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36 忠告は三度まで

 エル達が屋敷に着く少し前、オルゲルは屋敷の二階、研究室として使っている部屋にいた。


「先生ッ!!」


「来たか、オズシュタン」


 勢いよく扉を開いて中に入ってきたのはオズシュタンだった。オズシュタンの手にはエルから盗み出したカードが握られていた。


「先生、これが例のカードです」


「うむ」


 鷹揚(おうよう)に頷きながらオズシュタンからカードを受け取る。


「よくカードを手に入れたな?」


「先生の監視魔術を見破ったと聞いた時に考えたんです。魔術を使わなければ、案外あっさり手に入れられるんじゃないかって」


「なるほど、いい考えだ」


 オズシュタンの考えは正解だった。いくらエルとは言え、常に監視の目を警戒しているわけではない。魔術を使えば流石にエルにバレることを考慮したオズシュタンは、あえて魔術を使わない方法でカードを盗む算段を考えた。


 子供の悪戯の様な真似になってしまったが、魔術を使わずに事を運ぼうと思ったら、案外と効果的だ。特にエルの様に魔術の知識がある人間には盲点となる。


 今回はそう言ったことも含め、こうしてオズシュタンはカードをエルから盗み出すことに成功したわけだ。


「先生、それで、その・・・・・」


 何やらオズシュタンが言いにくそうに言葉を濁していると、オルゲルは何が言いたいのかを正確に読み取って先に応える。


「分かっている。そこの本棚に隠し扉がある。その先に地下に繋がる階段がある。そこに私の研究成果がある」


「それじゃあ!!」


 オルゲルの研究成果と言う言葉にオズシュタンは喜色を浮かべる。


「うむ。今から私の言う事をよく聞け。まずは―――――」


 それから、一通り説明を受けたオズシュタンは、隠し扉の先、研究成果がある地下へと向かって行った。


(ふん、馬鹿な奴だ。これからお前が()()()()()()になるというのに)


 隠し扉の先に消えていったオズシュタンの姿を思い出しながら、昏い笑みを浮かべる。


「まあいい。問題はこいつだな」


 オズシュタンから受け取ったカードを改めて視る。


「・・・・・・・ふむ、これは隠蔽魔術か」


 魔力を目に集中させたオルゲルが見たものは、カードに施されたエルの隠蔽魔術。


「だが、これならば・・・・・・・」


 そう言いながらカードを持つ手とは別の手で、カードの表面に手をかざす。すると、オルゲルの手から魔術陣が形成され、同時にカードが淡い光に包まれる。


(・・・・・・・・これは、何だ?)


 オルゲルが発動させた魔術は解析の魔術。その力で隠蔽魔術の下に隠されたカードの力を読み解こうとしたのだが・・・・・・・


(『接続』、『拡散』、『集約』、『放出』、それにこれは・・・・・・・『思考』?)


 隠蔽魔術の下に隠されたカードの力。その一端に触れたオルゲルは困惑する。


(精神系の術式・・・・・・・いや、それだけではない。なら何だこれは?『定着』?)


 読み取れる僅かな部分、そこにあるルーンの配置、意味を持たせた文章、その意味、それら断片的なものを繋ぎ合わせながらオルゲルは思考する。


(このカードがアーティファクトである事はこの術式を見る限り間違いない。だがこの先にまだ何らかの魔術が仕込まれている・・・・・・・ちっ!何だこの文字列は!こんなルーンの配置でなぜ術が成立するッ!?)


