38 エル、空を行く
構えを取って応戦に応じたエルに対し、オズシュタンは萎えそうな心を叱咤するように一度剣を地面に叩きつけると、再び片手で剣を構える。
『その強がりがどこまで持つか試してやる!!』
そう宣言したオズシュタンは電光石火の如くエルに踏み込み剣を頭上から叩きつける。が、エルの姿は既にそこにはいない。
エルは横に躱すと、そのままオズシュタンの側面に回り込み、がら空きの脇腹目掛けて勢いを付けて蹴りを食らわせる。
『ぐっ!』
その衝撃に魔導人形が横に傾き、エルはそのまま追撃の二連蹴りを放つと、魔導人形は面白いくらいたたらを踏んでよろめく。
だが、それでも最高峰の硬度を誇るオリハルコンにはさほどのダメージは入っていない。それを証明するかのようにオズシュタンは魔導人形の姿勢をすぐさま戻し、エルに切りかかる。
『その程度でっ!』
横一閃に放たれた剣戟を身を屈めてやり過ごし、エルはすぐさま間合いを取るべく後ろに下がる。
『逃がすか!!』
それを待っていたと言わんばかりにオズシュタンは今まで使っていなかった左手をエルに向ける。
何をするつもりかと訝しいむと、応えは直ぐに返ってきた。
『食らえっ!!』
魔導人形が伸ばした左手に、八発の魔力弾が瞬時に形成、エルに向けて一斉掃射される。
「!」
それを見たエルはすぐさまその場から離れると、先程までエルがいた場所に魔力弾が大地を穿つ。その威力は屋敷でオルゲルが使った魔力弾とは比較にならないほどの威力で大地に穴をあける。
「ただの魔力弾であれだけの威力を!?」
屋敷から見ていたオリビエが驚愕する。自分だってあれだけの威力の魔力弾を作ることはそう容易くはない。それを瞬時に八発作り上げたその発動速度に、その場の全員が舌を巻く。
オズシュタンは次々と魔力弾を形成しては逃げ回るエルに向けて撃ち続ける。
『どうしたどうしたっ、逃げてばかりいてはこの僕には勝てないぞッ!!』
「ちっ、鬱陶しい奴だ」
確かに逃げていてはオズシュタン、魔導人形を止めることは出来ない。加えて攻撃が殆ど通らないとなると、エルに打つ手はない。様に見えるが―――――
「余り調子に乗らない方が良いぞ?」
『ふんっ、逃げ回っているお前に何が出来る!』
先ほどとは違い、エルが逃げ回っていることに気を良くしたオズシュタンは、景気よく魔力弾を連射する。
「それはどうかな?」
ニヤリと笑ったエルは、魔力弾をひらりひらりと回避しながら魔導人形に接近する。その動きはまるであらかじめ相手の動きを読んでいるかの如く、まったく当たる気配が見えない。
『馬鹿なッ!?』
遂に懐に辿り着いたエルは、その手に魔力を集める。
『させるかっ!!』
オズシュタンは条件反射の様に剣を横薙ぎに振るうが、それを見越していたエルは難なくそれを飛び越えて回避する。
そして、魔力を集めたエルは、そのまま振り抜いた魔導人形の腕の間接目掛けて手の平を押し当てる様に叩きこむ。
「衝破っ!」
すると、接触した個所で爆発が起きたかのようなバンッ!という炸裂音が鼓膜を揺らす。
『ぐわっ!』
「馬鹿な!?」
その光景に離れて様子を見ていたオルゲルは何度目とも分からぬ驚愕を露にする。
攻撃を受けた魔導人形の腕は大きくひしゃげており、腕はあらぬ方向に曲がってしまっていた。
「攻撃がっ!」
「通ったッ!!」
驚愕は屋敷で見ていたライアン達も同じで、その光景に度肝を抜いていた。
腕の関節をやられ、剣を取りこぼした腕が僅かに震えている。それは怒りか、それとも恐怖か、オズシュタン自身も理解できない感情が心を支配していく。
『あ、ありえない・・・・・・オリハルコン成のこの魔導人形が・・・・・・』
ヨロヨロと魔導人形の足が、まるでエルを恐れるかのように後退する。
「何か勘違いしているようだが、別にオリハルコンが無敵の硬度と言うわけではないのだぞ?」
『な、なに?』
「オリハルコンの強度は確かに世界でも有数の硬度を誇る。が、別にそれは表面だけだ。内部に及ぶ衝撃までは緩和できない」
オリハルコンはエルが言った様に表面は確かに強固な作りになっている。が、それだけだ。衝撃まで殺し切ることは出来ない。
と言っても、他の物に比べたら衝撃も通りにくいのだが、実際にオリハルコン成の魔導人形にダメージを入れたのを見ていた者達には説得力がないのだが。
ではなぜエルの攻撃が通ったのか?それはエルが先程使った技のお陰だ。
エルが使った『衝破』とは、浸透系と呼ばれる、外ではなく内に向けて衝撃を与えることで、内側から破壊すると言うものだ。
衝破はそれを魔力で増幅し威力を高めた技で、七英雄のバルドスが好んで使っていた技の一つだ。
説明だけなら簡単だが、実際は接触した瞬間に放つタイミングや、衝撃を向ける方向性など、調整やタイミングなどがシビアな技で、少しタイミングをミスれば不発に終わり、自分の手を悪戯に傷つけるだけとなってしまう。
決して誰でも簡単に使えるものではない技を、エルの記憶融合の力でそれを可能としている。
(まあ、そこまで教える義理はないが)
内心そう思いつつ、とどめを刺すためにもう一度衝破を叩きこもうと身構えた時、オズシュタンが錯乱したように暴れだした。
『うわああああ!!来るなぁあああああ!!』
出鱈目に腕を振って暴れる魔導人形に、流石に近すぎる距離にいたエルは後退を余儀なくされ、後に跳んで間合いを取る。
「ハア・・・・・・往生際の悪い奴だな」
駄々を捏ねる子供の様に暴れる姿に呆れてため息が出る。
(このままでは、私の作品が!?)
