03 偽名
水底から引っ張り上げられるような感覚を感じると、エルフィアナの意識が徐々に覚醒へと向かっていった。
「うぅ・・・・・うん?ここ、は・・・・・・」
気が付けばエルフィアナはベッドに寝かされていた。
「目が覚めた?」
声の方に目を向けると、そこには蒼い髪を持つ少女がいた。
「お前は、確か・・・・・そうだ、レッサーデーモンに襲われいてた・・・・・・」
「そうだよ。あ、自己紹介がまだだったね。私はアイリ、よろしくね」
そう言って微笑むアイリに、エルフィアナは何所か懐かしい感覚を覚えるが、それが何か分からず思い出そうとしても起きたばかりだからか、ハッキリと思い出せない。
「ここは何処だ?」
思い出すのを諦めたエルフィアナは、まずは自分の置かれた状況を確認することにした。
「ここは私達が住む魔導都市アルハザート。そのアルハザートにある魔導学園の寮の私の部屋だよ」
エルフィアナは上体を起こして周囲に顔を向けると、そこは自分が横になっていたベッドに勉強机、本棚、窓際には花が飾られており、その脇には可愛らしいぬいぐるみが置かれている。
よく見ればそれ以外にもぬいぐるみと言ったもの以外にも可愛らしい小物などが部屋に飾られており、実に『女の子の部屋』といった様子だ。
(何と言うか・・・・・少女趣味、と言うやつか)
自分には縁がないものだな、などと思っていた時、不意にコンコンと扉を叩く音が聞こえ、次に「アイリ~入るわよ~」と言う声が聞こえ扉が開く。
「あ、起きたんだ」
姿を現したのは紙袋を抱えた栗色髪の少女だった。
(こいつは確か・・・・・オリビエ、だったか)
「オリビエ、どうだった?」
「エスカから合いそうなの借りてこれたわよ」
はいこれ、と言ってアイリに持っていた紙袋を渡す。渡された紙袋の中を見たアイリは満足そうに頷く。
「良かった。今度エスカにお礼を言わないと」
「それはなんだ?」
なにやら意味深なやり取りをしている二人に興味を抱いたエルフィアナは、アイリが持つ紙袋を指さして聞く。
「これ?これは貴方の服だよ」
「服?」
「そうよ。アンタ、あんなボロ布巻いて外なんか歩いてんじゃないわよ」
「お節介かもしれないけど、貴方が寝ている間に着替えさせてもらったよ」
言われて自身の身体を見れば、洞窟で見つけたボロ布ではなく、白いYシャツを着せられていた。
「・・・・・・ぶかぶかだ」
袖が余って手が隠れてしまっている腕を持ち上げる。
「ごめんね。私の着せたからサイズが合わなくって」
「だから合いそうなのを他の寮生から借りてきたのよ」
アイリが紙袋から借りてきたと言う服を取り出す。着替えこみなのか、数着の服が取り出された。
「とりあえずこれに着替えて。サイズはあってると思うから」
「分かった」
アイリから手渡された服を受け取り素直に袖を通す。
着替えた服はサイズも今のエルフィアナにピッタリのサイズだった。
「へぇ~、案外似合うじゃない」
「うん、似合ってる。可愛いよ」
「・・・・・そうか?」
二人からそう言われて若干顔をしかめるエルフィアナ。それもそのはず、着替えた服はフリルが所々に付いたワンピースで、エルフィアナの趣味とは真逆の少女らしい可愛いものだったからだ。
(可愛すぎないか?もっと大人な雰囲気な服の方が良いのだが・・・・・)
とは言え、エルフィアナの趣味はさておき、少女の姿になった今のエルフィアナの姿には良く映える装いだった。
(ん?そう言えば・・・・・)
そこでふとエルフィアナは気付く。あのボロ布と一緒に懐に入れていたカードが手元にない事を。
「なあ、私が持っていたカードを知らないか?」
「カード?」
「ああ、アレだね。ちょっと待ってて」
そう言ってアイリは机に向かい、そこに置かれていたカードを手に取る。
「はい、これの事だよね?」
「おお、これだこれだ」
受け取ると、確かにエルフィアナが持っていた太陽と女神が描かれたカードだった。
「綺麗なカードだよね、それ」
「何それ?なんか術式が刻まれてるようだけど、何かの魔道具?」
エルフィアナの持つカードに興味を引かれたオリビエが横から覗き込むと、そのカードに刻まれた複雑な術式に気付く。