 隠蔽魔術の下に隠されていたもの。それは本来のアーティファクトの効果が記載されている術式と、エルが更に手を加えた術式が織り交ぜられていた。


 後から付け加えられた術式が、元々あった術式に干渉し、オルゲルでは理解できない文字列の配置になってしまっている。


(この術式を刻んだ者は相当な腕を持っているようだ。この私が手も足も出んとは・・・・・・)


 この術式をカードに加えたのはエルなのだが、そんな事実など当然オルゲルは知る由もなく、ただただ見えない術者に戦慄を覚えてしまう。


「・・・・・・しかし、読み取れる部分だけで見ても、どうやら魔力増加系のものではなかったか。これでは()()の強化には使えんな」


 少し残念そうにカードを調べていた解析の魔術を解く。すると――――――


 バンッ!!っと部屋の扉が蹴破られた。


「魔力の気配があったからここに来てみたが・・・・どうやら当たりのようだな」


 蹴破られた入り口から姿を見せたのは、エルだった。


 エルは薄暗い部屋の中に入ると、それに続くように残りの六人も部屋になだれ込む。


「ほう、意外と早かったな」


 実はエル達が門を超えた時にはオルゲルはエル達が屋敷に来ていたことは分かっていた。その理由は屋敷を覆う様に展開されていた侵入者を察知する為の結界が張られていたからだ。


 ちなみにエルはその事に当然気付いていたが、何が出てこようと対処できる自信があった為、これをあえて無視して屋敷に突入した。


「うん?お前は・・・・・・確かあの時図書室であった・・・・」


 部屋の奥に佇むオルゲルの顔を見て、エルは訝しむ。それと言うのもエルにとってはオルゲルは小者と言う認識から、既に記憶の中で消えつつあったからだ。そのせいで咄嗟(とっさ)には顔を思い出せず、少しの間が開いてしまった。


「オルゲル先生、どうしてこんなことをっ!」


 アイリがどこか悲しい眼を向けながらオルゲルに問う。


「オルゲル?ああ、このボンクラがオルゲルとやらだったのか」


 たった今気づきましたと言う様に頷くエルに、オルゲルの額に青筋が浮かぶ。


「ボンクラ呼ばわりとは・・・・・この小娘めッ!!」


 激怒するオルゲル。だが、そんな事など知ったことかと言う様にエルが一歩前に歩み出る。


「そんな事はどうでもいい。そいつを渡せ。それは貴様程度ではどうにもならんものだ」


 返せと言う様にエルはオルゲルに向けて手を差し出す。が、それを見たオルゲルはニヤリと気味の悪い笑みを浮かべる。


「どうやら、貴様はこのアーティファクトの使い方を理解しているようだな。つまり、これがないとオズシュタンを倒した時のような力は出せないと言うことかな?」


「・・・・・・・・お前に応える必要はないな」


 エルのその応えに何を勘違いしたのか、オルゲルは鼻で笑う。


「フンッ、図星か。まあいい、どうせこれでは使い物にはならないからな」


 そう言ってオルゲルは手に持ったカードを、ぞんざいな扱いで足元に捨てた。


「ちょッ!?」


 その行動にオリビエが咄嗟に動こうとしたが、それよりも早くオルゲルが放った魔力弾がオリビエの足元に着弾した。


「動くな」


「ッ!!」


 オルゲルの鋭い一言で、オリビエは動こうとしていた足を動かすことが出来なかった。いや、それ以外の人間はもれなくオルゲルのたった一言で動けなくなった。


「下手な動きを見せるようなら、今度は容赦なく当てるぞ?貴様らでは私の魔術の発動速度にはついてこれまい?」


 それは事実だった。オリビエ達ではオルゲルの魔術発動までの速度に追いつけない。先程の魔力弾が良い証拠だ。魔力弾の発動にすら対応できなかった。それが分かるからオリビエ達は動けない・・・・・・ただ一人を除いては。