オリハルコンでさえ物ともしないエルに恐怖したオルゲルは、奥の手を切る為、術を発動する。
「!?」
魔術の起動にいち早く気付いたエルだったが、少し遅かった。
「オーバーリミット!!」
オルゲルが腕を向けた先にいた魔導人形が停止、何事かと油断なく様子を見ていた全員の目の前で、それは起こった。
『ガあアアアああああああああ!!』
突如オズシュタンの悲鳴が轟いた。苦しみ藻掻くようにオズシュタンが乗る魔導人形が暴れ回り、手当たり次第に植込みや花壇を踏みつけたり、木を殴り始めたりと大暴れを始めた。
「貴様っ、何をした!!」
その光景にただならぬ気配を感じ取ったエルは鋭い声を上げる。
「くく・・・・・・これが私の作品の最終手段だ」
「なに?」
「お前があの時言った通り、核となるコアが問題だった。だが、それを解決する手段は既に考えていたのだ」
「まさかっ!」
オルゲルが何をしたのか、オズシュタンの様子とコアの問題と言うオルゲルの発言でおおよその予想が付いたエルは非難するような眼をオルゲルに向ける。
「貴様、あのガキを生体コアとして使う気か!?」
「ははっ、その通りだ!!オズシュタンをコアにすることで、私の作品は真の完成へと至る!!」
オルゲルが作り上げた魔導人形には欠陥があった。それが動力となるコアだ。あれだけの質量の物体を動かすにはそれ相応のエネルギー、魔力が必要になってくる。
しかし、その魔力を引き出すためにはアーティファクト級の力を持つ物でしかその役割を果たせなかった。
そこでオルゲルが考えたのは、生きた人間をコアにするという、人の道を外れた考えだった。
幸か不幸か、オズシュタンの保有するマナは学園内でも相当な量を保持していた。そこに目をつけたオルゲルはオズシュタンを個別指導と言う方便を使い、取り入っていた。従順になったオズシュタンは見事にコアとして魔導人形の中に入れることに成功したわけだ。
「内側に刻んだ刻印魔術でオズシュタンの精神に干渉し、そのマナを魔力に永続的に変換して送り込む。精神を支配した今の状態なら私の命令に忠実な兵器の完成だッ!!」
精神支配は簡単な事ではない。そもそも精神系の魔術は中級以上に分類され、相手の精神状態にもよってその効き目は変わってくる。
だが、錯乱状態だったオズシュタンの精神はボロボロで、つけ入る隙はいくらでもあった。だからオルゲルの術は簡単にオズシュタンの精神を侵食、支配下に置かれた。
「さあ、その生意気な小娘を叩き殺せ!!」
「ッ!!」
勝ち誇るオルゲルは、高らかに魔導人形に命令すると、その命令を忠実に実行しようと、先程まで暴れていただけの魔導人形は、その暴威をエルに向ける。
踏み込むからの初速は最早砲弾の様で、いきなりトップスピードでエルに突っ込んでいく。その速さは中にいる人間の事など考慮していない挙動だ。
「チッ!」
先ほどよりも明らかに早くなったその動きを、エルは何とか紙一重で避ける。が、威力も増している分、避けただけでもその衝撃で身体を揺さぶられる。
(スピードもパワーも先程よりも上がっている・・・・・・厄介だな)
回避して攻撃に移ろうにも、力任せに振るう腕が邪魔で中々接近に持ち込めない。かと言っていつまでも逃げ続けるのも難しい。その原因はエルの貧弱なマナにある。
(くそ、余り残りのマナに余裕がない。記憶融合を維持するのも限界が近いか)
屋敷に着くまでの間に使ったマナ、そして屋敷についてから使ったマナ。その合計を大まかに計算し、出した結果はマナの残量が残り少ない事を導き出す。
エルにとっては身体強化などは大したマナの消費ではないのだが、問題なのが記憶融合の術だ。これの発動、維持にはそれなりのマナを消費する。封印される前のエルならば蚊に刺された程度の消費量だが、今のエルには相当きつい量だ。
「どうした!逃げてばかりでは埒が明かんぞ、ハハ!!」
距離を取ったエルに対し、魔導人形からまたしても魔力弾の雨が降る。その量は先ほどよりも明らかにその数を増し、エルに襲い掛かる。
(ああ~イライラするっ!バルドスの力を全開で使えればこんな木偶人形、一瞬で屠ってやれるのに!!)
