06 興味津々
四人が学生寮から出て正門を抜け、三人の後に続いていたエルの視界に飛び込んできたのは見事な街並みだった。
「これが、魔導都市アルハザート・・・・・・」
小高い丘にある学生寮からは街並みが一望できる。そこにはエルが知っているどの街よりも栄えているように見えた。
「こんな都市、初めてだ・・・・・・」
呆然と呟くエルに、アイリはクスッと笑みを浮かべる。
「驚いた?この大陸でも結構栄えた都市なんだよ?」
「まあ、王都に比べればそこまで大きくはないけどね」
「なに?王都はこれよりも広いのか?」
「そうだよ」
「何せ国王陛下が治めてる都市だからね」
別に自分が王様でもないのに自慢げに語るオリビエに苦笑をするライアン。
「さあ、ここで立ち止まっていてもしょうがないし、行こうか」
ライアンに促されて三人は歩き出す。そのまま四人は緩やかな坂道を下って行き、やがて街の主流である道に出る。
と、そこでもエルは驚いて立ち止まる。
「な、何だアレはっ!?」
「ん?アレ?」
「アレだアレ!?」
エルが指さす方を三人が見て見ると、そこには一台の四つの車輪を付けた鉄の箱が道を走っていた。
「何だあの動く箱はっ!?」
「ああ、あれは『魔導車』だよ」
「魔導車?」
「そうよ。火の魔導石を使った動力炉で動く乗り物・・・・ってアンタ知らないの?」
「知らん」
「知らんって・・・・・・ああ、そうか。アンタ穴倉で暮らしてたんだったわね」
先ほどまでの話を思い出してオリビエは一人納得する。
「あれは二年ぐらい前に開発された物で、まだ数は多くないけど、馬みたいに疲れないし、火の魔導石があればいつまでも走らせることが出来るから、馬よりも重宝されてるの」
「まあ、その代わり値段はとんでもなく高いけどね」
二人の話を聞いてエルは強いショックを受ける。
(まさか、これほどまで文明が進んでいるとは・・・・・)
「俺も魔導車には憧れるけど、あの値段はね・・・・上級クエストを六回はやらないと手に入らないぐらいの値段・・・・ってエル?」
見るとエルは顎に手を添えて何やら考え事をしているのかブツブツと呟いている。
「火の魔導石を使った動力炉?つまりは熱を利用した何かしらの機構が組み込まれている?しかしあれだけの質量を動かすのなら火力が足りないのでは?一つではなく複数利用している?いやそもそもそれだけでは熱暴走を起こしてしまうはずだ。つまりそれをさせない為の機構も備わっているはず。それはなんだ?熱を冷ます?いやそれでは意味がない。では熱を―――――」
何かに取り憑かれている様にブツブツと呟くエルの姿は鬼気迫るものがあり、それを見る三人は余りのエルのその姿に思わず一歩引いてしまう。
「ちょ、何こいつ?いきなり独り言を喋り出したと思ったら、何か変なスイッチでも入ったの?ねえ、ちょっとアンタ」
「エルちゃん?エルちゃ~ん」
アイリがエルの肩に手を置いて揺さぶると、エルはハッとする。
「のわ!?な、なんだいきなりッ!?」
「いや、さっきから呼んでるから」
オリビエのツッコミなど耳に入らずエルは急な事にバクバクと鳴る胸を押さえる。
「ビックリさせよって、急に話しかけるな」
「いやだから、さっきから呼んでたって言ってるでしょうが!?」
今にも噛みつきそうなオリビエをまあまあとアイリが宥める。
「興味あるのかい?」
「ああ、ある。私の知らない技術だからな」
ライアンの質問に即答して答える。
エル、もといエルフィアナは元々研究者の気質があり、およそ魔のつく技術は一通り精通しており、その知識の深さも他の追随を許さぬほどだ。
現にエルフィアナが開発、発展させた魔術などはいくもある程だ。その魔術は当時、魔族や魔物と言った者達と戦う者たちにとって、まさに神から授けられたと言っても良い程に広く知られることになった。
それほどまでに魔に魅了されているエルにとって未知の技術は、魔術師として、研究者として、実に興味のあるモノなのだ。
現に今も時たま四人の目の前を通過していく魔導車をエルは熱心に観察している。
と、ここでまたしてもエルの腹からキュルルと可愛らしい鳴き声が鳴いた。
「む、腹が減った。早く案内しろ」
