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白髪の少女

 青い空に鳥が孤を描いて飛んでいる。その眼下に広がるのは赤いレンガの並ぶ美しい町並み。山の方に目をくべれば白亜の大きな城が立っていた。そこから旋回して、街に目戻せば、大通りを抜けて細かな通路を一人、異質な子供がフードを目深にして走っていた。




「道に迷うなんて最悪っ」


 こんなつもりなんて無かったのに。


 私は石畳の細い路地を駆け抜けていた。昼下がり。しかも夏に真っ黒なローブを来た子供の存在は目立つ。目立ちすぎて逆に姿を隠す意味が無いくらいには。


 しかも暑くて、身体は汗でべたべたで。喉はからから。もつれそうになる足を無理にでも正して私は足を進めるしかない。


「おい――坊――」


「ごめんなさいいっ」


 心配して声を掛けてくれるお爺さんの前を走り抜け、途中の路地を右に曲がる。さらに細く人一人が通る事が出来る道だ。猫が驚いたような声を上げて去っていく。


 私は漸く立ち止まり、左右上下。確認してから大きく息を吐き出して、そのままそこに座りこんでいた。パンツのポケットからぐちゃぐちゃになった地図を取り出して眺めてみるが――何も分からない。ここがどこかすら分からなかった。


 まずい――と顔を引きつらし、特徴的な建物を探す。奥の方。小さく時計台が見えるが。ここから見てあれが北に在るのか、南に在るのかさっぱりだ。


 おまけに来た道すら覚えていないと来た。突然声を掛けられて逃げてきてしまったのだ。相手が何の目的なのかも確かめずに。今思えば親切だったのかも知れない。


 私はきゅうとローブをかき集める様にして襟元を詰める。微かに見える白い髪。それをぐっとローブの中に押し込んでいた。


「どうしよ」


 絶望気味に呟いて立ち上がる。こうなれば誰かに聞くしか無いのだろう。しかしながらそれはとても私にとって難関のように思えた。生来の人見知りもあるが、それよりも何よりも。人とかかわるのが怖かったのだ。


 正確には人に自分自身を知られるのが怖い。そう言った方が良いのかも知れない。


 黙って出てくるんじゃなかった。心の中で独り言ちる。今頃探してくれているだろうか。それともまだ誰も気づいていないだろうか。私と会うのはごく一部の人に限られるからもしかしたらまだ気づかれていない可能性だってある。


 どうしよう。と、もう一度呟いて口元を硬く結んでいた。


 このまま見つけてくれなかったら。本当にどうしたら良いのだろう。そんな不安がよぎり、ぐっと視界が微かに滲んだがそれを振り切るようにして頭を軽く振った。


 私はただ。『学校』という所に行きたかっただけなのに。


 ぼんやりと空を見上げる。太陽は真上に。そろそろお昼の模様だ。気づけはぐぅと鳴るお腹を抱えてふらふら歩きだす。そう言えばお金持っていただろうか。ガサゴソとポケットを漁ると塵が出てくる。それに若干自分自身に対して苛ついた。


 ……仕方ないじゃないか。私、お金持ち歩くことないし。


 尤も――持っていた所で使い方があまり分からないのであるが。言い訳を自分自身にしながら、どこかで井戸が無いのだろうか。と探す。しかしながら、田舎ではいざ知らず、水道が配備されているこの街にそんなものあるわけないだろう。腐ってもここは首都だ。


 ともかく。歩くしかないよね。道はどこかに絶対続いているって。ブライトが言っていたもの。


 唯一の遊び相手。幼馴染で友達の少年。その顔を、言葉を思い出し少しだけ気分が浮上する。


「大体ブライトが悪いんだ。こうなったのも」


 なんとなく発した声にそうだと思うから不思議だ。別に先ほどまでそんな事を考えていたわけではないのだけれど。


 そうだよね。うん。ブライトが――あんな手記を置いていくのが悪いんだ。私を一人にするのが悪いんだ。だから。と考えていると頭上から影が差している事に漸く気づいて顔を上げていた。


