01 無いものは無い
ミズガルズ魔導学園。そこから少し離れた場所に立てられている学生寮のアイリの部屋。そこでは今、アイリとオリビエの二人が向かいの席に座るエルの一言に驚愕の顔を浮かべていた。
二人でお茶を楽しみながら和気藹々と談笑をしていた中、突然アイリの部屋にやってきたエルは、二人の対面の椅子に座ると、とんだもない事を口走った。
「今、何て?」
エルの放った言葉を信じられないと言う様に、オリビエはもう一度何を言ったのかを確認する為にエルに聞くと、エルは机に両肘をついて手を組み、まるで親の仇の様な眼をしながら、もう一度同じセリフを吐いた。
「金が・・・・・・・・ない」
エルのこの言葉に、二人の顔から表情が抜け落ちた。
* * *
エルがアイリの部屋を訪れる約二時間ほど前の事、エルはベイガリー食堂を訪れていた。
目的はディアンヌが作るスイーツだ。
「んん~、美味いっ!」
「うふふ、そう言ってもらえると作った甲斐があったわ」
口の端に生クリームを付けたエルは、緩み切った顔をしながら新作ケーキにフォークを突き刺して口の中に放り込む。
エルがベイガリー食堂を訪れたのは、ディアンヌが新しいケーキを作ったと言う話を耳にしたからだ。
ベイガリー食堂では普通に出される食事類は店の主人であり、ディアンヌの夫が担当し、ディアンヌは主に接客とスイーツを担当している。今出されているのもディアンヌが作った新作のケーキだ。
新作のケーキの情報は前から知っていたのだが、オルゲルの起こした魔導人形事件からこっち、事後処理で色々とフィーリアムにこき使わ・・・・・手伝いをしていたので中々時間が作れなかった。
事件が解決して一週間。ようやく時間が出来たエルは頑張ったご褒美と称してベイガリー食堂を訪れたのだ。
(色々と面倒な書類やらを書かされたりしたが、まあいい。得るものもあったし、結果だけ見るなら十分な報酬だろう)
エルは今回の件の事後処理を手伝う代わりに、フィーリアムからある物を融通してもらっていた。
(アレをどう使うか・・・・・・・ま、今はそれは置いておこう。それよりも――――――)
「お待たせ。スペシャルチョコレートパフェよ」
「おおっ!!」
何事かを考え込んでいたエルだったが、ディアンヌが持ってきた追加のスイーツが運ばれてきたことにより、先程まで考えていたことなど頭から追い出して、パフェと一緒に置かれたスプーンを手に取る。
「やはりいつ見てもこれは素晴らしいな!」
「エルちゃん、本当にそれ好きよね」
実はエルは封印から目覚めてからこっち、時代の流れと共に進歩、発展した食文化にえらくご執心になっており、とりわけエルが関心を寄せているのがスイーツ関係だ。
その中でも一度どうしても他のスイーツが気になってこっそりベイガリー食堂に一人で訪れた際、ディアンヌのオススメで出されたのが、このスペシャルチョコレートパフェだ。
スペシャルと名が付くだけあって、器は通常のパフェの器よりも大きく、中に詰められているものも豪華な内容になっている・・・・・・・その分、お値段は当然お高くなっているのだが。
それを食べたエルはチョコパフェの魅力にハマり、以降何かに付け込んでこうしてベイガリー食堂に訪れてはスイーツを食らっている。
「この口に入れた時のほろ苦くも甘いチョコ・・・・・このアイスも冷たく、そして甘く・・・・・食べ進めれば幾層にも分かれている味の地層・・・・・・素晴らしい!!」
エル、大絶賛である。
そんな風にパフェの評価をしながら満面の笑顔で美味しそうに食べるエルの姿を、食堂にいる別の客、とりわけ女性客がパフェを食べるエルの姿をチラチラと盗み見ていた。
「・・・・・・すみませ~ん、チョコレートパフェを一つ」
「あ、私は苺パフェ」
しばらくチラチラとエルの姿を見ていた女性客は、堪えられないと言った様に注文の声を上げる。その声はこの女性客二人だけではなく、次第にその数を徐々に増していった。
たちまち店内はスイーツ祭り状態になってしまい、ディアンヌはホールをバイトで雇った従業員に任せ、夫と共に厨房でスイーツを作り始める。
「うふふ、エルちゃんのお陰で今日の店の売り上げは期待できそうね♪」
「ああ、まったくだ」
夫婦そろって汗を流しながら爽やかな笑みを浮かべながらそんな事を話す。
実はエルのお陰で、ここ最近のベイガリー食堂の売り上げが上がっていた。
見た目だけなら美少女と言っていいエルが、満面の笑みを浮かべながら実に美味しそうに食事をする姿は、見ている他の客達にも影響を及ぼし、エルが頼んだ料理を自分も食べてみようかな、と思って注文するという、実に商売としてはいい環境がエルのお陰で出来上がっていたのだ。
更にこの現象が定期的に起こるため、どこから話を聞きつけてきたのか、新規の客までつくようになった。今ではこの近辺でベイガリー食堂はちょっとした有名店だ。しかも妙な噂話まで出ていると言う。
訪れた客曰く、天使の食事処、などと言われているらいい。
もちろん出される料理は元々美味しいと評判ではあったのだが、そんな噂を聞きつけた客が店を訪れる様になり、噂の元になっているエルを見て見たいという客が来るお陰で、ここ最近は忙しい日々を送っていた。
「新しいバイトの子を雇おうかしら?」
などと本気で悩むくらいには忙しいのだ。
* * *
「いや~実に美味だった」
満腹満腹と若干ぷっくりと膨らんだ腹をさすりながらメインストリートの通りを歩くエル。
「しかし、この時間は人が多いな」
時刻は昼を少し過ぎたあたり。通りにはそこら辺に人があるれ、メインストリートの名に恥じぬ賑わいを見せていた。
押し合いへし合い、とまではいかないが、それでも小さな体では時折人にぶつかりそうにもなる。
「・・・・・・・こっちの道に行くか」
スイーツ目的で外に出たため、それ以外の予定など特にないエルは、人の多さを避ける様にわき道に入って行く。
「ここはそこまで人がいないな」
表とは違い、疎らになった道を歩きながらキョロキョロと辺りを観察しながら歩いて行く。時折気になる店を見つけては中を覗いたりしながら歩いていると、ふとある店に目を引かれた。
「・・・・・・・・ふむ、ついでだし、寄っていくか」
フラフラと引かれるようにその店に足を向けるエル。さながら夜の街灯に引き寄せられる虫の様だ。
「ふむ、特に目新しいものは――――――」
店に入るなり物色を始めたエルは、ある商品棚でそれを見つけた
「こ、これはッ!!」
その商品を見つけたエルは大きく眼を見開いた。