「こ、こいつ・・・・・・誰のせいで足止めされたとッ」
あっけらかんと悪びれる様子のないエルに、オリビエの額に青筋が浮かぶ。
「ま、まあまあ、エルちゃんは初めて魔導車を見たんだし、色々と気になるものだってあるよ、ね?」
「そ、そうだぞ。子供なんだし色々と興味があって良い事じゃないか、な?」
「ぐっ、分かったわよっ」
二人のフォローにどうにか怒りの矛を収めるオリビエ。
「はあ~・・・・・と、とにかく移動しよう。目的地はもうすぐそこだから」
そんなこんなで四人は再び歩みを進め、とある建物の前に来た。
「ここは?」
石造りで出来た建物を見上げると、入り口の上にある看板が視界に入った。
「『ベイガリー食堂』?」
「そう。ここは俺達がよく通ってる店で、値段も安くて料理も美味い、常連の店なんだ」
「ほら、ボサッとしてないでさっさと入るわよ」
オリビエが率先して入り口の扉を開けると、チリチリとドアベルが涼やかな音を奏でて四人を出迎える。
「いらっしゃい」
その音に気が付いた店員がテーブルを拭いていた手を止め、四人に笑顔を向ける。
「あら、オリビエちゃん。アイリちゃんにライアン君も。いらっしゃい」
栗色の長い髪を後ろに束ねた、優しい笑みを浮かべる女性がそう言って微笑む。
「こんにちはディアンヌさん。四人なんですけど、いいですか?」
「ええ、もちろん。って、四人?」
ディアンヌの視界には三人しか映っていないものだから、不思議そうに首を傾げる。
「三人じゃないの?」
「え?」
オリビエが振り返ると、その答えは直ぐに分かった。
(ああ~・・・・・ちびっ子だからか)
三人の後に入ってきたためか、それともその身長故か、エルは丁度二人の陰になっていてディアンヌからは見えなかったのだ。
それを理解したオリビエは二人の後ろにいるエルの小さな手を掴んで引っ張る。
「おわっ、何だ!?」
引っ張られたエルはディアンヌの前に強制的に立たされる。
「四人です」
そう言ってオリビエはエルの頭に手を乗せる。それを鬱陶しそうに払い除けると、エルの身体に衝撃が走る。
「な、なんだ!?」
「やだ何この子、可愛い~!!」
衝撃の正体はディアンヌの熱烈な抱擁だった。
「どうしたのこの子!どこかで拾ってきたの!?」
「いや~拾ってきたと言うかなんというか・・・・」
返答に困っているオリビエ達を他所に、ディアンヌはヒートアップしていく。
「貴方お名前は?歳はいくつ?ああ~この黒髪とっても綺麗。赤い瞳も可愛いし、肌も白くてすべすべ~」
「な、何だお前は!?ええいっ離せ!あ、こらどこを触っている!!」
「この子はエルちゃんって言って、えっと、最近できた友達なんです」
苦笑いを浮かべつつもアイリはなんとかディアンヌに説明をする。
「エルちゃん、素敵なお名前ね!」
「いいから離れろ、苦しい!!」
先ほどからディアンヌに抱きしめられているお陰で、ディアンヌの豊満な胸にエルの顔が埋まってしまい顔を青くしてしまう。
「あらあら、ごめんなさい」
慌ててディアンヌがエルを放すと、エルは酸素を求めてぜえはあと大きく息をする。
「エルちゃんって言うのね?私はディアンヌ、よろしくね?」
ディアンヌは先ほどまでとは打って変わって慈愛に満ちた笑みをエルに向ける。
「・・・・・・エルだ」
渋々と言った様子でエルが名乗ると、ディアンヌは嬉しそうに笑い、改めて四人に目を向ける。
「改めて、いらっしゃい。今席に案内するわ」
そう言って案内するように歩き出す。その後を四人はついていく。
席に向かう途中、ライアンが先に歩くディアンヌに聞こえない様にこっそりと声を掛ける。
「ディアンヌさんは大の子供好きで、たまにあんな風になるんだ」
同じくアイリもエルにこっそりと耳打ちする。
「しかも可愛いもの好きで、エルちゃんみたいな子が大好きなの」
そしてオリビエも参加するように耳打ちする。
「いい人なんだけどね。たまにああやって暴走する時があるのよ」
「はた迷惑な奴め・・・・・・」
「さあ、こちらへどうぞ」
ディアンヌに案内され、一つのテーブル席に案内され席に着く。
何だかんだとあったが、ようやく飯にありつけると安堵するエルであった。