39 執行者エル
「さてっと・・・・・・」
魔導人形を倒したことで、今まで使っていた記憶融合の術を解除し、オルゲルに目を向ける。
「ひっ!」
「貴様・・・・・ガキの命を使って人体実験とは、どこまでもクズな事をしてくれたな」
オルゲルへと向けるエルの瞳の中に、殺意と怒りが入りが入り混じった光が宿っていることに、オルゲルは底知れぬ恐怖を感じ、自然と腰が抜けて地面に尻餅を付いてしまう。
「な、何故だ」
「ああ?」
ガタガタと歯を鳴らしながら、オルゲルはエルに疑問の声を上げる。
「何故貴様の様な小娘が、かの英雄の技を使える!?」
それはオルゲルにとってありえない事だった。
今や古い文献やおとぎ話のような物語の中だけで語り継がれる英雄たちの使う技は、どれも現代では一部を除いて再現が不可能と言われるほどの高度な技術ばかりだった。
それをエルの様な自分よりも年下の少女が容易くやってのけた事に、一魔術師としてどうしても認めたくなかった。
何故ならオルゲルも幼いころ、かつての英雄たちに憧れて魔術の道に進んだ者の一人だったからだ。
だからどうしても認められなかった。
自分がどれだけ努力しても決して届かなかった英雄の技。それを別の形で再現し、いや、越えようとした結果、オルゲルは道を外した。
なのに目の前の少女はそれを、自分が求めてやまなかった事を平然と成し遂げてしまった。
その事にオルゲルは嫉妬した。
だから聞かずにはいられなかった。どうしてかの英雄が使う技を使えるのかと。
問われたエルは、何を当たり前な事を言っているんだと言いたげな目を向けながら口を開いた。
「アレは私がバルドスに教えた技だ。私が使えて当然だろうが」
「・・・・・・・・・・・・は?」
エルの答えに、オルゲルの脳は真っ白になった。曰く、この少女は何を言っているのだと。
「・・・・・・・・・今、何と?」
間抜けな顔を晒しながら、オルゲルはもう一度確認するようにエルに問うと、問われた本人は若干イラついた顔をしながらもう一度同じことを言った。
「何度も言わせるな。私が教えたんだ、私が使えて当然だ」
やはり同じ答えに、オルゲルはいよいよパニック寸前に陥る。
「何を・・・・・貴様は、一体何を―――――」
言っているんだ、と続けようとして、言葉を詰まらせた。オルゲルの頭に、突拍子もない考えが過ったからだ。
それは、目の前にいる少女の容姿を見て出てきたありえない考え。だが、なぜかそれがしっくり来てしまう不思議な納得感。
(長く黒い髪・・・・・・・血の様な深紅の瞳・・・・・・)
少女の持つ黒髪と赤い眼に、かつて幼いころに聞いた物語を思い出す。
(こいつの名は・・・・・・確か、『エル』・・・・・・・!?)
今は遠い、思い出の中の名前。
「ま、まさか・・・・・貴様は、いや、貴方様は、エル・・・・・・・・『殲滅姫』エルフィアナっ!?」
かつて世界を救った偉大な英雄の名を。
「・・・・・・・・・・私は、その呼び名が嫌いだ」
オルゲルが『殲滅姫』と言う呼び名を言った瞬間、この場の温度が一気に下がった様な錯覚をオルゲルは感じた。
「ギャああああああああ!!」
そして次の瞬間、オルゲルはエルの放った雷撃で全身を貫かれた。
「安心しろ、まだ殺しはしない」
「が・・・・・・ああ・・・・・・・・」
威力を弱めて放たれた雷撃は、オルゲルの命を奪うまでには至らなかった。ただし、雷撃を受けたことで身体が痺れてまともに動くことが出来ずにいた。
それでも何とか上体を起こすと、エルが近づいて来るのが霞む視界に映り、オルゲルは怯えた。
「ま、まっで・・・・・・ご、ごろさ・・・・・」
最早ろれつも回らなくなってしまったオルゲルは、命声の言葉を口にするが、エルの耳には入らない。
「そう言えば貴様、私が改良したファイアランスを『くだらない』と言ってくれたな?」
「へ?」
いきなり何を言い出すのかとオルゲルが思った時には、立ち止まったエルの足元に魔術陣が形成されていた。
「良い事を思いついたぞ。貴様がくだらないと言ったそのファイアランズで、貴様を消し炭にしてやろう」
ニヤァっと気味の悪い笑みを浮かべながら、エルは左手を頭上に掲げる。すると、それに呼応するかのように魔術陣が輝きだす。
そしてエルの掲げた左手の上に、一本の炎の槍が形成される。
(マナの残量は残り少ないが、まあ威力を弱めれば範囲内か)
形成されたのはオリビエも洞窟内でレッサーデーモンに向けて使ったファイアランス。だが、エルのファイアランスはそれよりも少し小さめのものだった。
にも拘らず―――――――
「ひ、ひぃぃぃ!?」
オルゲルはそれを見て発狂した。
エルが作ったファイアランスは、オリビエが使った物よりも小さいが、それ以外にも違いがあった。それは色だ。
炎を象徴する『紅』ではなく、『白』だった。
「しかし、これをファイアランスと言うのは少し無理があるな。ふむ、新しい名前を付けるべきか。そうだな・・・・・・」
通常のファイアランスとは違うその魔術に新しい名前を付けようと考え出すエル。
ところで、一般的な炎は赤い色のイメージがあるが、それ以外の色があるのを知っているだろうか?
