05 賢者の隠れ里
魔導都市アルハザート。そのアルハザートにある魔導学園の学生寮の談話室にて、エルの口から今まさに思いついたデマ話が披露されようとしていた。
「お前達は聞いたことがあるかは知らないが、私は『賢者の隠れ里』にいたのだ」
「賢者の隠れ里って・・・・・・」
「魔術を極めるために世間から姿を消した変人たちが作ったって言う、あの?」
「でもあれってただの作り話じゃないの?実際は犯罪者なんかが世間から隠れるために作ったものだって聞いたことあるけど」
アイリ、ライアン、オリビエの三人は口々にそう言って首を傾げる。
どうやら心当たりはあるが、噂話としてしか聞いていないようで、三人とも半信半疑な顔になっている。
(ふむ、一応聞き覚えはあるみたいだな)
三人の反応を見て、これならいけるかと思い、更に話を進めていく。
「賢者の隠れ里は実在する。里、と言っても穴倉だがな」
里、と呼ばれれば想像するのは何処かの田舎の集落などをイメージするが、実際は違う。賢者の隠れ里は山の中腹に空いた洞窟の奥に存在していた。
「普段は魔術で入り口を隠蔽しているから普通に探しても見つかることは無い。加えて人里からも離れているし、周りは山と森だから、人も滅多な事では近づいて来ることも無い」
俗世から離れて魔の探求を求めた変わり者、賢者とも愚者とも呼ばれる者たちが、ただ研究をする為だけに集まり作られた研究施設。それが賢者の隠れ里なのだとエルは三人に説明する。
「エルちゃんはそんなところで暮らしていたの?」
「そうだ。私はそこで生まれ、育てられた」
「研究の為の施設・・・・・そんなところでどんな生活をしていたんだい?」
「そうだな・・・・・物心ついた時にはそこら辺に転がっていた魔導書を絵本代わりにして文字を覚えて、偏屈なジジイ共から魔術を教え込まれて、その内ジジイ共の研究の助手なんかをして生活をしていたな」
(まあ、それに嫌気がさして里を飛び出したんだが)
とは心の奥に留めておく。
「それで?どうしてそんな場所で暮らしていたアンタがあんな場所にいることになるのよ」
まだ疑っているのか、オリビエが疑惑の目を向けたままエルに問いかける。
(まあ、予想通りの質問だな。さて、ここからだな)
ここからが本番だと内心気合を入れてオリビエの質問に対して答える為に口を開く。
「簡潔に説明すると、実験の失敗だ」
「実験?それはいったい・・・・・・」
「転移魔術だ」
「「「転移魔術!?」」」
エルの答えに三人の声が重なる。
「そうだ」
「転移魔術ってアレだよね?離れた場所に瞬時に移動する」
「確か王都の方で研究されていたはずだけど、未だに完成していないって話を聞いたことがあるが・・・・・」
「けど、こいつの話が本当だとしたら、こいつがここにいる時点で成功したって事じゃないの?何で失敗なのよ」
確かにオリビエの言う通り、エルがあの場所にいた時点で術は成功したと言える。それではエルの説明に矛盾が生じる。
それに関してもエルは答えを用意してある。
「確かに術は発動できた。が、そこまでだ。問題なのは転移先」
「転移先?」
「ああ。本当なら術が成功すれば里から少し離れた山の頂上付近に転移する予定だった。が、結果は御覧の通り。私の知らない場所にこうして転移されてしまったんだ」
転移魔術の失敗による事故。これがエルが考えたシナリオだ。
三人はエルの話を聞いて難しい顔をする。
「確かに、噂通りなら隠れ里にいる頭のイカれた連中なら術の開発は可能かも」
(頭のイカれた連中、か。確かにそうだな)
常に研究の事しか頭になく、時に倫理に背いたこともしようとした連中だ。頭がイカれていると言われればエルも納得してしまう。
「・・・・・・事情は大体わかった。それで君は元いた場所に帰れそうなのかい?」
頭の中で今までの話を整理し終えたライアンがエルに聞くと、エルは首を横に振った。
「ここがどこなのか、私は知らない。加えて里の正確な位置もだ」
「それってどういう事?アンタ、そこで暮らしてたんでしょ?」
エルの答えにオリビエが疑問の声を上げる。これにはエル自身が現在陥っている状況を少しだけ織り交ぜて話を合わせることにした。
「知っての通り、賢者の隠れ里は世間とは関わり合いを絶った場所だ。故に、外からの情報は入ってこない。そして里にいる連中も外に興味がない。生きるための最低限の知識は教えられたが、それ以外の外の話は聞いたことがない」
「だから里の場所も知らない?」
「そう言う事だ。分かるのは大陸の中心から北東の方角にある、と言う程度だ」
「また漠然とした情報ね」
「帰れないとなると、これからどうするべきか・・・・・・」
『んん~・・・・・・・』
エルの置かれた状況を理解して三人は頭を悩ませる。
「流石にこんなチビっ子を放置するわけにもいかなし・・・・」
「かと言って、ここに置くわけにもいかないからな」
「そうだよね。学生寮は部外者は入れないし、今もこっそり部屋に連れてきたわけだから」
三人でああでもない、こうでもないと話していると、キュル~・・・・と音が鳴った。
三人は音のした方、エルを見ると、エルは自分の腹をさすりながら言い放つ。
「腹が減った」
その一言に三人の目は唖然とする。
「アンタね~・・・・・自分が置かれた状況が分かってんの?」
オリビエが深々とため息を吐いて項垂れる。
「ははっ、いいじゃないか。気分を変えて飯にしよう」
「ふふっ、そうだね。もうお昼だし、今日は休日で食堂は開いてないから外に行きましょう」
「はぁ~、緊張感無さすぎでしょ」
アイリ、ライアンは笑い、オリビエはため息をついて呆れる。エルはそんな三人の様子を見ながら内心安堵の息を吐いた。
(ふぅ~・・・・・何とか誤魔化せたか?)
三人の様子を見るに、エルの話を概ね信じている様に見て取れる。若干オリビエがまだ疑っているような節はあるが、それでも大げさに疑いの眼差しを向けているわけではない。
(ふむ、大丈夫そうだな。しかし・・・・・)
エルは改めてどこで昼食を採るかで話している三人を見て、不安を覚える。
(私が言うのも何だが、こいつら大丈夫なのか?)
エルが先程まで話していた内容は半分が嘘で出来ている。少し考えればエルの話に矛盾があると気が付くだろうが、三人にその様子はない。
(お人好しなのか、それともただの馬鹿なのか。まあ・・・・・)
「エルちゃん。行こうっ!」
話し合いが終わったのか、三人はエルに向き直り笑みを浮かべる。
(悪い奴らではない、か)
こうして四人は昼食を採る為、街へと出かけることになった。