37 後悔先に立たず
住宅街から更に離れた場所に位置するオルゲルの屋敷。その広い面積を誇る敷地内、そこに広がる庭の真ん中でオルゲルは苦しみ悶えていた。
「ごほっ!く、くそ・・・・・」
流石は魔導学園の教師を務めるだけの実力があるおかげか、オルゲルはエルの攻撃を紙一重で障壁を張ることで防御を間に合わせた。
しかし、咄嗟に張った障壁は完璧ではなく、エルの攻撃はオルゲルに多大なダメージを与えていた。
「ッ!?」
なんとか身体を起こそうとしたその時、屋敷から飛び出してきた人影がオルゲルの前に着地する。
「ほう、生きていたか」
エルである。
「き、貴様っ、一体何者だ!?私の障壁を破るなど、ありえん!?」
「それを貴様に教える意味はあるのか?・・・・・・今から死ぬ貴様に」
「ひっ!」
エルが放つ本気の殺意に当てられ、オルゲルは悲鳴を上げた。
(な、何なのだこの娘は・・・・・・まだ年端もいかぬこんな小娘が、こんな眼をするのか?)
尻餅をつくオルゲルを、エルは殺意の籠る冷たい眼で見下ろす。その冷たさに背筋を凍らせながら、オルゲルは必死に逃げようと後ずさるが、先程エルから受けたダメージの為か、身体が上手く動かない。
そんなオルゲルに、エルはその小さな手に紫電を作り、ゆっくりとオルゲルに近づく。まるで断頭台に一歩一歩近づいて来る処刑人の様に、エルは殊更にゆっくりとした歩調でオルゲルに近づく。
「ま、待て・・・・・・」
「最後に言い残すことはあるか?」
オルゲルの精神が正常だったならば、冷静に魔術を行使してエルから距離を取るなり出来ただろう。
「け、研究成果、私の研究成果を貴様に全てくれてやる!それならどうだ?この私の研究成果だぞ!?」
「・・・・・・・貴様の様な三流魔術師の研究成果を、この私が欲しがるとでも?馬鹿なのか貴様は」
オルゲルがもう少し慎重になっていれば、もう少し違う未来になっていたかもしれない。
「もういい。貴様のくだらん戯言に付き合うのも飽きた」
そもそも、オルゲルがエルに手を出そうなどと愚かな考えを起こさなければ、こんな事にはならなかっただろう。
オルゲルの目の前に、死神が辿り着く。
「今度こそ・・・・・・死ね」
「や、止め――――――」
紫電の光が煌めく手がオルゲルの頭に触れようとしたその刹那――――――
ドンッ!!
「ッ!?」
エルとオルゲルの傍の地面を割る様にして、それが飛び出してきた。
エルは咄嗟に距離を取る為に後ろに跳躍。地面から出てきたそれを睨む。
「魔導人形・・・・・・図書室で見たあの資料のやつか」
欠陥品と思っていた魔導人形が出来上がっていたことに、少なからず驚いたエルは身構える。すると、魔導人形から拡声魔術を使っているのだろう、中に入っている人物の声がエルの耳に届く。
『オルゲル先生ッ!!』
「おおっ!オズシュタン、間に合ったかッ!!」
(オズシュタン・・・・・・確か、模擬戦の時のガキか)
全長約四メートルは優にある巨体がオルゲルの前に立ち、守る様に身構える。その隙に立ち上がったオルゲルはエルを見て不敵に笑いだす。
「くくっ・・・・・・いいタイミングだオズシュタン。今から私の最高傑作の力、その生意気な小娘に見せてやれッ!!」
『はいっ、先生!!』
オルゲルの命令を受け、オズシュタンが操る魔導人形が一歩前に出る。
『この前はよくもやってくれたな。まさか本当に不正をしていたなんて・・・・・・だが、そんなことはどうでもいい。あの時受けた屈辱を今ここで晴らさせてもらう!!』
そう宣言し魔導人形はその手に持つ巨大な剣を片手で構える。対してエルは殺気を漲らせるオズシュを冷めた目で見る。
「本当にくだらんな貴様は。そんな玩具を手に入れた程度で、この私に勝てる気でいるのか?」
『ほざけッ!!』
エルの挑発とも取れる言葉に、オズシュタンは怒りを籠めて走り出す。その速度は模擬戦で見せた時よりも圧倒的なスピードだった。