炎の色は熱量、温度によってその色を変化させる。
例えば赤の場合は約千五百度と言われており、実は一番低い温度でもある。では、白は何度なのかと言うと、実に約六千五百度と言われている。
つまり、エルが今形成した炎の槍は、通常のファイアランスとは比べ物にならないほどの熱量を宿した新たな魔術。
その名は―――――
「『フレアランス』。これにしよう」
圧倒的な熱量を誇るその槍を、オルゲルに向ける。
「ではなクズ。次に生まれてくる時は、もっとまともな人生を歩めることを祈っているぞ」
「だ、だすけ、だすげでっ!」
一瞬だけ、チラッとエルの視線が動くが、直ぐにオルゲルに戻る。
そして、無慈悲に最後の言葉を罪人に贈る。
「失せろ」
罪人を裁く腕が振り下ろされる、まさにその時――――
「エル様ッ!!」
「ッ!!」
後から掛けられた声よりも一瞬早く、エルの手からフレアランスが放たれた。
「アアああああああああ!!」
防げるはずないと分かっていても、身体が死を拒絶するように防御障壁を展開するが、放たれたフレアランスはそれを容赦なく撃ち穿ち、オルゲルの真横を通り過ぎていく。
「あ・・・・・ああ・・・・・・・・」
白い眼をむいて口から泡を噴きながら、オルゲルは仰向けに倒れる。その下半身を濡らしながら。
「ちっ、来ていたのか?」
苦い顔をしながら振り返ると、そこには肩で息をしたフィーリアムの姿があった。
「はあはあ・・・・・これだけ大きな音を立てれば誰でも気づきます」
忘れているようだが、オルゲルの屋敷は住宅街から離れているとは言え、街の中に存在する。当然近隣住人から通報が入る。
学園所属の教師の自宅からと言う事もあって、その知らせは学園長であるフィーリアムの下に知らせが届いた。合わせてエル達数名の生徒が授業を抜け出していると言う報告も聞けば、誰でも容易に想像がつくだろう。
ギムダスに魔導車を手配し、急いで駆けつけてここまで走ってきたというのが事の顛末だ。
「それにしても、エル様が止まってくれてよかったです」
安堵したように胸を撫で下す。それをエルは不貞腐れたようにそっぽを向いて応えた。
「ふんっ、それくらい分かっている。殺すつもりなど最初から無かったわ」
(あれだけ殺気立っておいてそれはないでしょう・・・・・・)
とは心の中だけで留めておくことにしたフィーリアムであった。
実際エルはフレアランスを放つ直前、オルゲルの背後に何もない事を確認したうえで撃ったのだ。
「それに・・・・・・・・」
チラリと視線を向けた先には、今まさにエル達の下へ駆け寄ってくるオリビエ達の姿があった。
「まだ年端もいかないあいつ等に、汚いものを見せる訳にはいかんだろ」
「ふふ、そうですね」
またそっぽを向いてしまうエルの後ろ姿を、フィーリアムは優しい眼で見るのであった。