魔力弾の豪雨を掻い潜りながら、エルのイライラがどんどん募っていく。そのイライラが、ほんの僅かにエルに隙を作ってしまった。
「!?」
避けそこなった魔力弾の一つがエルの足元に着弾。直撃ではなかったが、地面を抉る程の威力で撃たれた魔力弾は、地面に当たり、その余波でエルの小さな体が宙を舞った。
それを好機と見たオルゲルは、魔導人形にすぐさま命令を飛ばす。
「馬鹿め、空中では身動きはとれまい!死ねッ!!」
空に飛ばされたエル目掛け、魔力弾が一斉に火を噴く。
「エル!!」
「エルちゃん!!」
屋敷にいるライアン達から悲鳴が上がる。その脳裏にはエルの無残な姿が幻視されていた。
が、結果は違った。
「馬鹿は貴様だ」
エルに襲い掛かる魔力弾を、エルは空中に浮かんだ状態から、まるで壁を蹴る様に何もない空間を蹴って身体を真上に飛ばした。目標を見失った魔力弾はそのまま通過し、やがて爆発して消える。
『なッ!?』
その光景に、見ていた全員が驚愕に目をむく。驚くことはそれだけではなかった。なんとエルはそのまま空を翔けた。
「ま、まさか、飛行魔術!?」
それを見ていた誰かの口からそんな悲鳴に近い声が上がった。
「で、でも飛行魔術って不可能って言われている魔術じゃ・・・・・」
「けど、実際エルちゃんは飛んでるし・・・・・」
皆の目の前でエルは魔力弾の豪雨を飛びながら躱していく姿が瞳に映る。
「ば、馬鹿な・・・・・飛行魔術は不可能・・・・いや、あれは・・・・・・」
オルゲルは自分の目に映る光景に違和感を覚えた。それは――――――
「空を・・・・・走っている?」
よくよく見ると、エルは何度か空中を蹴る動作をしていることに気付いた。そして、その動作の最中に、足元で何かが破裂しているような空気の歪みがあることに気が付く。
「まさか、空気を圧縮して足場を作っているのか!?」
離れた屋敷でそれを見ていたライアン達もオルゲルと同じ答えに辿り着いた。
「そうか・・・・・瞬間的に空気を圧縮して足場を作り、そこを起点にして砲撃を避けたのか」
ライアンの言う通り、エルはその場の空気(正確には風だが)を、魔術で操作して圧縮し、足場として利用したのだ。
それに加えオルゲルが感じた空気の歪みは、その場から跳ぶ瞬間に空気を炸裂させ、その力を推進力に変えていたのだ。その空気の炸裂が揺らぎの様に見えていたのだ。
「こんな方法で空を跳ぶなんて」
そう、エルは飛んでいるのではなく、跳んでいるのだ。
「けど、アレって相当難しい事じゃないのか?」
ベルフェルが言う様に、エルのやっていることは一見簡単な様に見えて、その実とても高度な技術が要求される。
その理由は、どこに空気の足場を作るか、どのタイミングで足場を作るか、その見極めが困難なのだ。作る場所、タイミングなどをミスれば、足を踏み外してバランスを崩すし、そのまま落下する危険もある。
それをエルは普通に地面を走るかのようにやってのけている。
「馬鹿な・・・・・・これは、この技は・・・・・・」
オルゲルはエルの見せる技に覚えがあった。それは昔、資料として視た古い文献に記されていた内容だ。
「アレは・・・・・七英雄が使っていた技?」
そう、この技は傭兵王バルドスが使っていた、対空中戦用の技なのだ。
「なぜあの技を、あんな小娘が・・・・・・」
驚愕に我を忘れそうになっているオルゲルを他所に、いよいよエルが攻勢に出る。
(そろそろ、仕上げといくかっ!)
一際大きく空気を破裂させると、エルは魔導人形の頭上から一気に加速し、魔導人形の左肩に狙いを定める。
「落撃!」
くるくると身体を捻って回転しながら、肩口目掛けて強烈な踵落としを叩きこむ。
『!?』
そのあまりにも強烈な衝撃に、肩が大きく陥没し、身体ごと地面に沈み込む。
「衝破――――――」
軽やかに地に降り立ったエルは、すぐさま腰を落とし、弓を引くように両腕を大きく後ろに持って行く。
「双撃!!」
身体ごと前に倒すようにしながら後ろに持って行った両腕を、魔導人形の胸目掛けて叩きこむ。
両掌から打ち出された衝撃が魔導人形の胸から背中へ向けて打ち出される。そして――――――
バンッ!!
特大の破壊音と共に、魔導人形の背中が内側から爆発するように弾け飛ぶ。そして、魔導人形は糸が切れたように全身の力が抜けると、そのまま仰向けにゆっくりと倒れていった。
「ふう・・・・・・まったく、面倒をかけよって」
額の汗をため息と共に拭いながら、倒れた魔導人形を見下ろした。