06 喧嘩を売っているのか?
人目を引くほどの高笑いを上げながら、三人の男達が人垣を抜けてきた。
「おいおい、誰かと思ったらライアン達じゃないか」
「チッ、ビッカスか・・・・・・」
ライアンにしては珍しく忌々しそうな目つきで人を見る目にエルが意外感を覚えていると、ビッカスはエルの方に目を向ける。
「聞こえたぜ?そこのお嬢ちゃん、マナがたった一万二千しかないんだってな?」
「っ!」
ビッカスの無礼な発言に、エルは咄嗟に前に出ようとするが、オリビエがそれを片手で制する。
「・・・・・・・それが?アンタに何か悪い事でもしたわけ?」
ライアンと同じく、オリビエもが忌々しいと言いたげな態度でビッカスに言葉をぶつける。アイリは何も言わないが、その瞳にはライアン達と同じような目を向けていた。
「別に?ただ――――――」
「ただ、何よ?」
そこでビッカスはニヤリと人の悪い笑みを浮かべながら、芝居がかった仕草で後ろに振り向いて組合内にいる人間に聞こえる様に、殊更大きな声で話し始めた。
「いやいや、まさかかの有名な魔導学園の生徒さまであらせられるオリビエ嬢達のお仲間とは思えないほど低レベルなマナ保有者だと思って見て見れば、これはまた可愛らしいお嬢様じゃありませんか」
その声に一部の人間たちの間からクスクスと笑う声がオリビエ達の耳に入ってくる。
「学園の後輩ですか?駄目ですよ、危険な仕事をすることもある冒険者活動に、こんな可愛らしいお嬢さんを巻きこんでは。いくらエリートと呼び名の高い学園の生徒であるオリビエ嬢達が付いているとは言え、危険にさらすのは同じ冒険者である私達も気が引けてしまいます」
そこが限界だったのか、ビッカスの後ろに控えていた二人の仲間と思しき男達が一斉に噴き出した。
「あっはははは!!ビッカス、止めたやれよ!」
「そうだぞ、いくら何でも言い過ぎ・・・・ぷっ」
言葉とは裏腹に、二人はどう見てもエル達の事を見下している様にしか見えない。ビッカスが最初からこうするであろうことが分かっていたにもかかわらず、それを止めようともしないところを見ると、この二人も同じ人種の人間に見える。
「・・・・・・・さっきから、一体何が言いたいのよ」
オリビエが怒気を含んだ声で問うと、ビッカスは改めてオリビエ達に向き直る。その顔には先程から浮かべている嫌らしい笑みが張り付いたままだ。
「それじゃあ率直に言わせてもらうぜ」
先ほどの様な芝居がかった口調から一変、今度は脅すようなドスの効いた声を出す。
「ここはガキの遊び場じゃないんだよ。テメエらみたいな鼻のつくガキ共がいるだけで目障りだってのに、その上こんなチビまで連れてくるとは、一体どういう事なんだ、ああ?」
「っ!」
ビッカスの迫力に、一瞬オリビエがたじろいでしまうが、直ぐにキッとした目つきでビッカスに挑む。
「この子は立派な魔術師よ。実力だって、ここにいる誰よりも上よ!」
毅然とした態度で言い放ったオリビエの言葉が組合に響き、一瞬静寂が組合内を支配する。
が―――――――
「ぷっ、あははははははははは!!」
ビッカスの上げた笑い声を合図に、組合の中のそこかしろから同じように笑い声が上がる。
「おいおい、冗談も大概にしとけよ?こんなガキが俺達よりも実力が上?ははははっ!!」
ビッカスと同じ意見なのか、他の連中も同じような野次を飛ばしながら笑っている。
「なあオリビエよ、頭大丈夫か?そこの孤児の二人に変な妄想でも吹き込まれたのか?ライアン、アイリ、ダメだぞ?オリビエお嬢様にそんな事を教えたら」
「っ!二人が孤児なのは関係ないでしょっ!!」
孤児、と言う言葉に反応したオリビエが先程よりも大きな声で怒鳴り返すが、ビッカスは平然とした様子でそれを聞き流す。
「別に本当の事だろ?親もいないんじゃ一般常識だって他の人間より乏しいだろうしな、ははっ」
言われた二人、ライアンとアイリは気まずげな眼差しをオリビエの背に向けてしまう。幸い、オリビエは背を向けていてそれに気づくことは無い。もし気が付いていたら、オリビエは迷わず二人に平手打ちの一つでもくれていただろう。
それを証明するかのように、オリビエの頭の中で何かが切れる音が鳴った。
「アンタ、いい加減に――――」
ビッカスに掴みかかろうとしたオリビエは、小さな手に自分の手を握られることによって踏みとどまった。
「エル・・・・・・」
オリビエの手を掴んでいたエルはゆっくりと手を離し、何か言おうとしているオリビエを無視してビッカスの前に立つ。
「何だ?何か文句でもあるのかチビ助」
「・・・・・・・・」
問われたエルは何も言葉を発することなく、ただただビッカスをその赤い眼で見上げるだけだった。
「おい、無視してんじゃねえよ、何か言ったら―――」
「馬鹿なのかお前は?」
「・・・・・・・・は?」
エルの放った言葉に、ビッカスはおろか、他の人間たちも動きを止めてしまう。
「お前はさっき、『親もいないんじゃ一般常識だって他の人間より乏しいだろうしな』と言ったな?私からすればそれはお前の方だぞ?」
「な、何言って――――――」
「そもそも、親がいない事に何の問題がある?一般常識が人より乏しい?人を見下して馬鹿笑いを上げているお前に、いや、お前達に比べたら、こいつらは常識を持った人間に思えるが?」
お前、ではなく、お前達とあえて言い直す事で、組合にいる人間すべてを対象にして言っていることを悟らせる。
「お前達は親がいるのだろ?それなのにそんな常識も教えてくれなかったのか?仮に教えてもらえなくとも、その歳にもなれば分かりそうなものなのだが・・・・・情けない」
「てめえっ、いい加減―――――」
ビッカスに発言を許さないとばかりにエルはまくし立てる様に言葉を続ける。
「それに魔導学園の生徒だからなんだ?お前達は魔導学園に親でも殺されたのか?それとも、実力では敵わないから寄ってたかって子供の様に唾を飛ばしながら悪口を言う事しかできないのか?だとしたら、だ・・・・・子供は一体どっちなんだろうなぁ?」
エルの口が嘲笑に歪む。
「こ、このクソガキがっ!」
それを見たビッカスが青筋を立てて怒りを露にするが、エルはどこ吹く風というように涼しい顔をしている。
が、内心エルは怒りが爆発しそうになっていた。それは自分の事を見下したこともあるが、それよりも――――
(こいつらに言いがかりを付けるのは問題外だ)
オリビエ達に対してビッカスが言った発言に、エルは怒りを覚えた。といっても本人はその事を認めようとはしないだろうが。
エルの馬鹿にするような発言に、ビッカスは含む仲間の二人も一緒になってエルに対して怒りを露にする。
「ガキはお前だろうが」
呆れたようにビッカスに対して挑発とも取れる言葉をため息と共に吐き出すエル。それを見たビッカスの手が怒りによってエルに大きな手が伸びようとした。