと顔を上げると慌てて私の頭にフードを被せる。その合間に細かに傷の確認はしているようだった。


 大した傷はないと分かるとふうっと息を付く。と、にっこり笑ったままこちらを見つめてくる。


 圧が怖い。後ろめたい所があるために余計だ。じっとりと嫌な汗。夏かな。夏だからかなと心の中でしらばっくれてみる。


「そんな事より。探したんだよ――レーネ」


「う、うん。ごめんなさい」


「まったくもう。ほら」


 両手を広げて笑顔で立たれても。私は目を瞬かせていた。


 飛び込め。と。いい年の子が飛び込めと――が、それは酷く魅力的な提案に思えた。小さなの頃は慰めてもらっていた記憶が蘇る。温かい手は何時だって優しくて。


 温かい手はまだここにある。。


 ぱふっと軽い音。トクトクと規則的に聞こえる心臓の音に身体の緊張が抜けていくような気がした。

ふわりと頬を撫でる手が温かくてジワリと涙が出てくる。


 ――ああ。怖かったのだ。と漸く思い出す。怖かった。


 思い出したくなんて無かったのに。私は縋るようにブライトの背中に手を回す。とはいってもほとんど意識はしていないが。


 静かな路地に微かな嗚咽。それを宥める様にしてブライトが私の背を撫でてくれている。


 ブライトの癖に。そんな愚痴がい良くなるほど優しかった。それとと同時に甘えている自分が申し訳なく思える。


 だってこれは自業自得で。甘えてはいけない事だと思うから。でもそれほど強くないことがとても――悔しくて私はまた泣いてしまう。


「――大丈夫だよ」


「うん」


「僕はここにいるから。もう大丈夫。怖い事はないから」


「うん。ごめんね。ごめんなさい」


「頼むから――」


 囁くような言葉は私には届かなくて見上げるとブライトはにっと子供らしい笑顔を浮かべ、私の頬を抓る。一瞬何かを誤魔化すような笑みだと思ったけれど気のせいだろうか。


 にしても――痛くてそんな些細なことはすぐ忘れてしまったが。


「僕は謝られなくてもいいんだけど。あの双子がどうするか見ものだよね」


 いいのか。いい割には力が強くて痛いのだけど。怒っているよね。たぶん。


 ――あぁ。止めて、捻り加えないで欲しい。痛いから。『ごへんなさい』と舌足らずで謝ればパッと手を放してくれた。


 怒ってたじゃないか。と呟けばなんだか楽しそうに笑っている。


 が――そんな楽し気な場合ではない事をはたと思い出して、頭を抱えていた。


 私にはテオ(兄)とノワール(姉)という双子の兄妹がいる。五歳違いで、忙しい両親の変わりに私の面倒を見てくれる優しい人だ。基本的に私に甘くて出来る限り願い事は叶えてくれる。まぁ――外に出ること以外は。だが。庭に出ることさえ烈火の様に怒られたのに怒られないはずはなかった。まぁそれでも懲りなかった私がいるのだが。


 背中に悪寒が走ってぶるりと震えていた。


「ブライトぅ」


 涙目でちらりと見れば一瞬だけ動揺する様に目を見開いて、咳払い一つ。


「んな顔してもダメ。今回はレーネが怒られるべきなんだよ。庇わないからね」


 いつも庇ってくれる――正確にはいつも一緒に怒られるブライトに突き放されて肩を落とすしかない。まぁ。仕方ない。今回は私だけが完全に悪いのだから。ブライトを巻き込むのも可哀相だ。


 仕方ない。


 三時間暗闇説教コースだろうか。ねちねち一日厭味コースだろうか。双子のどちらが主導権を握るかによって違ってくる。


 嫌だなぁ――私が悪いんだけど。


 顔を曇らせていると『でも――』と頭から声が降ってきた。軽く朱に染まった白い頬。目が合わないのは少し照れているからだろうか。


「ど。どうしてこんな事したのか話してくれるなら。いいよ。双子に僕から話しても。理由あるんだよね?」


「え。いいの?」


 くるっと回った掌に、私は目を瞬かせていた。いや――良くないけれど。ここは『私頑張る』言うべきところなのだろうけれど。


 心の弱い私を許してほしいと信じていない神さまに懺悔しておく。


 そんな心の内を見たかのような顔でブライトは苦笑を浮かべている。


「理由が無ければ容赦なく突き出すから。あと、くだらない理由も」


「理由」


 え。理由。


 心の中で復唱。見上げると胡散臭い笑みがある。これは言う迄逃がさない。そんな感じだろうか。


「うん。あぁ――テオが好きな紅茶と、ノワールが好きなワッフルを買っていこう? レーネも甘いものが好きだよね。せっかく出てきたんだ。話ついでに寄って買って行こうよ?」


「……」


 言いたくないわけではないのだけれど。いっても信じないと思うし。下手をすれば頭がおかしいと言われると思う。しかも本人に話すべきことでは無い気がしてならない。いや。なんとなく。


 ――が。


 きゅるうとお腹の虫が鳴る。そう言えばお腹空いているんだった。それを今更に思い出す。


 私はきゅっとブライトのシャツを軽く摘まむ様にして掴んでいた。


「わ、私お金持ってないの。ブライトは?」


 そう。背に腹はかえられないのである。



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