07 お口の革命、ハグ付きです
エル達四人はベイガリー食堂オススメの料理を注文すると、料理が出来上がるまで雑談に興じていた。
話の内容は主に魔導学園での話などで、エルには内容がいまいちわからない。
「でさ、オルゲル先生がまた無茶なこと言い始めて」
「あの先生はたまに無茶なこと言い始めるからな~。それで、今度は何を言われたんだ?」
「『中級魔術の発動を後5秒短縮しろ』だって」
「うわ~・・・・・・それは厳しいね」
「でしょ?この間やっと中級の魔術を覚えたばかりなのに、それを発動速度を上げろとか無茶言わないでよぉ~・・・・・」
オリビエは悪態をついてテーブルに突っ伏す。
「覚えたばっかりなのに直ぐに出来たら苦労しないっての」
「あはは・・・・・そうだね」
「今度みんなの前で言うみたいだから、覚悟しておいた方が良いわよ?」
「そっちは大変そうだな」
「ライアンの方は?」
「俺か?俺の方は相変わらず、基礎訓練を中心にやってるよ。今は集団戦での立ち回りに関しての講義と実技訓練がメインかな」
「そっちもそっちで大変そうね」
「まあな」
そんな三人の会話を聞きながら、エルは先ほどのオリビエが話していた中級魔術の発動速度に関して頭を巡らせる。
(発動速度か・・・・・確かに、こいつが洞窟で使っていたところを見るに、余り褒められたものではなかったな)
洞窟でオリビエが使っていた魔術は中級魔術に分類されている『ファイアランス』だ。
ファイアランスは分類上では中級ではあるが、その中でも初心者向けと言われている魔術だ。
(速度も威力もいまいち、おまけにたった一発限りな上に発動後の隙もあった。あれでは到底実戦では使いもになどなるまい)
と、一人オリビエの腕前を評価していると、ディアンヌが料理を運んできた。
「お待たせ。さあ、召し上がれ」
「待ってましたっ」
「相変わらず美味しそうっ」
「ありがとうございます」
並べられた料理の数々に三者三様の反応を示しディアンヌに礼を言ってスプーンやフォークを手にする。
「あれ?エル?」
と、そこで何やら無言で運ばれてきた料理を見つめているエルを不審に思い、ライアンが声を掛けるがエルに反応はない。
「なに、どうしたのよ?」
「エルちゃん?」
「何かおかしかったかしら?」
四人が黙り込んでしまったエルに不安を覚えると、エルの口から震えるような声が漏れた。
「お、おお・・・・・なんだこれは・・・・・・これが料理、だと?」
『はい?』
エルのその反応に四人は目が点になってしまった。四人から見たらいつも出されている料理で、これと言った目につくものなど特にない。なのでエルがどうしてそんなことを言うのか四人には理解不能だった。
「く、食ってもいいのか?」
「え?ええ、勿論。召し上がれ」
「では・・・・・・」
恐る恐ると言った感じでスプーンを掴み、目の前のスープを一匙掬い、その小さく可愛らしい口の中に入れる。と、次の瞬間――――――
「美味いっ!!」
一口食べた瞬間、エルは眼をカッと見開いてそう叫んだ。余りにも唐突な事に疎らに居た他の客たちが何事かと五人がいるテーブルに目を向ける。
「なんだこのスープは、こんなにも深みがあるスープが存在するのか?」
続いてフォークを手に取ると、エルはじっくり焼き上げられた鳥の香草焼きを切り取って口に運ぶ。
「っ!!こ、これは・・・・・・一口噛むごとに肉汁が溢れてくる。飲み込んだ後に鼻を突き抜けるようなこの風味、これは、こんなの・・・・・・・」
「え、エル、ちゃん?」
先ほどまで態度から一変、料理を次々と平らげていく様子に口を引きつらせてしまうアイリ。アイリだけではない。他の三人も似たような反応だ。
「何だこれはっ、これが本当に料理なのか?美味い、美味すぎるぞ!!」
余談だが、エルが封印される前の時代では魔物や魔獣、魔族が魔王の影響で活性化し、各地で暴れ回っていた。そのおかげで畑などの農作物、牛や豚などの家畜にも被害が出て需要と供給が上手く回っていなかった。
その為、軍事的な技術は発達しても、食に関する事は発達する機会に恵まれず、食事は栄養を摂取する行為でしかなかった。
「あ、ありがとう。主人が愛情込めて作ったものよ。気に入ってもらえたのなら嬉しいわ」
「主人は凄腕の錬金術師か何かか?こんなに美味い料理は初めてだぞ!」
「いや、その例えはどうなのよっ!?てか、失礼でしょうがっ!」
「うふふ、主人は王都で数年ほど住み込みで料理の修行をしていたの」
「・・・・・・ふむ、なるほど?」
「いや、アンタ絶対わかってないでしょ・・・・・・てか美味しいのは認めるけど、この料理結構一般的な料理よ?アンタ、今までどんな食生活を送ってきたわけ?」
余りにもエルが美味いと連呼する料理の数々はどれも一般的な料理だ。王都で修業したおかげで他の店に比べたら味に差が出ているものの、ごく一般的な料理であることには変わりはない。
それに疑問を持ったオリビエは率直にエルに聞くと、とんでもない答えが返ってきた。
「主に豆を煮込んだスープと干し肉。後はその辺で採ってきた獣の肉や魚、木の実や山菜だな」
『え?』
「そう言えばあの時食ったドスネイルの肉はまあまあ食いごたえがあったな。何と言うか・・・・・そう、野性味あふれる味だったな!」
『ええ~!?』
なぜかドヤ顔を浮かべて胸を張るエルに四人は驚く。ついでに話が聞こえた他の客も驚いて声を上げていた。
「ドスネイルってアレよね?魔獣の・・・・・・」
「ああ、確かBランク指定の魔獣のはず・・・・・」
「あれ、食べられるんだ・・・・・・」
実際に見たことは無いが、一応三人は学園の授業で習っている。他の客も何人かは知っているようで、「アレを食うのか?」と囁いている。
「エルちゃんっ!!」
「ぎゃああ!いきなり何をするっ!!」
店内がエルの食事事情にざわついていると、ディアンヌが何を思ってか、急にエルを抱きしめる。
「エルちゃん・・・・・今まで苦労したのね。ぐすっ」
「ええいっ!お前はいったい何を言っているのだッ!?」
「私に何が出来るかは分からないけど、美味しいもの、いっぱい食べさせてあげるからっ!」
ぎゅう~!!
「ああ、もう・・・・・・好きにしろ・・・・・・」
瞳をうるうるとさせながらそんな何かの決意するように宣言するディアンヌ。そして何が何だかよくわかってないエルは、諦めの境地に至ったのか、もはやディアンヌの腕の中でぐったりしている。
「う~ん・・・・・こうなるとあのチビ助の事情を説明するのは無理そうね」
「だな。説明するとどんどん話がややこしくなりそうだ」
「まあ、気に入られてるみたいだし、大丈夫じゃないかな?」
「それより、私達も食べましょ。せっかくの料理が冷めちゃうわ」
目の前でエルとディアンヌの熱いハグ(?)を見ながら、とりあえず三人は自分の食事を始めるのだった。