03 火と油
冒険者登録をしないか、と言う言葉に目を丸くするエル。オリビエは簡単に言えば冒険者になって金を稼げばいいと言っているのだ。
「しかし、冒険者登録はそう簡単にできるものなのか?」
エルの疑問は七英雄が活躍していた時代によるものだ。
当時の冒険者は主に遺跡調査や魔物の討伐などがメインで、常に危険が伴う命懸けの職業だった。
故に、その登録も極めて難しく、登録する際にはある程度の実力が無ければ門前払いを食らうぐらい難しいものだった。
それらをエルが説明すると、オリビエはそんなことないと言って首を振った。
「今は昔ほど厳しくはないわ。遺跡調査や魔物退治とかはもちろんあるけど、昔ほど頻繁にある様なものじゃないの。だから登録も結構簡単に出来る様になってるわ」
「と言っても、年齢制限があるんだけどね」
捕捉するようにアイリが説明する。アイリ曰く、登録にはある一定の年齢からじゃないとできないらしい。
「それはいくつぐらいの年齢だ?」
「十五歳から」
「・・・・・・・・・・それでは私は登録できないじゃないか」
実年齢で言えば、エルは十分資格のある年齢なのだが、学園に入学するに際し、エルの年齢は書類上では十三歳とされている。つまり今のエルには冒険者登録をする資格がないのだ。
「と、思うでしょ?」
「何だ、その思わせぶりは?」
ふふっと不敵な笑みを浮かべながらオリビエが種明かしをする。
「なんと、わたし達魔導学園関係者は生徒を含め、その制限がないのよ!」
「ほう」
「学園の許可を貰う必要があるんだけど、それさえもらえれば年齢制限を無視して登録が可能なの」
アイリの補足説明によると、魔導学園に通えるだけの知識と実力があれば、年齢制限を設ける必要性がないと言う事だ。つまりは魔導学園と言う名の組織の信頼の表れともいえる。
「だからエルちゃんでも登録は可能だよ」
「なるほど」
アイリの説明を一通り聞き終えたエルは、腕を組んで少しだけ考え込んだ後、顔を上げて二人に目を向けた。
「よし、私は冒険者登録をするぞ!」
エルの答えに、二人は笑顔を浮かべながら大きく頷いた。
* * *
登録には学園の許可が必要、と言うわけで、エル達は早速学園に向かう事にした。
本日は休日なのだが、学園に行けば誰か教師の一人ぐらいいるだろうと適当に考えての事だ。最悪フィーリアムの自宅に押し掛ければいい程度に考えていた。
「なるほど、それで今から学園に行くって訳か」
玄関先で偶然にもライアンと会い、何となくの流れで一緒についてきたライアンは、アイリから学園に行く目的を聞かされていた。
「エルが冒険者になってくれたら、俺達と一緒に依頼を受けるのもありだな」
「でしょ?」
ライアンのこの発言がオリビエやアイリと同じ、エルがいてくれるのなら依頼が楽にこなせるだろうと言う、実に他力本願な思惑だった。二人もそれを分かっているのか、エルには見えないところでほくそ笑んでいる。
「そうだな、それもありかもしれん」
そう言って三人の先を歩くエルは立ち止まると、くるりと三人に向き直って意地の悪い笑みを浮かべる。
「お前達が私に頼りっぱなしにならないのならな」
その発言により、三人はぎくっと肩を震わせて乾いた笑い声を上げる。
「そ、そんな事は・・・・・・」
「な、ない、わよ?」
「は、はは・・・・・・」
「姑息な奴らめ」
白々しい三人の反応に呆れたため息を吐きながらエルが再び歩き出す。それを三人は若干の気まずさを持って追いかけて行く。
ところ変わって学園の職員室。
今日は休日で学園は休みなのだが、大人の事情に巻き込まれて一人の女性教師が机の上に置かれている書類と格闘していた。
「ああ~もうっ!何で休みの日までこんなことやらなきゃいけないのよ!!」
そう言いながら女性教師、ルルイエが天に向かって吠える。
ルルイエは学園の保健、救護を担当する教師なのだが、何故にそのルルイエが書類と格闘しているかと言うと、もうじきある薬品関係の在庫チェックの期限が迫っていたからだ。
半年に一回、学園の備品などは教師総出で在庫のチェックや、備品や設備などの点検が行われる。これは魔術を扱う学園ならではで、定期的にこのような確認をしておかないと、中には危険な薬品なども扱う場合もあるので、生徒に万が一危険が無いように、こうして確認作業が設けられている。
そして、これには各々教師が担当を持っていて、期限以内に確認事項の書類に記入して提出しなければならない。