「え?」


「――お嬢ちゃん。迷子カナ?」


 覗き込む男は多分三十代くらいだろうか。無精ひげの些か小太り。粗野な男で、ぐんと寄せられた顔は些かお酒の匂いがした。


 私は弾けるようにして悲鳴を上げ身を翻そうとしたのだ。だが――遅い。強めに持たれた右腕は捻るようにして近くの壁へと押さえつけられる。同時にフードがばさりと頭から滑り落ちていた。


「あ」


 私の間抜けな声。それと共に男が楽しそうに目を細めた。


 ドクンと心臓が跳ねあがる。


「へえ?」


『いいですか? レーネ。お母様との約束です。絶対にその姿を人に見られてはいけません――絶対ですよ』


 さぁつと音もなく血が引いていく頭の中で母親の声が異様に大きく響く。


『何があってもこれだけは優先事項にしなさい。貴方は他人に姿を見られてはいけないのです――いいですね?』


 私にとって人間は敵。これが父母の教えで、私が人を怖いと思う理由だ。そしてそれは多分間違ってはいない。


 この世界に置いて私は異質な物であるはずだから。この容姿は――色は。この世界に置いて唾棄されるものであった。


 バクバクと心臓が鳴る。逃げなければ。そう思うのに掴まれた手は強く締め付けねばかりで緩むことは無かった。


「は、離してください」


 声が上ずる。


「白い髪と、血のような赤い目。か。いちいち目立つからよ。何かと思って来てみれば、すげーな。おい。色なしが捕まるとはねぇ」


「や」


 色なし。その言葉に私は唇を噛んでいた。――そう。私は外に出ないためあまり知らないが私のような容貌を持つものは侮蔑の色を込めて『色なし』と言われる。色なしは神から愛されなかった、祝福を持って生まれなかった証なのだと。


 だから、差別してもいい。人間扱いをしなくていい。人権は無視の方向でなんでもさせていいなんて誰が言ったんだろう。


 私からしてみれば魔力(いろ)がある。それを利用し魔法が使えるくらいで大きな顔はしないで欲しい。


 グイっと髪を引っ張られて私は小さく悲鳴を上げていた。


「傷一つねぇし。お前よっぽどいい家に拾われてるんだな。一儲け出来るか」


 ちなみに色なしは希少で。身体も弱いこともあるのだが、幼いころからいろいろ酷使されるためその命は成人する前に終える者が圧倒的に多い。


 それはきっと私も例外では無いだろう。今のところ元気ではあるのだけれど。だけれど。どう転ぶかなんて分からないものだ。


 今この状況のように。


 突き放される様に放されて私はしたたかにお尻を打ち付けていた。正直痛いが、そんな事を考えてられず即座に身を反転させた。しかし――今度は足首を持たれたようだ。『ひっ』と小さく悲鳴が漏れた。


 にやにやと下品な笑顔に背中が泡立つ。


「――つ」


「残念だけど、もう帰れねぇぜ? 金――いや。いい思いさせてやっからよ。ガキでも。好きな変態はいんだろうさ。まぁ、顔だけは良いんだ。それだけでも儲けものか」


「なにを……放してください」


「警察でも呼ぶかぁ?」


 ははっと笑われて唇を噛んでいた。私たちは『物』だ。物の為に警察が動くはずなど無い。それを母に聞いたときは絶望で泣いてしまった。


 誰も助けてはくれないの――と。あんなにかっこいいと騒いでいた警察が嫌いになった瞬間である。


 どうしよう。どうしたら。


「私は――」


 その続きが続かなくてはくはくと金魚のように口を開いていた。


 怖い。――どうしよう。


 怖い。逃げたい。助けて。


 そう願った刹那だったか――周りがさあっと霧に覆われる。夏の昼下がり。太陽に触れたその一粒

一粒はキラキラと宝石のように輝いて見えた。


 とんっと軽い音。


 そこに現れたのは一人の少年だった。


「レーネから、その汚い手を放してくれないかな。おじさん」


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