振り下ろされる巨大な刃を、エルは横っ飛びで躱すと、刃は地面に爆発が起きたかと思うほどの威力を持って大地に沈む。
「嘘でしょ・・・・・・何よアレ」
屋敷では開けられた穴からオリビエ達が様子を窺っていた。
「アレがオルゲルの奥の手って事か」
魔導人形の放った剣戟が大地を抉る様子を見て、ライアンは戦慄で顔から冷たい汗が流れる。
「あんなの食らったら、いくらエルちゃんが防御しても・・・・・」
防御の上からひき肉の様に潰されるエルの姿を幻視して、ベルフェルは震える。
そんな六人が顔を青ざめさせている中、エルは悠然と立ち上がって魔導人形と対峙する。
「大した威力だ」
『ははっ!どうだ?この威力、お前では防げないだろう?地面に這いつくばって頭を垂れろ。そうしたら命までは取らない。その代わり、僕の奴隷にでもなってもらうがな、ははっ‼』
オズシュタンの不愉快な言葉にエルの眉が不機嫌に歪む。魔導人形の中にいるオズシュタンの姿が見えているわけではないが、エルは身体を舐めまわす様にみられている気がして背筋が震える。
「・・・・・・・まさか本当に嗜虐趣味があるとはな。エロガキが、いやロリコンか?」
『ふんっ、ほざいてろ。直ぐに僕の奴隷にしてやる!』
「自分で認めてどうするんだこの小僧は・・・・・・」
溜息と共にエルはスカートのポケットに手を入れる。
『させるかッ‼』
エルが何をしようとしているのかを直ぐに理解したオズシュタンは、そうはさせないとその圧倒的なスピードでエルに迫る。
が、一歩エルの方が早かった。
取り出したのは、血塗られた闘士のカード。
傭兵王と呼ばれた七英雄が一人、バルドスのカードだ。
「記憶融合」
カードを引き抜いたエルはすぐさま魔術を起動。それに応える様にカードが淡い光を帯びる。
その瞬間、魔導人形が放った斬撃がエルを襲う。が――――
『なにッ!?』
刃がエルの頭に触れようとした刹那、エルの姿が霞の様に消えた。
『どこに!?』
「ここだ」
慌てて周囲を探ろうと首を横に回した瞬間、ありえない場所からエルの声が聞こえた。
『っ!!』
エルがいたのは、魔導人形の肩。そこにエルは片膝をつくようにしてそこにいた。
(馬鹿なっ、いつの間に!?)
驚愕するオズシュタンを他所に、エルは躊躇なく魔導人形の横っ面目掛けて拳を振り抜いた。
ゴンッ!!
『なっ!?』
とても小さな少女が殴ったようには思えないほどの音と衝撃が走る。その衝撃は魔導人形の足を後退させるほどの威力だった。
「ふむ、流石オリハルコン、固いな」
地面に降り立ったエルは、手を何度か握りながら、まるで調子を確かめるかのように呟いた。
「な、なんだと・・・・・・」
その一部始終をまじかで見ていたオルゲルは驚愕で目を見開く。オルゲルの視線の先には、先程エルが殴った魔導人形の横っ面、そこにできた凹みだ。
「オリハルコンを・・・・・・傷つけた?」
と言っても大した程の事ではない。精々こぶし大の凹みが出来た程度だ。だが、その事が一番問題だった。
「・・・・・嘘だろ?オリハルコンだぞ?世界最高峰の硬度を誇るオリハルコンを凹ませた?冗談だろ?」
同じくその光景を離れた屋敷から見ていたベルフェルも驚愕で目を見開く。いや、ベルフェルだけでなく、他の五人も似たような顔をしていた。
『は、はは・・・・・そ、それがどうした?その程度でこれが倒せるとでも思っているのか?」
オズシュタンは強気に言うが、その声は震えており、狼狽していることが手に取る様に伝わってくる。
「思っているが?それがどうした?」
『何を強がりな事をっ!!』
それはお前だろ、とはエルは言わなかった。代わりに、エルは別の言葉を言い放つ。
「出来るか出来ないかは今から証明してやる」
そう言ってエルは浅く腰を落とし、拳を構える。
「遊びは終わりだ」
ここに来て、初めてエルは応戦する構えを見せた。