「何か変な術式ね。これって意味がある術式なの?」
しかし、オリビエにその術式が何なのかを理解することまでは出来ない。あまりにも複雑怪奇な術式ゆえに、オリビエには破綻した術式に見えたのだ。
「お前程度が読み取れる術式ではない」
「なッ!?」
さも当然だと言わんばかりなエルフィアナの物言いにカチンとくるオリビエ。
「アンタね、その態度は何なのよ!洞窟の中でも言ったけど、礼儀を弁えなさいよっ!!」
「本当の事を言ったまでなのだがな」
オリビエがなぜ怒っているのか理解できず、首を傾げるエルフィアナ。
「アンタは――――」
「まあまあ、落ち着いてオリビエ!」
「けどこいつッ」
「きっと今の状況に混乱してるだけだよ。ね、ね?」
そう言って落ち着かせるようにするアイリに、面倒だなと思いつつとりあえず頷いておくエルフィアナ。
「ほら、ライアンも待ってるだろうし、一先ず談話室に行こうよ」
「はあ~・・・・・分かったわよ」
その一言で落ち着いたのか、オリビエは怒りを鎮め、部屋の外に向かう。
「私達も行こう?ついてきて」
「分かった」
先行するアイリの後に続いて部屋を出る。部屋を出ると掃除の行き届いた廊下に出る。三人は廊下を歩き、階段を下りていく。
「どこへ行くんだ?」
「談話室だよ。そこに洞窟で一緒にいた男の子、ライアンが待ってるの」
(洞窟で・・・・ああ、あの金髪の少年か)
エルフィアナは洞窟で出会った剣を持って戦っていた金髪の少年を思い出す。
(あの年頃の子供にしてはまあまあな動きをしていたな)
などと勝手に評価していると、先を行く二人が足を止めた。
「ここが談話室だよ」
そう言って立ち止まった先には立派な木製の扉があった。
オリビエが扉を開き中に入り、それに続いてアイリも中に入る。エルフィアナもそれに倣って中に入ると、広々とした部屋に大きな窓、そこから見える木々が視界に飛び込んできた。
「ほう、中々いい部屋だな」
調度品も品のある物で、落ち着いた雰囲気の調度品で飾られ、大きな窓から差し込む日差しで部屋の中を明るくしている。
「お、来たか」
「お待たせ、ライアン」
部屋の中央に置かれているソファーに座る金髪の少年が、読んでいた本をテーブルに置いて立ち上がる。
「目が覚めたんだな。体の方は平気かい?」
エルフィアナに向き直った少年、ライアンは明るく人懐っこい笑顔でエルフィアナに声を掛ける。
「ああ、問題ない」
「それは良かった。あ、座って。今お茶を入れるよ」
そう言って三人にソファーを薦め、自身は部屋の壁際に置かれている小さな給湯スペース行き紅茶を入れる。
戻ってくる時には銀のトレイに四人分の紅茶を乗せ、三人が待つソファーに戻りテーブルに並べると、自身もソファーに腰を下ろす。
「改めて自己紹介をしておこうか。俺はライアン。こっちがアイリとオリビエだ」
「よろしくね」
「ふんっ」
アイリは微笑みを浮かべながら、オリビエは不機嫌そうにしながら答えた。
「それで、君は?」
「私はエ――――」
エルフィアナ、と名乗ろうとして思い止まる。
(まだ状況も分からないのに本名を名乗るのは得策ではないか?しかもこの姿だ、私の事を説明したとしても説得力がない、か)
そこまで考えてどうしたものかと思ったが、直ぐに対策を思いつく。
「エルだ」
偽名を名乗った。
「エルか。いい名前だ」
「よろしくね、エルちゃん」
「まあ、よろしく」
三人は何の疑いもなく素直にエルフィアナ、エルの偽名を受け止める。
(あいつら以外に呼ばれるのは癪だが・・・・・仕方ない、我慢するか)
エルと言う呼び名は、かつてエルフィアナの仲間達だけで呼び合っていた愛称だ。
本来はエルフィアナが認めた相手だけしか呼ばせなかった名だが、現状仕方がないとして妥協する。
「それで、エルはどうしてあんな場所に居たんだ?」
「それは・・・・・・」
聞かれると思っていた質問だが、答えはまだ用意していない。何せ今一体世界がどういった状況なのかも分からないから下手な事は言えないからだ。
(丁度いい、この三人から聞き出すか)
自分の事を話すよりも、先に現状把握を優先することに決めたエルは、都合がいいと三人に情報を引き出すために質問することにした。