「うん?」


 その場で一人、エルだけが差し出した手をそのままに、一歩前に出た。


「そいつを拾って、こっちに渡せ。今なら子供の悪戯と思って拳骨一発で許してやる」


「・・・・・・ふ、ふは、ふははははははっ!!」


 エルの言葉に、オルゲルは堪えきれないと言わんばかりに大きく笑う。


「・・・・・・何が可笑しい?」


「ふははっ、小娘・・・・・貴様状況を理解しているのか?カードがない貴様では私には遠く及ばんぞ?」


 手を広げて勝ち誇る様に笑うオルゲルに、エルはもう一度問う。


「・・・・・・・そいつを拾って、こっちに渡せ」


「フンっ、やはりこれがないと不安か小娘?まあそうであろうな。これが無ければどうしようもないとは・・・・・滑稽(こっけい)、だなっ!」


 ダンッ!と片足を持ち上げたオルゲルは、床に捨てたカードを踏む。


『!?』


 その行動に、エルの後ろにいたオリビエ達が息を飲む。


「やめてくださいっ!それはエルちゃんの大切なものなのッ!?」


 オルゲルの暴挙に、瞳に涙を浮かべながらフィオナが叫ぶが、オルゲルはむしろフィオナのその姿に(いや)らしい笑みを浮かべてわざとらしくカートをグリグリと踏む。


「大切?これがか?それはすまない事をしたな、ははっ!」


「ぐっ!」


 その行為にライアンの怒りが一気に頭を支配して飛び出そうとするが、寸でのところでベルフェルが抑える。


「今動いても、奴の思うつぼだ」


「・・・・・・クソっ」


 動けない自分を恥じながら、どうにか出来ないかと必死に考えを巡らせるが、答えは出ない。


「・・・・・・・・・その汚い足を退けろ」


「うん?」


 ライアンが、いや、ライアン達がどうにかこの状況を打開しようと頭を回していると、エルの呟くような声が不思議と部屋に広がるような錯覚を覚えた。


「その汚い足を、退けろ」


 俯き気味に言うエルの表情は見えないが、それを悔しさからくるものだと思ったオルゲルはエルの言葉を鼻で笑う。


「フンッ、そんなにこれが大切か?」


 踏みつける足に更に力を籠めてカードを汚す。


「これが最後だ・・・・・・・・今すぐ、その汚い足を退けろ」


 エルの最後通達。だが、それを聞いてもオルゲルは厭らしい笑みを浮かべる。


「拒否する、と言ったら?」


 エルが今までオルゲルに差し出していた手を、静かに下ろす。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・そうか」


 エルの声を聴いたその瞬間、その場にいた全員の血の気が引いた。


『っ!!』


 あれだけ余裕を見せるかのように笑っていたオルゲルも、どうにか状況を好転させようとしていたライアン達も、部屋全体を覆う得体のしれないナニかに飲まれて顔を青ざめさせる。


「ひっ!」


 顔を上げたエルの瞳を見て、オルゲルの口から小さく悲鳴が洩れた。


 エルの瞳には明白な怒気が、いや、殺意が滲んでいた。


「渡す気が無いのなら―――――――」


 次の瞬間、オルゲルの視界からエルが消えた。


「なッ!?」


 そして、気が付けば目の前にエルがいた。


 エルは拳を弓の様に引き、その拳の周りに魔力弾が瞬間発動して揺らめいていた。その数、合計六。


「死ね」


 魔力弾がエルの小さな拳に、螺旋を描くように集束していく。それをエルは容赦なくオルゲルの胸にゼロ距離で叩きこむ。


「ごふっ!!」


 放たれた拳がオルゲルの胸に直撃、そのままオルゲルは部屋の壁を突き破って外まで吹き飛ばされた。


 その光景に呆気に取られているライアン達を他所に、エルは先ほどまでオルゲルが立っていた場所にしゃがみ込む。しゃがみこんだエルは、無言でオルゲルに踏まれたカードを拾い、カードに付いた汚れを丁寧にローブの袖で拭き取る。


 カードの汚れを落としたエルは、そのままカードをスカートのポケットにしまい込み、部屋に空いた穴へと歩く。


「エ、エル・・・・・ちゃん?」


 アイリの声に、空いた穴から外を見下ろす様に立ち止まったエルが、肩越しにアイリ達に振り返る。


「お前達はここに居ろ」


 それだけを告げたエルは、オルゲルが飛ばされた場所を目指して穴から飛び出していく。

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