説明が長くなってしまったが、つまり何が言いたいかと言うと、ルルイエは期限が間近に迫っているお陰で、こうして休日を返上して仕事をしているのだ。
「折角の合コンが、このペースじゃ参加できないじゃないのぉ~・・・・・・」
今年で二十七歳になるルルイエ。最近の悩みは「このままでは婚期を逃す」である。
「あぁ~、私、可哀想な女・・・・・・」
悲壮感たっぷりにこう言うが、全て自分がサボっていたのが原因である。
一応ルルイエの為に言っておくが、ルルイエは決して魅力が無い訳ではない。
総合的に言ってルルイエは美人の部類に入る。身長は高く、手足もスラリとしておりモデルの様な身体で顔も悪くない。胸も大きく男性とすれ違うとつい目で追ってしまうぐらいだ。
のだが、婚期が危ういと男性に対して攻めすぎるためか、同じ職場にいる男性教師の間では引かれていて「美人だが残念美人」と揶揄されている。
「私の何所がいけないって言うのよ!」
全て自分が悪いのである。
「誰かいい男いないかしら・・・・・」
そんな俗世な事をほざいていると、職員室の扉がガラッと開いた。
「失礼しま~す」
「んん?」
扉の方に顔を向けると、そこにはよく知った三人の生徒の顔があった。
「あら、ライアン君たちじゃない」
「こんにちは、ルルイエ先生」
ライアンが挨拶すると、残りの二人も釣られるように挨拶をする。
「どうしたの?今日は休日よ?」
首を傾げるルルイエに、ライアンは三人の背中で隠れてしまっているエルを前に出す。
「この子に、冒険者登録の許可書を出してもらいたいんです」
「この子に?」
そう言ってルルイエはエルを頭からつま先まで眺めると、おや?と言う顔を浮かべた。
「貴方、確か・・・・・・」
「何だ?人の顔をじろじろ見よって」
初対面のルルイエにまじまじと見られて不機嫌な態度になるエル。それに構わずルルイエがエルを凝視していると、何かを思い出したのか「ああ!?」と大きな声を上げた。
「貴方、あのおかしな魔術理論を考えた意味不明な生徒ね!?」
「誰が意味不明だ!喧嘩を売っているのか貴様っ!!」
初対面であるはずのエルに対して意味不明発言をしたルルイエに怒鳴り散らかすエル。
「え?なに?こんなちっちゃいのに冒険者になりたいの?」
改めてエルの全身を眺めてからのちっちゃい発言。これに対してエルは更に怒気を強める。
「貴様!この私に対して無礼だぞ!!」
「貴方こそ、『貴様』とは無礼ね!私はこの学園の教師よ?その教師に向かって貴様呼ばわりする貴方の方こそ無礼でしょ!?」
何故か言い合いが始まってしまったエルとルルイエ。いきなり始まった二人の言い合いにどうしていいのか分からず残された三人は呆然とそれを見ているしかできない。
「貴様の様な無礼な奴は『貴様』で十分だ!!」
「何ですって!?」
ちょっとからかうつもりが、エルの態度と言葉に今まで仕事をしていたフラストレーションが一気に爆発してしまう。エルもエルで冗談を真に受けて怒りを爆発させる。
置いてけぼりを食らう三人を他所に、エルとルルイエの言い争いは過熱していく。
「大体、貴方の様なちっさいのが冒険者なんて早いのよ!もっと大人になってからにしなさい、お・と・な・に!!」
椅子から立ち上がってエルの目の前で仁王立ちになるルルイエ。女性としては身長が高い方のルルイエが立ち上がると、身長の低い人間にはそれだけで威圧を与えるもの。
エルも残念ながらその一人だったようで、グッと奥歯を噛む音が鳴る。
「いい?色々とちっさい貴方が冒険者になっても意味なんてないの。私くらいおっきくなってから出直してきなさぁい」
そう言いながら前屈みになってわざとらしく大きな胸をエルの顔に押し付ける。
その行動にいよいよ頭の血管がキレたエルが腕を振り上げる。
「その無駄な脂肪を押し付けるな、この馬鹿乳女が!!」
バチンっ!と振り上げたエルの小さな掌が、ルルイエの大きな胸を叩く。
「痛ッ!?何するのよこのチビ!!」
叩かれて激昂したルルイエがエルの肩をガシっと掴むと、それに負けじとエルもルルイエの腕を掴む。
「誰がチビだこの馬鹿乳があぁぁぁぁ!!」
「何ですってえぇぇぇぇぇ!!」
ついにつかみ合いに発展する二人。流石にこれはマズいと慌てるライアン達だが、二人共凄い勢いで取っ組み合いをするものだから手が付けられない。
一体どうすればいいのかとライアン達が途方に暮れていると、救世主が現れた。
「一体何の騒ぎ―――って、何をしているんですか!?」
「学園長!!」
救世主は、この学園の頂点である学園長こと、フィーリアムであった。