プロローグ
ごめんなさい。反省はしている。
――その願いを叶えよう。
それは毒の言葉だった。凍えるような月夜。何も灯っていない、ひんやりと薄暗い部屋の中で少年は『それ』を見つめていた。震える腕で掻き抱くのは少女の細い身体。白い衣服の上からはどす黒い血が滲んでいて、もはやそれが広がることはない。上下しない胸。瞼はピクリとも動くことはなく、体温は周りと同化していくように冷たかった。もはや誰が見ても分かる。こと切れている――と。もうその薄い唇で言葉を刻むことも無く、長い睫が動いて少年を見ることも無いだろう。
分かっているのだ。分かっている。それでも、少年は少女を離すことが出来なかった。何かの夢だと思いたかった。
思いたかったのに。
少年は虚空に浮いた微かなそれ――光を見上げた。鬼火のような、蛍火のようなそれからは熱量も何も感じられない。そこにあるだけだ。この世界に異質なものとして少年の目には映る。
「願い?」
訝し気に呟いた言葉に応えるようにして光が楽しそうに揺らめいた。そう。今の状況をまるで楽しんでいるかのように、だ。
――そう。俺の願いを叶えるなら、その娘を生かしてやってもいい。
見透かしたような言葉に、ドクンと少年の心が揺れる。普段なら。平常な心であれば一蹴しただろう甘い言葉。そんな力などこの世界に存在しないのは分かっている。古今東西。死んだ人間を生き返らせるという魔法が成功した者はいない。不老不死と共にある人類の夢は未だ誰も成しとげた事は無かったのだから。
でも――揺れる思いで少女の冷たい肩を引き寄せた。死んでいる。その現実が猛烈に心をかき乱す。その心を必死に抑え込んで、彼はそれを見つめる。その視界が滲んでいることにも気づいてはいないだろう。
本能が警笛を鳴らすように、頭痛を訴えていた。これは危険だと。聞いてはいけない甘い言葉。それでも――本当にそんな事が出来るのであれば、強く思う。心が叫ぶ。
それでも生かして欲しいのだと。
何を犠牲にしても。
冷たい額に軽く唇を落とす。
「嘘であれば――殺してやる」
――いいだろう。お前ができるかどうかは甚だ疑問だが。
少年の言葉にくくっとそれは喉を鳴らしていた。やはりどこか楽しそうに。それを少年は青い目で睨みつけている。一挙手一投足を見逃さないように。
――簡単な事さ――
『国歴――511年。新緑月。七の日
帝国軍が迫っている。あいつを伴って。万全の態勢だ。きっと僕はここ迄だ。もう僕には何も残っていないのだから。
結局、また失敗するのだ。反吐が出る。
また繰り返して――また失敗する。僕は何度繰り返せばいいのだろうか。もう嫌だ。助けて。
助けて。
ああ、でも。
けれど。そう。一つだけ救いがあるとすれば……あの子にまた会えることだろう――あぁ。
どうか。神さ――』